顛末
「青葉、結局あのあとどうなったんだ? あたしは義体直してたから詳しく知らないんだよ」
今回の報酬を受け取り、一段落したところで俺たち三人はアジトに集合した。俺が警察に事情を話している間に、アガットの修理はほとんど終わったらしく、今はもう腕も身体も綺麗な状態に戻っている。新しい義体に慣れるためか、指先で器用に煙草をもてあそんでいる。
「たいしたことはなんにも。やってきた警察に事情を話してから、手に入れたデータのコピーを渡した。そのあと署まで連れて行かれて、形ばかりの感謝を述べられたよ。一応金も少しもらった」
俺は今回の顛末をそう簡単に説明した。警察署で手続きやらを延々とさせられたことに関しては、文句を言っても始まらないので黙っておこう。思い出したくもないしな。
「そいつはまあ、ケーサツもご苦労なこって。――しかし、青葉から送られたデータを見たが……電脳化を不可能にするナノマシンか……この手のナノマシンはいくつか見たことがあるが、新型だな」
「ですね。顧客情報を見るに……人間主義者に売りつける算段だったみたいですね。幸い、まだ商品が売られる前だったのでよかったです」
和佳菜がデータに目を通し、そんな感想を述べた。
「和佳菜、人間主義者ってなんだ?」
「あれ? 知りませんか? ええと、人間主義者というのは、電脳化や義体化を良しとしない人たちのことです。なんでも『人間は生まれながらの肉体で生きるべきだ』とか『人間としての尊厳を取り戻せ』とか、色々主張しているらしいですね。祈崎市にはほとんど居ないですが、他の街には少なからず居るらしいですよ。過激なテロ行為を行うアウトサイダーでもあるみたいです」
「ふーん……まるで教祖に心酔するカルト集団だな。そいつらにナノマシンが渡っていたら、さぞ素敵な使い方をしていただろうな」
無差別にナノマシンを打ち込んでいたか……政治家の子息など、将来を有望視された子供に使っていたか……どちらにしろ大きなニュースになりそうだ。
『いつの時代も、自分の正義を疑わない人間というのは存在するものね』
ソフィアは今回の事件を通して、そんな感想に結びついたらしい。
『人間ってのは、案外ちょっとしたきっかけで、盲目的になるものなんだよ』
自身でどんな主義・主張を持とうが構わないが、それを他人に押しつけるのはただのエゴだ。相手のことを想っての行為なのだとしても、許される行為ではないし、そんなものが免罪符になるはずもない。
なんにしろ、ナノマシンを作って売ろうとしたドレックも、買おうとした人間主義者も、これでしばらくは大人しくしているだろう。
「ま、とにかく無事に事件解決だ。久々にでかい報酬が入ったんだ、お前ら、今日は宴だ! 精一杯騒ぐぞ!」
接合したばかりの右腕を子供のようにグルグルと回すアガット。遠心力で外れたりしないか少し心配になった。
「あの、師匠……大変言いにくいのですが」
小さく手を挙げながら、おずおずと和佳菜が一歩前へ出る。
「あん? どうした?」
水を差すなとでも言いたげな視線をアガットがぶつけるが、それに怯むことなく和佳菜は口を開く。
「……今回、依頼主からもらった報酬と、青葉さんが警察から受け取った謝礼金なんですが……師匠の義体を修理するのにすべて使い果たしました」
今まで見たこともないようなさわやかな笑顔で、和佳菜は爆弾を投下する。液体窒素で瞬間凍結でもされたみたいに、アガットはぴたりと動きを停止させる。
「…………マジでか」
「マジです。結局、今回は骨折り損のくたびれ儲けでしたね。これ、修理業者からの明細です」
俺とアガットに、義体修理の明細が届く。早速ホログラムウィンドウを展開し、そこに書かれた金額を確かめる。
「……うわ、義体の修理ってこんなに金かかるのか。今回稼いだ分、綺麗に吹き飛んでるな」
アガットの右腕には特殊な部品がいくつも使われていたらしく、腕一本で三ヶ月は食べていける程の費用がかけられていた。
「……義体を壊したのなんて数年ぶりだから、修理費用がどのくらいかなんて忘れてた……」
「……まあ、アガット……気を落とすなよ。生きてるだけ儲けもんだろ」
とりあえず安い気休めの言葉を投げかけておく。……が、
「…………だあぁぁ、もう! やってられるかぁ!」
明細を見てぷるぷると震えていた全身義体が、おかしなナノマシンでも取り込んだかのように暴走を始めた。
「うおぉ! アガットが暴れ出したぞ! 取り押さえろ和佳菜!」
「ああもう師匠! まだ義体のチューニングが済んでいないんですから、大人しくしていてくださいよ!」
やるせなさを吹き飛ばすように、便利屋アガットの夜は、騒々しくも楽しげに過ぎていった。
これで二章終了です。




