奥へと続く道
「なんともやかましい女だったな……ソフィア、手に入れたマップを表示しろ」
スタンキャンディを回収し、前を見据える。半透明で平面なホログラムの投影が開始され、入手したマップが電子データとして表示される。視界の右端に地図が表示されるのは、まるでテレビゲームのようだ。
『現在位置はこの赤い点。このまま直進して、突き当たりを右に行けばコントロールルームへ出られるわ。そこに行くのが一番じゃないかしら?』
「わかった。すぐに向かう」
マップに従い、廊下を走る。しかし、どこまで行っても白一色なので、進んでいる気がしない。マップを見ながら進まなければ、自分が前に走っている自信がなくなりそうだ。
「あんまり人が居ないな」
真っ白な廊下は、俺専用のランニングコースと化している。先ほどの女以外に、人の居る気配は感じられなかった。
『ドレックは二十人規模の集団でしょ? 上に十人以上居たし、下にはそれほど人員を割いてないんじゃない?』
「なるほど。上には確か……十五人ほど人が居たよな? てことは地下の研究員は五人かそこら……バランス悪くないか?」
『そうでもないわよ。もし彼らがナノマシンを研究するだけなら明らかに逆だけど、作った違法ナノマシンを売ることも視野に入れているのなら、納得のいくバランスじゃない?』
「……ナノマシンを作り出すことよりも、売って金にすることを目的とした集団か……。それにしても、作ったナノマシンを子供に投与して、すぐに解放した理由がわからん。効果があるかの実験だとしても妙だろ?」
薬にしろナノマシンにしろ、効果を確かめる必要はある。被検体にどう作用したのかを知るためにも、そばに置いておくはずだが……。
『どんなナノマシンを製造していたのかが不明瞭だから、そこはなんとも言えないわね』
それもそうだな。とりあえずはどんなナノマシンを取り扱っているのかを調べよう。話はそれからだ。
「ここを右だな……」
地下に降り立ってから約五分。俺は目的の場所へと到着した。
『コントロールルーム』
そう書かれたネームプレートが、道を閉ざす扉の上部に設置されていた。扉は墨のように黒一色で、埋め込まれたLEDがチカチカと赤い光を放っている。
無事だとは思うが、一応アガットに連絡を取ってみるか。
『アガット、こちらは現在地下のコントロールルーム前。これから突入を試みるが……そっちは大丈夫か?』
『ああ……予想よりちょいと攻勢が厳しくてな……少し手間取っているが問題はない』
『了解。すぐに戻る。死ぬなよ』
『誰に言ってるんだヒヨッコ。さっさと自分の仕事をしてこい』
最低限のことだけを伝え合い、アガットとの通話を切る。
ホルスターから拳銃を抜き、手に馴染み始めた感触を確かめる。祈崎市に来てから、ほぼ毎日アガットと射撃訓練を行っているので、この銃の扱い方には自信がある。
『マスター、この扉ロックされてるわよ』
『さすがに千客万来とはいかないか……電子ロックか?』
扉の向こうに人が居る可能性を考慮して、ソフィアとの会話も通話へと移行させる。
『ええ。指紋認証でロックが解除されるらしいわね』
『……さっき気絶させた女の指を切断して戻って来るのと、ハックして開けるのはどっちが早い?』
『僅差でハック』
『じゃあ頼む。見たところ機械型接続子がないんだが、無線でいけるか?』
『なんとか。時間短縮のために、さっき赤穂和佳菜から送られた防壁破りのウイルスを借りるわ』
この手のウイルスはそこそこ値が張るので、あまりぽんぽん使うとアガットに文句言われるんだが……二つくらいなら大目玉ということもないだろう。
『全力でやるけど三分はかかるわ』
『問題ない。よろしく頼む』
ソフィアが作業に入り、俺の目の前では何らかの数字と文字が踊り出す。見慣れたそのホログラム越しに、俺は周囲の警戒を続ける。
人工の雪原のような廊下で、気を緩めることなく三分をじっと過ごす。もう一度アガットに通話してみようかとも考えたが、不用意に集中を乱すのも悪いだろうし、自重しておいた。
『マスター、そろそろ開くわ。準備して』
『了解』
ソフィアの声に、再度気を引き締める。胸の前で十字でも切りたい気分だが、こんなときだけ神に祈るのは逆に罰が当たりそうだったのでやめておいた。
手中の拳銃を強く握り直す。意識的に呼吸を一定に保ち、スタート直前のランナーみたいに、全身へ血を巡らせる。
奥に居るのは恐らく研究者。荒事にはあまり慣れていないはずだ。しかし、武装した護衛が居ないとは限らない。
『3……2……1、オープン!』
ソフィアのハックが完了し、分厚い扉が上に向かって開け放たれる。




