025 夜華の気持ち
「へぇ……結構広いマンションじゃない」
姫乃のマンションに到着し、三人の一緒に家に上がる。あ、やべっ。
「ごめん、先にトイレいかせてくれ」
「どうぞ。ただ、先に手を洗って」
「うがいして、ペーパータオルでしっかり拭いてからだったな、分かってるよ」
「ふふっ。ではゆっくり行ってらっしゃい」
「……」
夜華にじろりと見られたが我慢できんのでトイレへ行くことにした。
早々にすませた俺はリビングに入る。
食卓テーブルの椅子に座る夜華、そしてキッチンでお茶を準備をしている姫乃の姿があった。
夜華はじっと姫乃を見ていたので隣の席に座ることにする。
「で?」
夜華が視線を俺に向け、鋭い目で睨んできた。
「お兄ちゃん、あの女と同棲してんの。まさか本当に女の家にいるなんて御幸お兄ちゃんと同類とか終わってる」
「そこまで言うなよ」
双子は正直歳離れた兄貴と仲が良くない。
表面上は悪くないんだけど……兄貴もあの性格だしな。
「あの女に弱みでも握られてんの?」
「逆ならともかくそれはないよなぁ」
姫乃の弱みを握ってここに厄介になってるケースの方が多い気がする。凡人の俺の弱みを握っても仕方ないだろうに。
祖母ちゃんの葬式の後に姫乃と意気投合してここに厄介になったことを告げる。さすがに姫乃の家庭環境を話すわけにはいかない。
妹との会話なんて何百回もやっている。だからすぐに会話は違う方に変わっていく。
「ヨルカは大変だったんだから」
「そうなのか。実際どうなんだ。忙しくなってるけど学校は上手くいってるか? ちょっと仕事の方向性で思い悩んだ時期もあったろ」
「うん! そのことなんだけどお兄ちゃんにいっぱい話をしたかったんだ」
機嫌が悪くなってきたら夜華のことを話題にすればいい。そうすりゃ自分大好き人間は機嫌が良くなる。
俺の家族はみんなそうだ。兄貴も弟も両親も含め……自分のことが一番。それから夜華は自分のことを一杯俺に伝えてきた。
他の家族達の様子も交えて話を続けていた。
「それでね、それでね」
「チョコブラウニーが焼けましたよ」
「おおっ、いい匂い!」
姫乃が得意のお菓子を作ってきて、話は一度中断となる。
お菓子好きの夜華にはたまらないだろう。姫乃の作るお菓子はまじで美味しい。
さっそく取り分けられたチョコブラウニーにスプーンを入れる。
うーん、甘くて美味しい。一緒にいれてくれたコーヒーと良く合う。
「美味いっ。姫乃のお菓子はお金取れると思うよ。毎日食べたくなるな」
「燐くんったら。まだおかわりもありますので食べてくださいね」
ちゃんと作ってくれたものに美味しいという言葉を言うと姫乃は喜んでくれる。やっぱり作ってくれた感謝もあるし、今日も腹いっぱい食べさせてもらおう。
ふと見ると夜華のスプーンが止まっていた。
「姫乃の料理は俺よりも上手だし、マジで美味しいぞ」
「ヨルカはお兄ちゃんのご飯が食べたい」
夜華の言葉に空気が重たくなる。姫乃に対しての失礼な言葉に俺は恐る恐る姫乃の顔を見た。
しかし姫乃はニコニコ微笑んだままだ。
「燐くんの料理、美味しいですもんね。私も分かりますよ」
「姫乃」
「でもしっかりお話するなら甘いものを食べた方がいいと思います。トップアイドルの方って食事制限もされてるんですよね。ちゃんとご飯食べてますか? お腹は減ってるんじゃないですか」
「そんなことっ!」
狙ったかのようなタイミングで夜華のお腹から可愛い音が鳴った。
夜華は恥ずかしそうにお腹を押さえる。
姫乃はそこまで見抜いていたのか。
「ほらっ、夜華、食べな」
「……うん」
夜華はスプーンを握って、チョコブラウニーを口にする。
「……美味しい」
その言葉に自然と姫乃と目が合った。
優しい笑みをする姫乃の姿に本当に優しい子だと心の底から嬉しい気持ちになった。
コーヒーを飲んで一服。そろそろちゃんと話をしないといけないな。
でももう日が暮れてしまった。
「燐くん」
姫乃に呼び出されて、キッチンへと向かう。
「夜華さんは燐くんの実家で暮らしているんですよね」
「ああ、後で送っていくよ」
「あの様子ですし、無理に帰さない方がいいかもしれません。もし良かったら泊めてもいいですよ。明日は土曜日ですから」
姫乃も分かっているんだろうな。
夜華は明日もオフと言ってたし、仕事の影響はないはずだ。
正直俺はまだ実家に帰る気はない。夜華を一人で帰すわけにはいかないから必然的に一緒に帰ることになる。それは避けたい。
感情で生きてる夜華を説き伏せるのは正直難しい。
「ごめんな。妹が迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない」
「燐くんが謝る必要ないと思います。むしろそうやっていつも謝ってきたんだろうなってのが見えて来ました」
「姫乃」
「謝るべき本人がいるのに不思議ですね。では戻りましょう」
姫乃と一緒にリビングの方へ戻る。
夜華の横の席に座ろうとしたら姫乃に腕を引っ張られた。
「燐くんはこっちです。そして新妹の私が隣」
「はぁ!?」
夜華の声も何のその。俺は夜華の向かいに座り、その隣に姫乃が座った。
「夜華は俺にどうして欲しい。話を聞いて欲しいだけじゃないんだろ」
夜華は一度黙り込む。
そしてうつむき、少しずつ声を出し始めた。
「家の空気が最悪なの。お兄ちゃんが帰ってこなくなってからヨルカ達みんな歯車が合わなくなったの。ママとパパはずっと機嫌悪いし、家の中は荒れ放題。御幸お兄ちゃんは全然帰ってこなくなったし、朝くんもヨルカも最近伸び悩んでるの。朝くんのフィギュアの原点ってお兄ちゃんでしょ。ヨルカのダンスとか台本の読み合わせとかもお兄ちゃんに手伝ってもらってたから」
「やっぱりそうなったか……」
「ヨルカも朝くんも最近分かってきた。お兄ちゃんが家にいてくれたからみんな上手くいってたんだって。パパとママはまだ気づいてないみたいだけど」
「うん」
「ヨルカはお兄ちゃんが側にいてくれたら頑張れた。今日も会って、やっぱりヨルカはお兄ちゃんがいなきゃ駄目だって分かったの。ヨルカが辛い時や泣きたい時、いつも察して優しくしてくれるお兄ちゃんが好き。だから帰ってきてよ、お願い」
「夜華……」
「お兄ちゃんはヨルカ達家族にとって必要なの!」
嬉しい言葉だった。
でも心の底から喜べないのは何だろうか。
恐らく、実家にいた時にその言葉をもらっていたらまだ良かったのかもしれない。
でも……きっと結局は家出していただろう。
「すまないけど、俺はまだ戻るわけにはないかない」
「その女と離れられないから!?」
「それもあるけど、それだけじゃない。俺は実家に戻りたくないんだよ」
「なんで!? お兄ちゃんは家族が嫌いなの? ヨルカ達のこと嫌い?」
「嫌いなわけないだろ。大好きだよ。父さんも母さんも兄さんも夜華も朝也もみんな好きだ」
「だったら……助けてよ! ヨルカ達を助けて……」
「くっ……」
「あ~。もう聞いていられないですね」
姫乃の発した心底がいらついたような雰囲気の言葉。その苛立ちはまるでいも知らぬ相手に告白された時にする言葉使いだった。
「夜華さん」
「な、なによ」
「あなた本当に燐くんのことが好きなんですか?」
「当たり前じゃない! あんたと違って、ヨルカはお兄ちゃんの本物の妹なんだから」
「だったら」
姫乃、冷たい視線を夜華に向ける。
「燐くんの過ごしたこの1ヶ月のことをなんにも聞かないのは何でです? 燐くんはあなたの変化にすぐ気づいたのに。あなたが興味あるのは燐くんじゃなくて話を聞いてくれて、手助けしてくれる燐くんっていう名前のお世話係でしょ」
「え」
姫乃は怒りを少し込めた言葉を続けた。
「あなたの家族って燐くんに興味ないんですね。ほんとひどい人達」
ネクストターン:姫乃さん
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