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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第3章 ~どんどん厄介になってくなっ~
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3


 アトルワ男爵アリーシアも出撃する。

 名君としての片鱗を見せつつあるアリーシアあるが、戦闘指揮そのものは未経験であるため、実際のところは護衛の騎士ニアに守られて立っているだけである。

 戦力にはまったくならない。

 が、彼女が戦場に立つという行為そのものに意味があるのだ。

 アトルワの領主は、城にこそこそ隠れていたりなどしない。

 常に敵に胸を晒して堂々と覇道を歩む。

 という姿勢をアピールするため。

 同時に、最大戦力と同行するという理由も存在する。

 現状、アリーシアの権力は盤石なものであるとは言い難い。

 クーデターによって権力を奪取したのだから、もう一度クーデターを起こそうとする輩はいくらでもいるだろう。

 実際に魔法騎士サイルゥはそれを企てた。

 あれは不平分子を一網打尽にするためにアリーシアの陣営が企図したことではあったが、それですべての地下茎を刈り尽くせたと思うほど、彼らは夢想家ではなかった。

 ほぼすべての戦力がアトルーを離れた状態でアリーシアが残留するのは、獣の檻にエサを投げ込むようなものだ。

「妾が囮になって、また不平分子をあぶり出そうとしている、と思わせるという手もあるのですが」

 街道を進む馬車のなか、美々しい戦装束に身を包んだアリーシアが苦笑する。

 まだまだ戦場には到着しないし、敵襲の危険などまったくないのだが、ドレスというわけにもいかないのだ。

「危険度が高すぎ。相手が罠だと見なかったら、こっちの詰みじゃねーか」

 苦い顔で言うのは北斗だ。

 馬を操れない彼は、ナナとともに馬車組である。

 アトルワの台所事情では、ギャンブルをする余裕などない。

 そもそも、アキリウに勝たなくては明日もないのだ。

 いまは小細工をするより、まず目の前の敵に集中すべきだろう。

「アトルーのことは、おやっさんに任せるしかねえぜ」

「だねー」

 座席に胡座(あぐら)をかいてコンセントレーションしていたナナが、片目だけあけて同意した。

 おやっさんというのは、北斗とナナがアトルーに潜入したときに縁のあった酒場兼宿屋の主人である。

 貴族の奴隷だと思われていたナナを逃がしてやろうとするほど任侠(おとこぎ)のある人物で、アリーシアのクーデターにおける陰の立役者となった。

 その功績を買われて彼女の補佐役に抜擢されたのだが、評価されたのは実績ばかりではない。

 人脈。

 アトルーを根城にする冒険者や傭兵たちに、ルマは顔が利くのだ。

 主力がいない間、彼は懇意にしている冒険者どもを使ってアトルーを掃除してゆくだろう。

 開明政策を打ち出し、民の光たろうとするアリーシアであるが、その一方で裏社会をしっかりと統制することも忘れない。

 綺麗事だけで政治は動かせないと知りつつ、なお理想を求めようとする。

 そういう人物だからこそ、獣人たちも胸襟(きょうきん)を開いた。

「とはいえ、ここで負けてしまえば、いくらアトルーの闇を払っても意味がありません。頼みますよ。ホクト」

 真剣な顔でアリーシアが言った。




 アキリウ子爵領とアトルワ男爵領の境界線は、アリュー平地を流れる一本の川である。

 街道には普通に橋がかかっているが、徒歩での渡河が不可能というほど深くもなく、流れもべつに急ではない。

 敵国との国境というわけでもないので、当然のように物見櫓(ものみやぐら)の類も存在しない。

 領地間の人の出入りを制限するための関所は、互いにもっと郡都近くだ。

 ようするに入植する人間もいないような辺地(へんち)、というのがアリュー平地の評価である。

 その評価の低い平地まで進軍したアキリウ子爵軍は、前方に布陣するアトルワ男爵軍を発見した。

 強固な陣構え。

 靴一足たりとも我が領には入れないぞ、という覚悟が見て取れる。

「国境に布陣したか。こちらが攻めてくることが判っていなくてはできないことだな」

 鞍上で口ひげを撫でる男。

 アキリウ子爵マルコー。四十代半ばの偉丈夫である。

 奇しくも、アトルワ男爵軍と同様にアキリウ子爵軍も当主が戦場に立っている。

 もちろん両者では理由が大きく異なるが。

「アトルワは情報を持っていた、ということではないのかな? シズリス卿」

 横に立つ男に声をかける。

 嘲笑を含んだ声を。

「……どうやらそのようだな」

 苦々しく応えるのはシズリス・バドス男爵。本来ならば、ここにいるのはおかしい男である。

 バドス男爵領は、アトルワを挟んで反対側。

 アキリウとバドスが共闘するなら南北から挟撃するのが常道だし、実際その方が効率的だ。

 だが、アキリウ子爵は両軍の合流をこそ優先させた。

 数の優位を活かすためにも、正面から力攻めの方が良い、という名目で。

 もちろんシズリスはそんなタワゴトを信じなかったが、格上を相手に逆らうことは難しい。

 力攻めこそが大軍の取るべき戦法。区々たる作戦など必要ない。

 というのも、たしかに考え方のひとつではある。

 損害を考慮に入れなければ、という前提だが。

 そしてこの場合、考慮に入れなくても良い損害というのがバドス男爵軍である。

 アキリウの狙いは明白で、徹底的にシズリスの戦力を使い潰すつもりなのだ。

「何者かが情報を漏らしたのであろうかな? なあシズリス卿」

「…………」

 冷たい目での問いかけ。

 否、問いですらないだろう。

 お前が情報を渡したんだと知っているぞ、と、美髭の子爵の表情が語っている。

 シズリスが唯々諾々(いいだくだく)として要請に従った理由だ。たんに格上というだけなら、拒絶する手段はあったのだ。

 病気だと嘘を吐くとか、軍備が整っていないとごまかすとか。

 だが、アトルワとの内応を疑われて、それを王国政府に報告する素振りを見せられれば、歯ぎしりしつつもいうことを聞くしかない。

 いまはまだ。

 バドス男爵軍単体では、王国軍はおろかアキリウ子爵軍にも勝てないのだから。

 機会をうかがうのだ。

 アトルワ軍との戦いが始まったら、矛を逆しまにしてアキリウ軍に襲いかかる。

 当然、戦場は混乱するだろう。

 その隙を突いてアキリウ子爵マルコーの首級を挙げる。

 それが勝機だ。

 子爵はバドスとアトルワの内応を猜疑したからこそ、勝手に行動させないようにしたのだろうが、獅子身中の虫となってやろう。

 アキリウ軍四千五百に対して、バドス軍は千五百と寡兵だが、本陣近くで暴れることができれば、数の優位など活かせない。

 内心の決意を対外に出すことなく、無表情を貫くシズリス。

 少しずつ、少しずつ、アキリウ・バドス連合軍とアトルワ軍の距離が縮まってゆく。

 正面決戦だ。

 反比例するように兵士たちの緊張が高まる。

 激突する前から呼吸が荒くなっているものもいるほどだ。

矢戦(やいくさ)の準備を」

 シズリスが副将に指示を伝えた。

 が、

「無用だ。シズリス卿」

 右手を挙げてアキリウ子爵が制する。

「どういうことだ? マルコー卿」

 もう間もなく互いに弓矢の射程距離に入るだろう。黙って待っていては、一方的に()たれるだけだ。

「矢は高いからな。無駄遣いはできんよ」

 えらくけちくさいことを言う。

 たしかに矢というのは高額だ。一本一本、職人が木を削り、矢羽根の向きを計算し、重量のバランスを取って作られるものだから。

 実際、戦いが終わったあとには貧民の子供たちが死体から矢を(あさ)って売ったりもする。

 その貴重な矢を、当たるどころか届くかどうかも判らない最初の矢戦で消費するのは馬鹿馬鹿しい。

 だが、その程度の出費を惜しんで(いくさ)などできるわけがない。

 胡乱(うろん)げにシズリスが見つめる。

「まずは突撃させようではないか。バドス男爵軍は一騎当千の強者ぞろいときくからな」

「なん……だと……?」

 とんでもない命令に目を剥く。

 バドス男爵軍を矢面に立たせる、と、子爵は言っているのだ。

 悪意を練り固めたような冷笑を浮かべて。



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