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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第二章 ナノマシンの境界線
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顛末

「青葉、結局あのあとどうなったんだ? あたしは義体直してたから詳しく知らないんだよ」


 今回の報酬を受け取り、一段落したところで俺たち三人はアジトに集合した。俺が警察に事情を話している間に、アガットの修理はほとんど終わったらしく、今はもう腕も身体も綺麗な状態に戻っている。新しい義体に慣れるためか、指先で器用に煙草をもてあそんでいる。


「たいしたことはなんにも。やってきた警察に事情を話してから、手に入れたデータのコピーを渡した。そのあと署まで連れて行かれて、形ばかりの感謝を述べられたよ。一応金も少しもらった」

 俺は今回の(てん)(まつ)をそう簡単に説明した。警察署で手続きやらを延々とさせられたことに関しては、文句を言っても始まらないので黙っておこう。思い出したくもないしな。


「そいつはまあ、ケーサツもご苦労なこって。――しかし、青葉から送られたデータを見たが……電脳化を不可能にするナノマシンか……この手のナノマシンはいくつか見たことがあるが、新型だな」

「ですね。顧客情報を見るに……人間主義者(ヒューマニスト)に売りつける算段だったみたいですね。幸い、まだ商品が売られる前だったのでよかったです」

和佳菜がデータに目を通し、そんな感想を述べた。

「和佳菜、人間主義者(ヒューマニスト)ってなんだ?」

「あれ? 知りませんか? ええと、人間主義者(ヒューマニスト)というのは、電脳化や義体化を良しとしない人たちのことです。なんでも『人間は生まれながらの肉体で生きるべきだ』とか『人間としての尊厳を取り戻せ』とか、色々主張しているらしいですね。祈崎市にはほとんど居ないですが、他の街には少なからず居るらしいですよ。過激なテロ行為を行うアウトサイダーでもあるみたいです」

「ふーん……まるで教祖に心酔するカルト集団だな。そいつらにナノマシンが渡っていたら、さぞ素敵な使い方をしていただろうな」

 無差別にナノマシンを打ち込んでいたか……政治家の子息など、将来を有望視された子供に使っていたか……どちらにしろ大きなニュースになりそうだ。


『いつの時代も、自分の正義を疑わない人間というのは存在するものね』

 ソフィア(AI)は今回の事件を通して、そんな感想に結びついたらしい。

『人間ってのは、案外ちょっとしたきっかけで、盲目的になるものなんだよ』

 自身でどんな主義・主張を持とうが構わないが、それを他人に押しつけるのはただのエゴだ。相手のことを想っての行為なのだとしても、許される行為ではないし、そんなものが免罪符になるはずもない。

 なんにしろ、ナノマシンを作って売ろうとしたドレックも、買おうとした人間主義者(ヒューマニスト)も、これでしばらくは大人しくしているだろう。


「ま、とにかく無事に事件解決だ。久々にでかい報酬が入ったんだ、お前ら、今日は宴だ! 精一杯騒ぐぞ!」

 接合したばかりの右腕を子供のようにグルグルと回すアガット。遠心力で外れたりしないか少し心配になった。

「あの、師匠……大変言いにくいのですが」

 小さく手を挙げながら、おずおずと和佳菜が一歩前へ出る。

「あん? どうした?」

 水を差すなとでも言いたげな視線をアガットがぶつけるが、それに怯むことなく和佳菜は口を開く。




「……今回、依頼主からもらった報酬と、青葉さんが警察から受け取った謝礼金なんですが……師匠の義体を修理するのにすべて使い果たしました」




 今まで見たこともないようなさわやかな笑顔で、和佳菜は爆弾を投下する。液体窒素で瞬間凍結でもされたみたいに、アガットはぴたりと動きを停止させる。


「…………マジでか」


「マジです。結局、今回は骨折り損のくたびれ儲けでしたね。これ、修理業者からの明細です」

 俺とアガットに、義体修理の明細が届く。早速ホログラムウィンドウを展開し、そこに書かれた金額を確かめる。

「……うわ、義体の修理ってこんなに金かかるのか。今回稼いだ分、綺麗に吹き飛んでるな」

 アガットの右腕には特殊な部品がいくつも使われていたらしく、腕一本で三ヶ月は食べていける程の費用がかけられていた。

「……義体を壊したのなんて数年ぶりだから、修理費用がどのくらいかなんて忘れてた……」


「……まあ、アガット……気を落とすなよ。生きてるだけ儲けもんだろ」

 とりあえず安い気休めの言葉を投げかけておく。……が、


「…………だあぁぁ、もう! やってられるかぁ!」


 明細を見てぷるぷると震えていた全身義体(サイボーグ)が、おかしなナノマシンでも取り込んだかのように暴走を始めた。


「うおぉ! アガットが暴れ出したぞ! 取り押さえろ和佳菜!」

「ああもう師匠! まだ義体のチューニングが済んでいないんですから、大人しくしていてくださいよ!」


 やるせなさを吹き飛ばすように、便利屋アガットの夜は、騒々しくも楽しげに過ぎていった。

これで二章終了です。

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