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転校生君と放課後の話し合い 2


普段、一般の生徒が立ち入る事はない職員室奥の相談室。そこに僕ともう1人は通される。

八宮先生はどこか疲れたように『座って楽にしてくれ』と僕らに促して来たので、その通りにする。



「すみません、八宮先生。遅くなりました」



そう言いながら頭を下げようとした僕に手のひらを向けて制して、首を横に振る先生。



「いや、いいんだ中山。昨日の今日で急な呼び出しだったわけだからな」



疲れを滲ませながらも、『喉乾いたな。お茶かコーヒー、どっちがいい?遠慮されると先生も飲めなくなるから、するなよ?』と部屋に備え付けの給湯ポットに2Lペットボトルの中に入った水を入れ始める先生。

そう言われると弱いので、遠慮なく僕はコーヒーを頼む。もう一人も同じのを選んだみたいだ。


さっきから不気味なほどに静かな僕の隣に座る女子生徒は、目線を下に下げて、恐らくガラス机の傷を見ている……なんて。そんなわけないか。何を考えてるのか、ちょっと僕には分からない。


それにしても、生徒指導室でもなければ会議室でもないこの空間はなんだか僕にとっては不思議だ。肖像画みたいなものはないけれど、内装はダークブラウン中心に纏められて、僕は落ち着く。


周りを観察していると花瓶に花が差してあったり、日本語ではないよくわからない本がズラッと並んだ本棚が置いてあったり。ブラインド付きの窓が少し空いていて運動部か何かの声が聞こえてきたり。

見るところに困らないなあと少し別のところに思考を飛ばす。



「待たせた。インスタントだから味は保証しないぞ」

「ありがとうございます。以前いただいた缶コーヒーよりは美味しいと思いますけどね」



コーヒーの入ったカップが僕と女子生徒の前に置かれる。

一口だけブラックのまま口に含んだけど、インスタントコーヒー特有の酸味と薫りが広がる。別に僕は嫌いじゃない。


隣の女子生徒は苦い顔をしたが、すぐに表情を戻して何事もなく二口目を飲んでいる。

……なるほど。



「先生、ミルクと砂糖ってあります?お恥ずかしながら、僕にはちょっと苦いみたいでして」

「ああ、いつもブラックで飲んでるから忘れてたな。持ってくる」

「4つくださいね」

「確かに遠慮するなとは言ったが……いや、まあいいか」



なんだかんだ持って来てくれて、先生には感謝しかない。

インスタントコーヒーの美味しい飲み方はコーヒーフレッシュ、または低脂肪じゃない牛乳を入れて、砂糖を入れて飲む。これだと思っている。ブラックで飲むなら喫茶店でも行ってしっかりしたものを飲んだほうが人生得だよ?

なんて、誰かに聞かれたら困るような事を内心呟きながら、机に置かれたミルクとスティック砂糖を2つずつ入れて、再びコーヒーを口に含む。酸味がちょっとくどいけど、まろやかにはなったかも。


幾分か満足したように隣の生徒に目を向けると、目をパチクリさせてこちらを見ていた。

なので、スティック型砂糖とコーヒーフレッシュを2つずつ彼女の前に置くことにした。



「今日は2つで満足しちゃったので、僕だけだと消費できないから、どうですか?使いません?」

「……そうですね。いただきます」



彼女も僕にならって2つずつ入れて飲み始める。ほんの少しだけホッとした表情に見えたのは多分気のせいじゃないだろう。

ただ、別に2つも入れなくて良かったんだよ?ああ、でも言い方が悪かったか……

まあ、それはおいておこう。



「それでですね。八宮先生。今日はこの人も一緒に何か頼み事とやらを手伝うんですか?」

「頼み事っていうのは、はっきり言おう。嘘だ」

「……」



やっぱりか。という言葉しか浮かばない。

そんな僕に対して意外そうに八宮先生が見ていた。



「驚かないんだな」

「まあ。予想はしてましたから。それに」

「課外活動に同じような呼び出しをしてるから、か」

「そうですね。多分話がしたいだけだろうと思っていたんですけど……」



隣に目を向けると僕らの話に耳を傾けながらコーヒーをちまちまと飲んでいる。



「この人はどういう……?僕の知り合いってわけでもないですし……」



さっきの大きな声での謝罪の場面が思い浮かぶ。先生は困惑していたから、呼び出したはいいけど予想していなかったか。あるいは。



「見たことは……まあ、ないか。そうだな、話に入る前に自己紹介。2人ともしておこうか」

「じゃあ僕からで」



自己紹介必要かなあと思いつつも、先生がそう言うので先に口を開く。



「八宮先生が受け持っている1年2組に在席している、中山奏です。保健委員会に所属しています」

「!」

「……えっと、何か?」



僕の言葉に、俯き、ふるふると震えながら床に正座を──


え?



「本当に申し訳ございませんでした!!!」



お手本とはこういうものかという印象を受けるほどには綺麗な土下座に一瞬固まってしまったけど、慌てて体を起こそうとする。

あっ、女子には気軽に触れちゃだめなんだっけ。なんて思っても後の祭り。予想してないことが起きたら体は勝手に動いちゃうものだよ。うん。



「ちょっと、いきなり土下座はわけがわからないのでやめてください」

「どうしてですか!!わたしは許されない事をしたのですよ!!」

「あの、事情を話してください。というか貴女は誰ですか。色々説明不足なんで説明してもらっていいですか?」



あの、八宮先生。お前も大変だなみたいな顔してないで、はやく場を戻してくださいよ。第三者から見られたらマズいのは多分だけど八宮先生の方ですよ?



「すみませんすみませんすみません!!」

「ちょ!頭を床にぶつけないでくださいよ……!って、無駄に力強いね!?先生手伝って!はやく!」

「ああもう!なんだってこういつも変な方向に全力なんだよ……!」



急に頭を何度も床にコツンと当てる女子生徒を力ずくで止めようとするけど、僕1人の力じゃ無理だと判断して先生にも手伝ってもらった。

お願いだから、落ち着いて理由を教えてよ……お願いだからさ。






─────────────────────────────






「す、すみません……つい頭がカッとなってしまって」

「はぁ……。大した怪我もなく、落ち着いたみたいでなによりです……」



女子生徒は再び椅子に座って申し訳無さそうにしている。

結局5分くらい先生と力を合わせて、なんとか元の状態……いや、額が赤くなってるけど、それでも出血しないだけマシな状態で戻せた。

部屋のドタバタは多分というか絶対漏れてるだろうけど、それでも他の先生が見に来ないあたり、八宮先生が信用されているのか、それとも。

話もしてないのに疲れちゃったよ、僕。



「いい加減に話が進まないから先生から話そうか」

「いいえ、そこは自分でします。させてください」



先生が進まない話をなんとか進めようとして、女子生徒に手で制される。

最初からそうしてよ。そのツッコミは心の中だけにしておいた。



「生徒会所属、会長をしています。2年の一條愁歌です。放送許可証の処理が遅くなってしまった件に関しまして、保健委員会の皆様にはご迷惑をおかけしました。生徒会代表として保健委員代表の中山さんにお詫び申し上げます」



生徒会長……。

え、このトンデモ自傷土下座女子生徒さんが?本当に?

という心の声を口に出すわけにもいかず、とりあえずツッコミは入れるかな。



「保健委員代表は西園寺先輩ですよ?実際に動いていたのも西園寺先輩ですし、僕に言われても」

「いいえ。八宮顧問から話を伺わなければこのまま有耶無耶になってしまっていたかもしれません。今回のお話を実際に八宮顧問に持ってくださったのは中山さんです。西園寺委員長ではなく謝罪は中山さんに受け取っていただきたいです」

「……はい、そうですね、受け取りました!」

「よかったです。では改めて後日放送部と」

「なんて、言えるわけ無いですよ、生徒会長?」

「どうしてですか」



『どうして?』は、こっちが言いたいんですよね。生徒会長。

ほんの少しだけ苛立ちの感情が乗った声が相手から返ってきて、気になったけどありのまま話そうと口を開く。



「僕は1年で委員会のこともろくに理解していないですし、事務関係で動いてくださっていた西園寺先輩が1番……こう言ってはなんですが、被害を被っています。謝罪も説明も先輩にしてください。でないと、今回の件は先輩だけでなく、僕達保健委員も納得できません」



保健委員でこの事を知っているのは、西園寺先輩を除けば僕と新谷さんだけ……ではないだろうけど、少なくとも1年は知らないだろう。

まあそれはそれとして、なんで西園寺先輩じゃなくて僕なんだろうね?と八宮先生を見ると肩を竦めるだけだった。



「それならば、どうしてこの場に西園寺委員長はいないのですか。であれば中山さん、あなたが代表として八宮顧問に認められたということではないでしょうか?」

「思い込みで話すんじゃない、一條。本来お前はここにはいないはずの人間なんだ。中山には個人的な話と、中山を通して保健委員長に話を聞きたかっただけだからな。ただ、さっきの職員室でのアレを思い返すと、放っておくのもややこしくなりそうだったから連れてきたわけで」

「わ、わたしのせいですか?」

「軽く話を聞いていただけなのに、急に大声であんなことされた挙げ句に放置とかできるわけないだろう……」



なんとかしてほしそうに見てきていたのは、何を話しても進展しそうになかったからかなあ。こんなのでよく生徒会長なんてやれますね、一條先輩。

先生と生徒会長の話を聞きながらそんなことを考えていると、八宮先生は咳ばらいをして、姿勢を正す。



「それで、一條。許可証にサインをした教職員の記録によると、書類は3月末には保健委員会から提出されていたらしいが。そこから3ヶ月……放送部とのやり取りは必要にしても、そこまで時間は掛からないはずだが。何か許可できない事情があったのか?」

「それは……八宮顧問もご存知かと思われますが」

「多忙なのは理解しているつもりだ。だが、放送許可証に関しては余程の事がなければ通しても良いとされていただろう?渡されてすぐに確認をして、印を押すだけだ」

「……。そうですね。ただ、あの時は別の作業もしていたので。後回しにした結果、書類の山に埋もれてしまっていたので、気づくのに時間がかかりました」



先生が眉をしかめる。何か引っかかるところがあるのか表情は険しい。



「生徒会長。一つ質問させてください。今回の件は何度も西園寺先輩から問い合わせがあったと思いますが、それでもサッカー部や図書委員会…。だけではないですけど、保健委員会以外を優先していたのはどうしてですか?」

「資料を探すのに時間がかかっていたからですよ。さっきからそう言ってますが」

「本当にそれが理由……なら、先生?生徒会の書類、しっかりと整理できるようにしておいた方が良さそうですよ。西園寺先輩みたいに困ってる人が今後も出てきそうです」

「ああ、そうだな。第三者に言われてしまう状況なんだ。生徒会のメンバーに言われて、最低限の干渉しかしてこなかったが……これからは先生も介入していった方が良さそうだ」

「それは……!」



狼狽える一條先輩。まるで先生に入られると困るみたいな反応だね。もしそうだとしたら、ちゃんとやることはやっていたらよかったのに。

そう思いながら生徒会長を見ていると、瞳の奥に何かのドロドロした色が見えたような気がして、僕の胸の奥も疼き始める。もしかして、この人……



「ところで八宮先生」

「なんだ?」

「放送部の人には話は聞いたんですか?」



生徒会ばかりに気を取られていたけど、放送部の許可もいる校内放送。向こうの言い分も聞いておかないと、って思って先生に話しかけたんだけど、『何言ってんのおまえ?』みたいな顔をされる。というか声が漏れてる。



「生徒会が書類を持っているのに、放送部が見られるわけがないだろう?」

「あっ」

「まさか、それぞれ別の物だと思っていたのか?紙の無駄だろ、それは」

「いや、まあ……」



なんだろう、厳しいのか緩いのかよくわからない手続きだね。

じゃあ、放送部の私的な使用目的の線は消えるわけか。うーん。生徒会に振り回されただけ……ってのは釈然としないけど、無いものを突いても仕方ないか。

というか中山奏君。僕はなんでここまで関わっているんだよ。後は西園寺先輩に任せておけば良さそうだよ。



「中山、俺からも西園寺には言っておく。ただ、今回の件はお前の口からも伝えておいてくれないか」

「わかりました。今日はもういないでしょうし、明日伝えておきますね」

「それと一條」



生徒会長は何かを考えていたようだったが、すぐに切替えて先生に返事をする。



「明日、昼休みに生徒会室に生徒会メンバー全員を集めておいてくれ」

「……わかりました。連絡をとっておきます」

「ありがとう、一條。生徒会のみんなに言われたからというのはあったが、お前にはいつも任せきりだったからな。これからは先生も出来る限り……いや、生徒会顧問として出来ることは手伝っていく。よろしくな」

「はい」



返事をして頷く生徒会長。

その姿を見て八宮先生はポンと自分の膝を叩き、今日はこれまでにしようと締めて、カップなどを片付け始めた。



「中山、個人的に聞きたい話は……また今度時間を貰っていいか?」

「まあ、先生には助けてもらっていますから。用事がなければいいですよ。なんなら昼休みでも構いませんが」

「ああ、悪いな。それじゃあ、一條に中山。お前たちは先に出て帰っていいぞ」

「はい。失礼します」




僕と生徒会長は相談室から退室し、職員室からも出ることにした。


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