転校生君とキラキラ女子
4月も月末に差し掛かると、桜が散り寂しくなった景色に新たな生命が吹き込まれて、新緑が映えて普段見ている景色がより一層輝いて見える。
僕が春夏秋冬で1番好きなのは春と答えるのだが、それは桜や藤、サツキやたんぽぽといった花の類が好きなのではなく、はっきりと新緑が好きだと言いたい。若々しい緑は見ているだけで心が洗われる。
そんな景色を楽しみに、今日も学校へ向かうのだが。
「行ってくるねー!」
玄関を出て5分ほど歩いていると、途中大きな声で一般的な民家から元気よく出てきていた声色的に女の子。日に照らされてキラキラとしているように錯覚する髪がまず目に入る。
制服的に自分の学校と一緒なのだろうかと理解する。
キラキラした雰囲気に見惚れていると、こちらに気づき、顔を一瞬だけ見たあとに頭を下げる女の子。
「おはようございます!」
お互いに顔をよく見ないまま、向こうから挨拶をしてきたのでこちらもお辞儀をして挨拶を交わす。どこかできいたような声に、内心でクラスメイトだったりするのかなと思いつつ顔を上げる。
「え」
相手から掠れたような声が上がり、そこには酷く驚いた顔の川瀬美稲さんが立っていた。
「あー……おはよう?」
気まずさを隠せず、目を逸らしながら挨拶を返す。
こんなに近くに住んでいて今まで会わなかったのは、たまたまだったのか。
──た!
川瀬さんが笑顔でグッと拳を握り、何か呟いたような気がした。うーん、あんまりいい感じじゃないよね。あれだけ無視したり、はぐらかしたり、逃げたりしたんだから……僕、殴られないよね?
「じゃあまた後でね」
周りに人が居ないのは流石にまずいかなと思い、早足でその場を去ろうとするが、予想外にグイッと左腕を引っ張られてバランスを崩し尻餅をつく。
「っ〜!なにすんのさ!」
「ご、ごめんね!まさか転ぶなんて思わなくて……」
申し訳無さそうな顔の川瀬さんを下から見上げているとなんだか怒る気持ちが萎んでいく。
顔が良い異性ってズルいよね。なんでも許されそうで。こういうのハロー効果って言うんだっけ。
なんて事を考えながら、形だけ目に力を入れて怒ってますアピールをしておく。
「それで?なんで引っ張ったの?」
「一緒に……お話をしながら学校行きたくて」
「それなら声をかければ良かったのに。わざわざ引っ張らなくて良かったような?」
立ち上がりながらズボンをポンポンと手で払う。細かい石とかチリとかがついてるはずだからね。いくらコンクリでも。
「だって、中山君。明らかに私達を避けてるよね。それなのに声だけかけても、一緒には行ってくれなさそうだったから」
「川瀬さんはまだいいけど他二人はしつこいから。まあでも川瀬さんとも、できれば一緒に行きたくないのは本音かな」
ムスッとしている川瀬さんには悪いんだけど、そうしたいのは僕も同じ。男女に好かれる人気者の川瀬さんが、初日からやらかしてる僕の隣にいた時には、『僕が』色々嫌味を言われるだろうから。
説明を省き本音をぶちまけたので、当然納得いかないような顔をしている川瀬さん。無視して、さらに僕は続ける。
「それとは別の、班割に関しての話だけど。あのクラスの状況でだ。僕を君たちのグループに入れたらさ、面倒なことになるのは分かってたよね。それなのに、わざわざ僕を巻き込むんだから、避けられて当然だと思うんだけど?」
多分相当嫌味ったらしく言っていたと思う。
川瀬さんの表情が苦い物に変わる。
「……私は中山君と、みんなと仲良くなりたいの。強引だったのは認めるけど」
「お隣さんといい、川瀬さんといい、津田君といい……どうしてそんなに僕に執着するのかわからないな。多分お隣さんからもう聞いてるでしょ?『お友達だなんて、そんなくだらない物捨てた』って言ってたって」
「彩愛ちゃんから聞いたけど……私、中山君の事がわからないよ……。確かに日が経ちすぎているのかもしれないけれど、私には大切なことなんだけどな。それに、人の繫がりはそんなに簡単に切れないと思ってるよ」
それはそうかもしれないと、川瀬さん達を見ていると思う。昔の僕が何を川瀬さん達にしたのかは、思い出せないけど。
「僕と川瀬さんに何があったのかなんて、少なくとも今の僕には思い出せないし、今の状態もよく分からないんだけどな」
「……そっか」
悲し気にしている川瀬さんを無視して、歩き出す。流石にこれ以上話をしに立ち止まってたら遅刻してしまうし、掛ける言葉もない。
そんな僕の腕をまた掴んできた川瀬さん。
「今度は何?」
「あっ……えっと」
「なんでもいいけど、一緒に行くなら行くで、はやく行かないと遅刻するよ」
「う、うん!」
引き離すのは一旦諦めて、遅刻しないように歩き出す。川瀬さんは掴んでいた腕を離して、僕の隣を歩き出した。
川瀬さんを見ると、先程の沈んだ顔はパッと明るい色へと書き換えられたようだ。気づかれないように息を吐き出す。………なんで僕は安堵しているんだろう。
「中山君」
「うん?」
しばらく歩きながら隣に意識を向けずに景色を楽しんでいると、不意に川瀬さんから話しかけられた。
──からね!
隣を見ると何かを決めたような真剣な顔で小さく頷いている彼女。今度こそ拳が飛んでくるのか!なんて思わず身構えてしまう僕に、にこりと笑顔で、
「明日の課外活動。班は違うけど、一緒に楽しもうね!」
その時の川瀬さんの表情を見て、なぜか僕の胸の奥底が揺れたような気がした。
多分気のせいだ。周りの人がざわざわしているせい。学校が目の前にあって登校する生徒から注目されてるからだ。うん、目立ってるな川瀬さん。
「うん。その前にまずは今日も勉強頑張らないとね」
「あ、思い出さないようにしてたのに」
「今日は英語の小テストだから、早めに来て復習しておきたかったんだけどな。誰かさんのせいで結局ギリギリだ」
「うう……中山君ごめんなさい……」
「冗談だよ。ほら、生徒指導の先生が早く入れって言ってるから急がないと」
「あ、うん!行こっか!」
川瀬さんが走り出して行くのを見ながら、流石に同時に入るのはクラスメイトに変に勘繰られてまずいだろうと、僕はゆっくり時間をギリギリまで使い、教室へと向かった。