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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第3章 ~どんどん厄介になってくなっ~
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「ところでホクト卿。武器はどうする?」

 一日(いちじつ)、シズリスが北斗に訊ねた。

 アリュー平地の戦いから二十日ほど。バドス男爵軍に合流した北斗とナナ、それにリキはアキリウ子爵領の郡都リューズを指呼の間に望んでいる。

 ここまで組織的な抵抗はほとんどなく、むしろ街道沿いの村落などは諸手を挙げてバドス・アトルワ連合軍を歓迎した。

 もちろん理由がある。

 彼らはものすごい数の馬車に、食料や生活物資を満載して進軍してきたからだ。

 連合軍の正義を、まずは胃袋に刻みつけようという計画である。

 バドスもアトルワも、備蓄が空になるほど勢いでこのプランに力を注いだ。

 単純な軍事力によって広大な子爵領を支配するのは難しい。

 住民たちの協力が不可欠なのだ。

 ようするに人気取りの作戦だが、住民を味方につけておくのは幾重にも必要なことである。結局、彼らは納税者であり、支配者の生活を支える存在なのだから。

 とはいえ、バドスにしてもアトルワにしても、無限に物資を供出できるわけでもない。

 一刻も早く郡都リューズを支配下におき、アキリウの潤沢な資金を奪わなくては干上がってしまう。

「なんだよ? 藪から棒に」

 首をかげる北斗。

 彼が愛用してきた剣は折れてしまった。それは事実だがべつに不自由はしていない。

 そもそも剣など消耗品であり、支給品で充分だ。

 切れ味が鈍れば捨てて敵兵のを奪う。その程度のものである。

 一剣をもってずっと戦い続けなくてはいけないなどという法はないし、時代劇なんかでばったばったと主人公が敵を切り伏せているが、あれは演出というものだ。

 普通は五人も斬り殺せば血脂で切れなくなるし、刃こぼれだってしてしまう。

 実際、北斗自身もそれを痛感しており、斬るという戦法ではなく、叩きつけるという戦法に切り替えるべきではないかと考えたのも一再ではない。

 とはいえ、彼の体術も体力も剣道で培ったものであり、いきなり武器を変えても上手く作用するとは限らないが。

「いやな。勇者ホクトが専用の武器も持ってないってのは、ちょっと決まりが悪いかと思ってな」

「……またなんか悪いこと考えてやがるな?」

 胡乱げな顔でシズリスを見遣る。

 勇者だの魔法使い殺しだのという怪しげな称号をつけられるようになった。それは良い。ナナだって剣の舞姫(ソードダンサー)とか呼ばれている。

 ようするに宣伝用のマスコットだ。

 戦を有利に進めるためにも、なにか象徴になるような人材がいた方が良いのは事実である。

 アリーシアみたいに、聖賢の姫君(セージプリンセス)などとこっ恥ずかしい称号をつけられるよりよほどマシだ。

「もう一押しあれば、リューズを無血開城させられないかと思ってな」

「ほう?」

 現在のところ、バドス・アトルワの侵攻は順調だ。

 アキリウ領の都市や村々は次々と帰順を表明している。残す拠点はリューズくらいのものであるが、さすがにアキリウ子爵の本拠地だけあって守りは堅い。

 一兵も損なうことなく占領するのは難しいだろう。

 これ以上の損害を出したくないのは、バドスにしてもアトルワにしても同じである。

 アリュー平地の戦いで、バドスは百六名の、アトルワは八十四名の戦死者を出した。

 もちろん敗北したアキリウに比較すればずっと少ないが、両軍合わせて百九十名の戦死というのはけっこう深刻である。

 合計二千八百の兵のうち、約七パーセントを失っているのだ。

 寡兵して補充したとしても、すぐすぐ一人前に戦えるようになるわけではない。

 人間は機械の部品ではないから、簡単に取り替えるということもできないのである。

 もし無血でリューズを手に入れることができれば、それにこしたことはないだろう。

 視線で先を促す北斗。

「アキリウにはエルフの集落がある。たとえばそいつらから宝剣とかもらえたら、とかな」

「エルフ?」

「ナナたちのような亜人だ。見た目はもっとずっと人間に近いけどな」

 首をかしげる少年にシズリスが解説してくれた。

 やはり被差別階級である。

 結局のところ、少数民族を差別対象とすることで、現在のルーン王国は人心の安定を図っている。

 戯画化していえば、「俺たちよりみじめな連中がいる。貧乏暮らしだってそいつらに比べたらマシだ」という意識を平民たちに持たせることによって、支配基盤を盤石にするのだ。

 胸くそ悪くなるような話ではあるが、地球の歴史をふりかえればいくらでも存在する。

 日本だって同じ。

 いわゆる被差別部落というものが法的に存在しなくなったのは明治の頃である。だがしかし、差別そのものは時代を経ても続いている。

 北斗が暮らしていた昭和よりもあとの時代である平成の世の中になっても解決を見ていないし、法の下の平等を国是に掲げる日本政府が解決に取り組まなくてはいけない問題として定義されているほどだ。

「わかった。そういうことなら交渉に赴くのは(やぶさ)かじゃない」

 北斗が頷く。

 彼は、巻き込まれたとはいえ、差別されるキャットピープルたちとともに起った。

 他にも差別されているものがいるなら、手を差しのべるのを躊躇わない。

 そういう男だ。

 それに、差別される人々の話を聞き、修好の橋渡しとなるというのは、北斗の職責である巡察使の任務にも合致している。

「卿ならそういってくれると思っていたさ。けど、時間は切らせてくれ」

「それは当然だな」

 数日のうちにバドス・アトルワ連合軍はリューズに到着するだろう。

 包囲が始まり、降伏が勧告されるだろうが、城壁を挟んでの攻防戦が繰り広げられるのは火を見るより明らかだ。

 そうなれば両軍に犠牲が出る。

 憎しみからの支配ということになれば、今後に差し障りがあるし、都市機能を完全に破壊するのも避けたい。

「なるべくゆっくり進軍するとして、十日。仮に成果が出なくてもそれまでに戻ってくれ。ホクト」

「了解だぜ。朗報を期待してろよ」

 にやりと笑った少年がナナとリキに視線を送った。

 巡察副使たちである。

 被差別階級たる獣人と、各地を転戦してきた傭兵だ。

 必ず北斗のチカラになってくれるだろう。




 北辺であるアトルワ男爵領よりさらに北にあるアキリウ子爵領は、まさに隣国との国境を守る要である。

 もともとは、建国王の親友が拝領した土地だ。

 彼は友たるオリフィック王の盾として、隣国の脅威からルーンを守る役割を自らに与えた。

 そのときにエルフたちも一緒に入植した。

 彼らもまた建国王の友であったから。

「ということになっているが、エルフたちを怖れたから辺地に追いやったってのが、ホントのとこだろうな」

 街道を歩みながら、リキが北斗に予備知識を与えてくれる。

 それによれば、エルフというのは人間よりずっと長命であり、森の中で生活しているらしい。

 しかも、精霊と心を通わせることができ、その力を借りることができるという。

 またまた胡散臭い話である。

「魔法の次は精霊かよ。ねーよ。んなもん」

「まーた屁理屈が始まった。特殊能力を否定しちゃったら、わたしたちはどうなのよ」

 ナナが呆れる。

 猫のような耳と尻尾を持ち、爪を剣状に変化させて戦い、人間に数倍する身体能力を持つ獣人たちは、北斗の中でどういう位置づけになっているのか。

「それは種族特性だからいいんだ」

「いいのかよっ」

「猫が人間と同サイズなら、大仏さんくらい助走なしで飛び越えられるからな」

 ちょっと大げさである。

 奈良にあるやつで十四メートル。鎌倉のやつなら十一メートル。

 猫の跳躍力は体長の五倍ほどなので、身長百六十センチくらいのナナだと跳躍力は八メートル程度だ。

 百八十センチくらいあるドバでも、少しばかり届かないだろう。

 ともあれ、猫が人間サイズだったらという仮定は、かなり意味がないし、猫の身体能力をそのまま当てはめて良いというものでもないだろう。

 だが、北斗が納得しているから、屁理屈バリアは発動しないのである。

「まったく。どういう仕組みで魔法を封じてるんだろうな」

 やれやれと肩をすくめるリキであった。


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