義体専門店
「あと買う物はどのくらいあるんだ?」
それから何店か行きつけの店を巡り、順調に荷物を増やし、順調に金を減らす。すでに腕が痺れてきたこともあり、いつになったらこの苦行が終わるのかを訊いてみた。
「あとは師匠用の義手ですね。予約していたものを取りに行きます。これで最後なので、受け取ったら帰りましょう」
「わかった。――ていうか義手? 義体の調子でも悪くしたのかあいつ?」
「そういうわけではないですけど、新型の義手なのでほしいとのことです。わたしもどんなものなのかは知らされていないので、はっきりしたことは言えませんけど」
「ふーん……まあいい。さっさと行こう。ここから近いのか?」
「すぐそこですよ。――ほら、あのお店です」
和佳菜が指差したのは、ライトグレーのシンプルな店だった。おもちゃの積み木みたいに真四角な店で、『義体専門店』というホログラムが、看板代わりに店先で回転している。今の時代、こういった義体のみを扱う店は珍しくないらしいが、入店するのは当然初めてだ。
「家電量販店なんかにも義体は売ってますが、餅は餅屋です。師匠が利用するのはこういった専門店なんですよ」
和佳菜は何度も来ているようで、ためらいなく店内へ。俺もあとに続く。
「ほぉ……」
内装はとてもシンプルだった。まず正面には横長の受付カウンターと、案内役のアンドロイドが複数。商品を陳列する什器なんかは一切見当たらず、サイドに椅子とテーブルとウォーターサーバーが備え付けられているだけだった。受付の奥には義体の試着(と表現していいかはわからないが)を行えるスペースもあるらしい。
俺たち以外の客は見当たらず、店内では流行のポップスが虚しく響いていた。
「案外普通なんだな。義手とか義足が壁一面に飾ってあるのかと思ったけど」
「さすがにそれは不気味ですって。猟奇殺人者の地下室じゃないんですから。――それはともかくとして、早く受け取ってきましょう」
カウンターに近づくと、俺たちを認識した女形のアンドロイドが恭しく頭を下げる。機械ならではの、寸分の狂いもないお辞儀だった。
『いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?』
頭を上げ、笑みをたたえながら電子音声を発生させるアンドロイド。少しカタコトな感じはあるが、電子音にしては聞き取りやすい。アンドロイドも未だに進化し続けているのだろう。
「予約していた義体を受け取りに来ました。予約表はこれです」
俺には見えないが、和佳菜が目の前のアンドロイドに何かを伝送したようだ。それを受け取ったアンドロイドが『少々お待ちください』という一言を残して奥へ下がった。商品を取りに行ったらしい。
「最近多いよな、こういう簡単な対応をアンドロイドに任せる店」
「昔に比べると値段も下がって、質も良くなってきましたからね。なにより、アンドロイドは与えられた仕事に余念がありませんから。祈崎市はまだ少ない方ですけど、都市部に行けば三十人に一人はアンドロイドが混じってますよ」
「長期的に見れば、人件費よりもアンドロイドの維持費の方が安く済む、みたいなニュースは見たことあるが、そこまで浸透してるとは……。にしても、詳しいんだな和佳菜」
「はい。アンドロイドに関してはちょっと関心があったので色々調べたんです。彼らが抱える問題とか」
――彼ら。和佳菜はアンドロイドをそう表現した。それだけで、どのようにアンドロイドを扱っているかがよくわかる。ロボットに彼・彼女という二人称を使う人は限りなく少ない。どれだけ人間そっくりでも、アンドロイドはロボットなのだから。
ロボットは人間ではないのだから。
「……優しいんだな、相変わらず」
ロボットは人間の下僕――そう考える人は少なくない。昔からロボットは、蔑ろにされてきた存在だ。動物愛護団体はあっても、ロボット愛護団体はないように。
「どうしたんですか急に?」
「……いや、なんでもない」
それから、奥へ引っ込んでいたアンドロイドが戻ってきて、和佳菜に義手を手渡した。これで本日の買い物は終了だ。
『ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております』
先ほどとまったく同じ角度でお辞儀をするアンドロイドに向かって、和佳菜は穏やかに笑いかけた。我が子を見守る母親のような、優しげな笑みで。




