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対峙した敵の数が多い。
アキリウ子爵軍は四千程度のはずだが、どう考えても六千はいる。
どこからそんな数をかき集めた。
眉根を寄せるドバのもとに、斥候が駆け寄り報告をする。
敵中にバドス男爵家の旗を確認せり、と。
「……なるほど。先に合流したというわけか」
「圧倒的多数で囲んで袋だたきにしようって腹だな」
皮肉げに頬を歪める北斗。
筋としては間違ってはいない。
挟撃だとか後方攪乱だとか、まどろっこしいことはせず、とにかく数で押す。
それができるだけの兵力差があるのだから。
「ホクトの計略は失敗したということかな」
「だなぁ。抱き込まれちまったら、シズリスとしてはもう動けねえだろうし」
ぽりぽりと頭を掻く。
あまり深刻そうではなかった。
ドバが笑う。
「では、動けるようにしなくてはならないね」
裏切りが怖いから近くに置いて監視する、というアキリウ子爵の構想が、キャットピープルの勇者には見えている。
もちろん北斗の目にも。
その弱点も含めて。
シズリスは裏切る瞬間を待っているのだから、それを作ってやれば良い。
「戦線を混乱させてやる必要があるな」
「矢戦が始まったら、私の部隊で側面を突くよ」
にやりと笑いあう北斗とドバ。
アキリウ子爵は戦術選択を誤った。
信用できないなら、最初から戦線参加などさせなければ良いのだ。
上手く使おうと策をめぐらせるから、そこに付け入る隙が生まれる。
いなければ利用のしようもない。
「というわけだ。姫さん」
視線を転じ、総大将たるアリーシアを仰ぐ。
アトルワ軍の陣形は標準的な凸型陣。前衛が四百、左右両翼に三百ずつ。アリーシアの本隊は百だ。
二百名からなる獣人部隊は遊撃として、ドバの判断で臨機応変に運用される。
軽く頷いたアリーシアが全軍に射撃開始を命じようとする。
距離はやや遠いが、まずは牽制攻撃である。
そのとき、彼らの目に信じられないものが映った。
アキリウ子爵軍の一部が突出を始めたのだ。
工夫も何もない横列展開で。
「これは……なんだ……?」
魔法騎士のラインがうめく。
騎士隊の隊長であり、アリーシアの右腕として全軍を指揮統率するのが彼の役割である。
敵の行動が意味不明だった。
これではただの的。
アトルワ軍からの攻撃でハリネズミにされるだけだろう。否、それだけならまだマシで、後方からも矢が飛んでくるはずだ。
結局、両軍からの矢の雨に晒され、全滅するしかない。
「ライン? どうしますか?」
「なんのつもりか判りません。が、黙って見ているというわけにもいきませんね」
指をくわえて見ていれば、前衛部隊が接敵する。
そうなったら矢戦どころではない。
なし崩しに消耗戦に突入してしまうだけだ。
それだけは避けなくてはならないのである。
敵の意図が判明しないが、こちらは予定通りに戦うだけだ。
「判りました」
ふたたびあがり始めるアリーシアの右手。
今度こそ開戦の号令をかけるために。
「いや。待て姫さん。こいつは……」
制動をかけたのは北斗である。
敵の前衛部隊は的として使われようとしている。何故そんなことをするのか。
「あれはシズリスの軍だ」
「どういうことだ? ホクト卿」
「たぶん、アキリウ子爵は、最初からバドス男爵軍を使い潰すつもりなんだ」
「つまり?」
「こっちが攻撃するのは、織り込み済みってことさ」
前進を続けるバドス男爵軍。
前方から矢は飛んでこない。射程圏内に入っているはずなのに。
「どういうことでしょうか?」
副将が訊ねる。
「意図を計りかねてるんだろうさ。どう考えても、俺たちの動きは常軌を逸している」
苦い顔でシズリスが応えた。
全軍でなく、一部の部隊だけで前進。
撃ってくださいといわんばかりに。
これで戸惑わないものがいるとしたら、そいつは少なくとも軍略家ではないだろう。
「アトルワ軍が動きました」
報告が入った。
すわ矢戦かと身構える副将だったが、そうではない。
アトルワの前衛部隊も前進を始めたのだ。
はじめはゆっくりと。少しずつ速度を上げて。
「閣下!? これは!?」
「俺たちも突撃するぞ」
副将の動揺に付き合わず、にやりとシズリスが笑って指揮棒がわりの剣を振り下ろす。
みるみるうちに接近してゆく両軍。
地響きを奏でて。
槍先を揃え。
千五百のバドス男爵軍と四百のアトルワ男爵軍前衛部隊が激突する、かに見えた瞬間。
両軍はすれ違った。
ただ一合も矛を交えることもなく。
まるで最初から示し合わせていたかのように。
「ホクト! 撃たないって信じてたぞ!」
「判りにくいんだよ! シズリス! もうちょっとで撃つところだったじゃねえか!!」
交差する一瞬。
北斗とシズリスが怒鳴りあい、右手を打ち合った。
そのまま百八十度回頭して、アトルワ軍に合流するバドス軍。
総勢千九百となった部隊が、猛然とアキリウ軍へと攻めかかってゆく。
これにはアキリウ軍も驚倒した。
矢戦が始まれば、バドス軍ごとアトルワ軍を攻撃するつもりで待ちかまえていたのに、まったく戦わないどころか、予定の行動でも取るかのように合流してしまった。
「慌てるな! もともと両軍とも滅ぼす予定だったのだ! 手間が省けただけだ! 弓箭隊、斉射用意!!」
アキリウ子爵が怒号する。
動揺していた部隊がやや落ち着きを取り戻す。
が、完全に混乱から立ち直るだけの時間は与えられなかった。
矢玉が雨霰となって降り注いだからである。
アトルワ軍の左右両翼からの攻撃だ。
バドス軍との合流劇を、彼らはぼけーっと見ていたわけではない。前衛部隊が動きだすと同時に、翼を広げるように展開している。
何が起きるか知っている者と知らない者、その違いだ。
矢を射ようとしていた兵どもが倒れてゆく。
次々に突き刺さる矢が掲げた盾をハリネズミに変えてゆく。
ただ、損害の実数としてはそう多くはない。
ガードできずに倒れる兵もいるが、盾や鎧である程度までは矢は防ぐことができる。
とはいえ、完全に機先を制されてしまった。
このまま前衛部隊が衝突すれば、足元をすくわれるかもしれない。
舌打ちをこらえる表情で、アキリウ子爵が全軍に距離を取るよう命じる。
こちらは四千五百。敵は合しても三千に届かないのだ。
きちんと陣立てして戦えば負ける道理がない。
なし崩しに乱戦に突入するのが最も悪手だ。
「だからこそ、私たちとしては、ぜひ乱戦になってもらいたいわけだよ」
子爵の内心を読んだわけではないが、ドバが笑った。
アキリウ軍の左側背で。
獣人部隊。
彼らは北斗隊の前進が始まるとすぐに全力で駈けた。馬よりも速く、反時計回りに戦場を迂回して。
「突貫!」
そして休息することなく、アキリウ軍の側面に食らいつく。
息を潜めていた肉食獣が、牙を剥いて獲物に襲いかかるように。
陣が乱れる。
猫人の爪が、狼人の牙が、人間どもを引き裂いてゆく。
最も理想的な横撃。
後退しようとしていたところに、横から楔を打ち込まれたアキリウ軍はたまらない。
盾で防ごうとしても、人間をはるかに超えるスピードで爪が突き込まれる。
負傷した僚友をかばおうとすれば、さらに横から飛びかかられ喉笛を咬み裂かれる。
まさに狩り。
まさに野生。
組織的に戦えなくては、人間は野生には勝てないのだと証明するように。
みるみるうちに突き崩されてゆくアキリウ軍左翼部隊。
彼らはじつに千近い兵力を有していたが、まったく良いところなく敗勢に追い込まれてゆく。
わずか二百名の獣人部隊によって。
そして彼らの不運は、すぐに他の部隊にも伝播した。
後方で起こった混乱。
じりじりとさがっていた前衛部隊が注意を割いてしまった。
目前にバドス・アトルワ軍が迫っているのに。
そんな好機を見逃すような男たちではない。
「やっちまえ!!」
「全軍突撃!!」
北斗とシズリスが叫ぶ。
振り上げた大槌を、思い切り地面に叩きつけるように。




