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転校生君と文化祭へ向けて

口は災いの元(但しクラスメイトは協力的)


「起立」

「おはようございます、1年2組のみんな」

「……礼」

「着席」



いつものように担任である八宮先生が教室に入ってきて。そしていつものように渡貫さんの号令に被せての挨拶。渡貫さんはいい加減慣れたのか数拍取ってから続きの号令を行い、さっと全員を座らせる。



「さて、夏休み前だからとどうやらみんな浮かれているみたいだが、気を抜くと痛い目に合うからな、気をつけろよ。先生からの忠告だ」



平日のホームルーム。そのまま1時間目は授業ではなくて、各クラスに与えられた空きの時間。何をするかは知らないけど、八宮先生は少なくとも自習にするつもりはないらしい。

八宮先生が言うように夏休みまでは近いが、2週間程という微妙な時期であるが故に、ソワソワし始めている生徒がそれなりにいる。斯くいう僕も父さんと会えるのが楽しみだ。



「それと先週の金曜に伝え忘れていたんだが、そろそろ文化祭の出し物と体育祭の出場競技を決めなくてはいけなくてな。渡貫、ここから頼んでいいか?」

「はい」



『すまないな』と言って端に捌ける八宮先生。渡貫さんはクラス委員として嫌そうな顔もせずに……



「(面倒だわ)」



僕の横を通り過ぎる時にボソリと呟いた声は、多分に嫌そうな、それこそ言葉通りの面倒さを含んでいる。黒板前、教卓の辺りに立ってクラス全体を見る彼女。

それだけで先程までざわめいた教室に波を打ったように静寂が広がる……って言い方もおかしい気はするけど、なるほどクラス委員長だ。みんなが静まり、彼女の言葉を待っている。



「どうしてお前達は、渡貫の時には静かにするんだ……」



八宮先生が何か言っているが、日頃の行いというやつではないだろうか。前も連絡事項を伝え忘れていたとか言っていたよね。

ただ流石に面食らったのか、渡貫さんは親交を深めた人物にしか分からないくらい、本当に微妙な程の唇の端と目尻がぴくりと動いたらしい。メッセージアプリのグループに、新谷さん達がそんな事を書いていた。

スマホは授業中に見るもんじゃないんだけどな?などと、どの口が言うのかとツッコミを受けそうなので口には出さない。だって、今まさに通知が気になって隠れて見ていたから。


そんな僕に対して、お隣の席のクラスメイトが丸めた付箋を僕の顔に投げて来ていたらしい。髪にカサリという音とともに軽く触れるような感覚があって、そちらを向くと咎めるような視線をこちらへと送ってくる。『ごめんなさい』と口パクで伝えてスマホをしまい込んで前を向く。

渡貫さんも、僕や新谷さん達に対して咎めるような視線を送ってくるので、お返しに『頑張れ』の一言を心の中で思いながら口パクで送ると咳払いをしていた。そのままの流れで軽く自己紹介から入り、八宮先生に対して、どういった内容で進めるのかをみんなの前で問いかけ始める。



「先生?文化祭についてまずは話し合いたいのですが、これだけは伝えておかないといけないというルールなどはありませんか?」

「そうだな……」



彼女が簡単に文化祭の出し物についての説明とルールを八宮先生とのやり取りから僕らへと伝えてくる。

聞き流していたので要点だけまとめると、


1、他校の友達を呼ぶのは原則出来ない事になっている。例外もあるが家族は2人まで。

2、報連相は必須。担任が知らない状況はないように。

3、食べ物系は全面禁止。

4、3年生は体育館が貸し出される。1年生と2年生は教室か運動グラウンド。

5、クラス以外の出し物は有志を募っている為、希望があれば必要事項を記入の上で生徒会に打診すること。

6、スケジュールの関係上、夏休みに準備を行うのは大丈夫。ただし、お盆の期間は入れた上で最低2週間は休みを取ること。

7、文化祭に関して、3年生の出し物は午後の部で体育館に集まりみんなで鑑賞する。


という事らしい。マンガやアニメで見たような自由に回って色々楽しむような文化祭でもないらしくて、僕はちょっとがっくりきてる。



「あとは、これも言っておかないといけないことだが。参加を強制するのはやめような。勿論、全く参加しない奴や準備をふざける等は論外だが、それぞれ事情もある。例えば塾に行かなければいけないという生徒もいれば、学外で活動をしている……つまり習い事だな。それらは月謝も払っているだろうし、何より将来を見越して頑張っているんだ。無理に休ませる道理は通らない事を覚えておけ」

「……」



何人かは不満そうな『えー』という声を出していたが、それでも教室の空気が弛緩したような、そんな様子がなんとなく察せる。現に先程の付箋を飛ばしてきたお隣さんとは逆のお隣さんは、安堵したように息をついていた。

僕がチラッと見ていた事を感じ取って、はにかむようにしながらこちらに視線をくれる。特に何か用事があったわけではないんだ。ごめんね。



「他には体調を崩してしまったり、家の事情で参加ができない生徒も当然出てくる。その時は渡貫か先生に伝えてくれ。手伝える範囲であれば先生も手伝おう。というか、仲間はずれにするのはやめてくれな?先生も楽しみなんだ」

「それなら、最初から八宮先生が窓口で良かったと思いますが……」

「それでも良かったんだが、学生主体の文化祭ではなくなるだろう?それにこれは秘密の話だが、文化祭の出し物を手伝おうという担任は殆どいない。だから表立って手伝おうとすると先生が怒られる」



手伝うくらいしてくれても良いと思うんだけどな?と誰もが思った事を口にする担任は、多分に教師に向いていない。別の意味で心配になる担任はさておいて。文化祭かあ。



「高校の文化祭なんだからカフェとかやらしてくれてもいいじゃん!」

「そーだそーだー」



立ち上がり机をバンッと叩く、後列のクラスメイト。びっくりするからやめてほしい。僕だけじゃなくて知世さんや他の人も肩がビクッってなったから。

それに追随するなんともやる気のない乗っかりに声をあげたクラスメイトも白けたように座る。多分、やる気のない声はナナシさんかな。



「まあ、なんだ。元々そういう方針なんだよ、うちは」

「でも納得したくなーい!」

「瀬賀さん、静かに。八宮先生の言うことに噛みつきたいのだろうけれど今から意見を募るから、その時に話してくれたら嬉しいわ」

「……しかたないなあ」



やる気のない乗っかり方をした割には、結局引き継いで抗議の声をあげるナナシさん。

何が仕方ないのか。誰もツッコミいれないけど、良いんだろうか。八宮先生は引っかかる部分がありそうだけど、何も言わないことにしたらしい。



「それで、出し物についての案がある方はいるかしら?詳しく無くても良いわよ、漠然としたものでも。詳細はみんなで決めればいいのだから。……はい、知世さん。なにかしら?」

「じゃ、じゃあね……」



渡貫さんの言葉に安堵したらしい。控えめながらに手を挙げてアピールしていたちみ姫……知世さんを筆頭に、普段は誰とも話さない……わけではないけれど物静かな男子や、こんな人いたかなという女子まで意見を出している。

正直なところ、意外だった。このクラスはなんだかんだでみんなが行事に関しては乗り気というか、意欲が高いのかもしれない。

中学の時はどうだったかな……と考えて頭を横に振って無駄な思考を中断させる。



「中山君」

「はい!?」

「さっきから何か言いたげな様子だけれど、何か良い案はあるかしら」



話をしっかりと聞いていないのはどうやらバレているらしい。どうせなにも考えていないんでしょうけれど?と挑発するように、一瞬だけニヤリと口角を上げて僕を見る。

何がうまいって、全員の前で名指しするから、ほとんど全員が僕に一瞬だけでも意識を向けた時に、そんな表情を見せるとこなんだよね。印象が悪くなるのを嫌ってなのか、はたまた。



「えっと……」



さて、渡貫さんの事情はともかく、困ったな。

ほんの少しぎこちなさが取れた新谷さんや課外活動班だった上村さん達に、最近おとなしめの美山さん達からも何かしらの視線を感じる。

僕に何か考えがあるわけ無いだろ!なんて言えるわけでもなく、なんというかクラスという集団の圧というか、何かを感じてしまっている。期待しているのもあれば、嫉妬みたいな黒い物も。嫉妬って意味わからないけど……。


それにしても、案。案ねえ……?

助けを求めるように八宮先生を見ると、何かを考えているようだった。

ダメだ、助けは得られそうにない。

渡貫さんの後ろ、黒板にはいくつか候補が挙げられているのを見るが、それを見た所で何も思い浮かばない。



「中山君?」



思い浮かばないなら思い浮かばないって言えば解決なんだけど、僕が何も言わないから焦ったように声を掛ける渡貫さん。

いじわるしすぎたかしら、みたいな事を思っていたんだとしたら最初からやらないでほしい。

思いつかずに隣を見て……いや、うん。2回目だけど照れなくて良いからね。なんかごめんね、思いつかなくてつい見て……って、今日の外は青空だなあ。隣のクラスメイトの先には誰もいないグラウンドが窓から見えている。

……そんな外の様子を見て、1つだけ思いついた。



「ねえ、渡貫さんに八宮先生。体育祭っていつかってわかります?」

「体育祭?文化祭の続きであるけれど」

「9月に2日間続けて、文化祭と体育祭をすることになるな。それがどうかしたか?」

「なら、僕からはですね」







────────────────────────────






「という事で、なんちゃってチアリーダーで応援のような物をやることになったが……先生は辞退していいか?」

「ダメです。先生も一緒に頑張ってくれるって言いましたよね?私だってあんなヒラヒラ着たくないわ……困った時はお互いさま(道連れ)ですよ」

「本音漏れてるぞ……。渡貫だけじゃなくて女子の圧が強すぎるな、うちのクラスは」



僕が提案したのは、あくまで後の体育祭に繋げるための応援でもしたらどうかという事だったのだが……

何をどう間違ったのか美山さんや川瀬さんを筆頭に意見が次々と挙がってしまって、気がついたら男子もみんなチアリーダーの格好をして演じる事で決定してしまった。おかしい。こんな筈では……



「中山、恨むからな……」

「ごめんね、多々良君」



直接的に僕に恨み言を言うのは多々良君くらいだけど、言いたくなる気持ちもわかる。具体的に決めたのはクラスの女子だけど、発端は僕になるから元凶に文句も言いたくなるよね……。そりゃあ声も大きくなるよ。理不尽だけど甘んじて受け入れるよ。



「せんせー!文化祭ってそういうのもアリなん!?」

「そういうのってどういうのだ。出し物については、念の為に先生方にも聞いてみるが、通ると思う」

「マジ?じゃあ衣装はうちが用意したげる!もえ……新谷さんにもかわいいのを着せたかったんよ、うち」

「……新谷は気の毒だな。俺……んん。先生としては体育祭でもやれと言われないかが心配だよ」



口に出すと本当にやる羽目になるので言わないでほしい。そういうのって言霊ってやつだったかな。

ちなみにチアリーダー。というか、チアリーディングという競技に関しては全員無知。なので、ポンポンを持ったゴツい男やなよっとした僕のようなやつが、本当にアクロバティックなこともせずに、ただ応援と称してコスプレ大会してるようなものになる。……みたいだ。

女子も参加するから多少は混沌具合も薄まるだろうけど、いや……文化祭ってなんだろうな。


話し合いをなんとなしに聞いていたが、おまえら本職に怒られろ!みたいな案件で僕は別の意味でも震えが止まらない。

どうしてやりたがったのか、という問いを後で本当に嫌だけど川瀬さんと美山さんにしなければ。



「まあ本格的にしないのであれば、ポンポンを使って全員で文字なんかを表現してみてもいいかもな。実際も行われていたようには思うが」

「八宮先生の意見採用です。という事で、当日は全員参加よろしくお願いするわ」



『え゛』という声が主に男子から挙がる。裏方に回って難を逃れる……という事はできないらしい。

前途多難という言葉が相応しいかはともかくとして、気持ち的には沈んでしまう。余計なことを言わない方が良かったな、という意味で。口は災いの元とはよく言うよ、本当に。



「文化祭に向けての役割も決めなくてはいけないわね。ごめんなさい、八宮先生もみんなも。この1時間で体育祭の競技決めまで終わらないかもしれないわ……」



僕らから目を逸らし、時間を確認してほんの少し声を落とす渡貫さん。自分1人で抱え込む必要はないんだけど、それでも責任を感じて謝る彼女には好感が持てそうだ。みんながどう思ってるかはともかく。



「渡貫さんが謝ることじゃないと思うな?みんなをまとめてくれて、いつもありがとうって言いたいよ!」

「そうだな。普段から委員長は俺達の意見をしっかり聞いた上で、無茶な要求にも応えてくれているんだ。俺達もこのクラスで出来ることを頑張っていこうな」

「美稲も恭也も張り切ってるなら、彩愛も頑張る」



川瀬さんと津田君に続いて美山さんも何か言い出す。



「美山達が言うなら……」

「やるぞー!」

「お、おー……」



あの3人の発言から引き継いで多々良君やナナシさん。それに他の子まで声を上げ始めて、クラスの雰囲気はみんなで頑張ろうみたいな方向になる。……いや、影響力半端ないな。人気者ってこういう場合はプラスの方向に働くらしい。



「ありがとう、みんな。このクラスで良かったと本当に思うわ」



滅多には見せないであろう渡貫さんの本当に嬉しそうな表情に、クラスの男子達が、あの赤羽君ですらハッと息を呑むのがわかった。斯くいう僕も、何度か渡貫さんの笑顔を見たことはあるはずなのに衝撃的で硬直している。



「それでもね」



と続ける渡貫さん。魅せられているからか、誰も彼女の言葉は遮らない。



「クラス行事に否定的だったり、気が乗らない人もいるのはわかっているのよ。もしそうなら、私だけにこっそり相談してほしい。できるだけ相談に乗りたいし妥協点を見つけたいと思うわ」

「何を言ってるの、渡貫さん。みんな乗り気だよ?」

「そうね。少なくとも私にも見かけ上はそう見える。集団心理という物だったかしら。ともかく、みんなの前で反対意見なんて出しにくいものよ」



渡貫さんの発言にギョッとして川瀬さんが反論する。ただ渡貫さんは笑顔を崩さずに、同意しつつも自分の意見を述べている。何故か僕に向かって言ってるのは置いておくにしても、急に何を言っているのだろう。



「最初にハッキリ言っておくと、私はクラス委員でなければ、こんなのやってられないって逃げ出していると思うわ」



委員長がそんな事を言っていいのだろうか。教室内がザワザワしているし、八宮先生も『おい、渡貫』と困惑して呼びかけている。



「びっくりした?そうよね、引っ張る側の人間が言って良いことではない。ただ、勘違いしないでほしいのは私はね」



クラスの困惑、疑心、怒り、反対に心配だったりと色んな感情をぶつけられているだろう渡貫さんは1度目を閉じて、言葉を選んでいるように見える。

いつもより長く感じる数秒間、教室のざわめきを聞きながら再び目を開いた時、そこには僕の知らない渡貫さんが在った。



みんな(・・・)で行事を楽しみたいの。少なくとも、このクラスの人が、ただの1人も楽しくないなんて事がないように。みんなは私じゃないから、心の内はわからないけれど。良い思い出をみんなで作りたいのよ。だから私が出来ることは最大限頑張るから、ほんの少しだけでもいい。多分順位付けとかもあるけれど、1位にならなくてもいい。文化祭も体育祭も楽しめるようにみんなの力を貸してほしいの」



『話し合いの時に言う事でもないし、ワガママ言っているのはわかる。ごめんなさい』と渡貫さんは頭を下げる。



──こんな事をしていられるのもね。今のうちだけ、だもの



あの寂しげな呟きは今も僕の耳に残っている。渡貫さんは高校生活が終われば、もう楽しい事は訪れないとでも思っているのだろうか。だから1つ1つを全力で楽しもうと……。

【発作】のこともあるし、人との関わりを極力減らしたい僕からしたら、実にバカバカしい悩みだとは思うけど。


それでも渡貫さんの気持ちは、こんな僕にも伝わってくる。だって、その目は揺れてはいるけど真剣だから。本気で楽しもうとしているってわかるから。本気で頑張ろうとしている人を、バカだとか冷笑するだとかはいくらなんでも失礼だ。

……少し前の僕の考えていたことを棚に上げているのは許してほしい。ただ心が動いたのは本当だから、言葉で返そう。


そう思った僕が何かを言わなくても、ざわついていたみんなが口々に『そんな事ないよ』『一緒に頑張ろうぜ!』みたいな事を言っている。付箋を投げてきたお隣さんもやる気十分みたいだ。なんなら僕に『お前もわかってるよな?』みたいな鋭い視線で睨めつけてくる。訴えかけてこなくてもわかってるよ……



「本当にこのクラスはどうなっているんだ……担任としてはありがたい話だが」

「これも八宮せんせーのおかげっしょ!」

「そーだそーだー!」

「褒めても何もでないぞ、上村。あと気が抜けるからやめろ、瀬賀」

「そろそろ役割等を話し合いたいのですが、先生」

「渡貫ぃ……。もう勝手にしてくれ。先生は知らん」



八宮先生がかわいそうな気がするけど、空気は無理にでも戻ったらしい。流石大人だ。

……というのは冗談にしても、この後はみんながとても協力的で、文化祭についての役割決めは時間内になんとか収まった。体育祭の出場種目に関しては、各自明日までに希望を考えてホームルームで話し合う事になったのは、まあ仕方のないことかな……。



皆さんのところの文化祭とか学園祭みたいな物ってどうだったのでしょうね。少し気になります。

あと1〜3話で一応脳内で設定している2章が終わります。最終章まで後何年かかるかな……

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