第22話 「てめぇは一体何の回し者だ」
「ご飯の味がちょっと変わっただけでめっちゃ怒るんってどういう気分なん、入江?」
「なんで私なんスか」
例によって入江がグラタンを食べている最中、大野がそう質問した。
「いや、ようあるやん、そういうのん。それにお前グラタンに並々ならぬ愛情注いどるし。それにそういうのって最悪事件にすら発展しかねんやろ」
「まあ食べ物の恨みは怖いってよく言いますからねえ」
「せやろ。俺そういう気持ち全然分からんねんなぁ~」
「なんかすごいあてつけ見たいに感じるんスけど」
入江がじろ、と大野を見る。
「秋君はどう思うスか?」
「俺か?」
秋葉は課題の手を止め、顔を上げた。
「俺も正直食べ物興味ないわ」
「かぁーっ、二人ともパイセンとして尊敬出来ないスわ」
「なんでやねん」
大野が突っ込みを入れる。
「そもそも男の人って味覚とか分からない人多いスよね。本当損してると思いますよ。味覚音痴ってだけで人生の半分、本当に冗談とか抜きで半分くらい損してる可能性ありますよ」
「いや、男と女とか関係ないやろ」
「いや、それがあるんスよ。っていうか私今まで会った男の人、大体皆まるで味が分からない味音痴ばっかでしたよ」
「いや、どんだけ言うねんお前! 心にダメージが響くぞ! 一人罵倒オーケストラかお前! なあ、秋葉!」
「一人罵倒オーケストラてなんやねん。最近小説の賞取った本は味覚ない女の人が主人公やったけど、まあそういう一面もあるんかもな」
秋葉は特に感傷もなく返す。
「いや、俺がしたいんはそんな話やないねん。例えば身近なやつやったら、唐揚げにレモン掛けただけで大論争が始まったり始まらんかったりするやん?」
「あ~、ありますねえ」
「いや、心狭すぎやろ! と」
「なるほど」
入江はグラタンを頬張る。
「唐揚げにレモンかけたくらいで何をキレてんねん! と思う訳やで、俺は。なあ秋葉!」
「お前劣勢の時ばっかり俺によう話しかけて来るな」
「秋君も大野パイセンもあんまりそういうの気にしないんスよね? 私も正直あんまり気にしないスよ」
「そうなんか?」
じゃあ何の論争も始まらんやん、と大野が茫然と言う。
「でもやっぱ唐揚げが大好物だったからそうなったんじゃないスかねえ。私もさすがにグラタンに勝手に醤油とかかけられたら怒らざるを得ないですし」
「なるほど」
「パイセンとか秋君とかそういうのないんスか?」
「「ないな」」
「本当人生半分くらい損してますよ」
「あ」
大野が唐突に声を上げる。
「そういえばあったわ、俺にも」
「何スか何スか?」
そわそわと、入江が興味深げに見る。
「甘いご飯が嫌いやわ」
「甘いご飯?」
入江が小首をかしげる。
「そう、甘いご飯。ライスじゃなくて食事な。例えばピザにパイナップルとか酢豚にパイナップルとか。俺ああいうの滅茶苦茶嫌いやわ。滅茶苦茶嫌いやし、そもそも見ただけで食べる前から好きじゃないと思っとったわ」
「え~、心狭~」
入江が若干引き気味で言う。
「いや、ほんまに甘いご飯嫌いやねん。なんやねん、ご飯やのに甘いって。スイカに塩とか。黒豆とか甘い玉子焼きとか、ほんま嫌いやわ。大学芋とかも」
「パイセン今滅茶苦茶心狭いスよ」
「あんな物好きな奴許せんわ」
「正義感が間違った方向に進んでますよ」
「俺ああいう甘いご飯好きな奴見つけ次第しょっぴくつもりやから。市中引き回しや」
「どんだけ甘いご飯嫌いなんスか!」
入江が大野に突っ込んだ。




