045 姫乃の言葉
俺も鈴華も立ち上がりまっすぐした目で見据える姫乃を見ていた。
「私から燐くんを奪わないでください」
「っ!」
その言葉に鈴華は表情を鋭く変えた。
「偽物のくせに! 不義の子のくせに! あなたのせいでわたしがどれだけ苦労したか! ここには本物だけがあればいいの。クラスの女子達も男子達も燐も……わたしと一緒にいればいいの! 偽物なんていらない」
それは大きく強い言葉だった。
名家である片桐家の言葉。日本のあらゆる企業が片桐と関連がある。誰もが知っている大企業。
鈴華はその令嬢で姫乃は婚外子。みんながそれを分かっていた。
「そうすれば片桐が力になるから!」
「そうじゃないだろ」
自然と俺の口からそんな言葉が出てしまっていた。
「片桐がどうとか、家がどうとか。鈴華と姫乃、どっちか選ばなければいけないとかそんな大きな話じゃない。俺たちはただ個人を見るべきなんだよ」
「燐……」
「燐くん」
「偽物だろうが、不義の子だろうが……ここにいるのは片桐姫乃という一人の女の子だ。それを勘違いしちゃいけない」
俺はクラスメイトの女子達に視線を向ける。
「みんなは姫乃に勉強を教えてもらったり、課外授業でも一緒に取り組んだりしただろう。本当に姫乃をいらないって思うのか?」
「私も……片桐さんに勉強を教えてもらって成績上がったんだよね」
「お弁当の作り方とかアドバイスもくれたし」
「近寄りがたい所あるけど……基本優しい」
姫乃は同性達に優しく接していた。強く関わらないようにはしていたけど決して邪険には扱ってはいなかった。
それはみんな分かっているんだ。
俺は次に男子達の方に視線を向ける。
「あれだけ姫乃のことを好きだって言ったり、お姫様だって囃し立てたじゃないか。偽物なんて言葉で片付けていいほどその想いは安いのか!」
「そんなことねぇよ! 俺だって本当に片桐さんのことを……」
「葛西に言われなくたって分かってるんだよ!」
「お姫様がいないクラスなんて考えられないよ」
男子達から口々に姫乃に対する想いを口走る。
姫乃は可愛い。そんなことは誰もが分かっている。でも可愛いだけじゃない。普段の佇まいから仕草や声まで全て揃って片桐姫乃という女の子なんだ。
偽物なんて言葉で片付けていいことじゃない。
「本物とか偽物とかどうでもいい。俺達は皆、片桐姫乃を必要としている!」
「っ!」
俺は言いたいことを鈴華にぶつけた。
鈴華は顔を歪め、背を向けてしまう。やがてそのまま……立ち去ってしまった。
さすがに全員で責めるのは良くなかったかもしれない。でも……姫乃を偽物と断じるなら俺も容赦はできない。
姫乃は絶対に守らなきゃいけない家族だから。
それから鈴華に傾いていた空気は一変し、前に戻ったような感じとなった。
女子達はまた姫乃に話初めて、男子達は鈴華を気にしつつも、姫乃にアプローチ……はなかった。
そうですね。俺がめっちゃ告白的なこと言ったもんね。おかげで俺と姫乃はほぼ付き合っていると思われるようになってしまった。
そして鈴華は……一言も話さず、一人で過ごす日々となっていた。
鈴華のことをどうするか悩む暇もなくテスト期間にさしかかる。
俺も姫乃もいったんは忘れ、テスト勉強に精を出すことにした。そして2週間近くが経った。
「片桐さんまた学年トップだって!」
「さすが姫様、どうやったらそんなに点取れるの!」
「授業をよく聞いてノートにまとめるだけですよ」
涼しい顔で姫乃は学年1位を取っていく。
でも本当はそう簡単ではない。家に帰ってから姫乃はずっと勉強していた。学年1位を取ることが片桐家としての責務だからだ。
そんな姿を美しいと思ったし、支えたいと思った。だから姫乃が評価されることは自分のことのように嬉しい。
そして……思ってもみない事態となった。
「ねぇ聞いた?」
クラスの女子達がみんなに聞こえるように声を上げる。
「この前のテストで赤点だらけの人がいるって」
その女子達の視線の先は鈴華の姿だった。
「学年1位を偽物扱いしておいて本物の成績はこれって……ねぇ」
「ねぇ~。あんなこと言っておいて恥ずかしいよね。ってか本当に本物なの?」
「だよね。お姫様が片桐家なのは間違いないって思えるけど赤点だらけの人が片桐家って言うのありえなくない?」
「あははははっ!」
そんな悪意だらけの言葉に鈴華は歯を食いしばっていた。
「あたし、天ノ川女子に知り合いいるんだけど……おちこぼれてこの学校に転校しちゃった子がいるらしいよ。しかも名家のお嬢様」
「っ!」
「みんなにこう言われてたんだって」
ガタっとその瞬間、鈴華は立ち上がった。そしてそのまま逃げるように教室を出てしまった。
「あ~あ、逃げちゃった。ねぇ片桐さん、鈴華さんって正直生意気っていうか。ないよね~」
「ほんとほんと。お姫様の方がよっぽどらしいと思うよ」
女子達の悪意の言葉に姫乃は当然、歪んだ目で彼女達見た。
「彼女は片桐家の正真正銘本家の令嬢です。私のためを思ってくださったのなら嬉しいですがあのようなやり方は困ります。彼女は私の姉でもあるので、今後一切あのようなことを言うのは止めてください」
「う、うん……ごめん」
「そうだよね。それじゃ……鈴華さんと同じだもんね。後で謝るよ」
姫乃のたしなめにより、嫌みをいった女子達も反省の態度を示した。
これで同調するようならさすがに看過はできないがやっぱり姫乃は凄い女の子だ。
だけど気になるな。鈴華が前の学園で落ちこぼれだったという話。もし本当ならそれは……。
姫乃と目が合った。やっぱり話をしに行かなければならない。
俺は今回の件、姫乃を守りたかっただけなんだ。鈴華を陥れる悪意はない。
鈴華を探しに俺は教室を出た。
クライマックスまであと少し。
次からは鈴華視点となります。真意が語られます。
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