潜入
『あたしがこのまま内部を引っかき回す。その隙に手がかりを探せ。正直、今回は情報が少ない。相手の武装もはっきりとはわからん。気を引き締めていけ』
『了解』
壁一枚隔てた場所に、敵が大勢居ることを肌で感じる。
アガットの元で働き始めてから、一番危険な仕事になるだろう。透明になれる戦闘特化の全身義体が味方とはいえ、慢心せずに行こう。
『視覚を共有する。あたしが合図したら青葉も来い』
姿の見えないアガットが動き出した気配がする。少し遅れて、視覚共有が始まる。
視覚共有とは、自らの視界に入った光景を第三者にも映し出す技術だ。電脳化した人間なら標準的に備わっている機能の一つで、通話やメールに比べると使用頻度は低いが、割と面白いものだ。
今回は、アガットの視界を俺がリアルタイムで観察する形となる。ちなみに、視界を動画データとして電脳に記録することも可能だ。
俺の網膜にアガットから送られてきた視覚情報が投影される。倉庫を壁伝いに移動し、正面を目指しているようだ。
『お、青葉見えるか?』
倉庫の正面入り口。そこには見張り役とおぼしき二人の成人男性。薄汚れたズボンにTシャツというかなりラフな格好だ。
『ばっちり。あの二人どうするんだ?』
『任せろ。CIA時代に身につけたCQCを見せてやろう』
『いや、お前今透明だから見えないって……。というか、CIAに身を置いていたことあるのか?』
『いんや。ほんのお茶目な冗談だ』
『……殴るぞ?』
CIAにはラングレーなんて異名もあるから、一瞬本気にしたぞ畜生。
『さ、おふざけは終わりだ』
アガットの視界が急に勢いよく動き、見張り役に接近する。
そこからの流れはあっという間だった。俯瞰で見ていたわけではないので詳しい状況はわからないが、姿の見えない全身義体が相手では抵抗する間もなかっただろう。気がつくと、見張りの男二人は気絶して大地に寝転がっていた。
『お前だけは敵に回したくないな』
『それじゃあ、もっと礼儀に気をつけるべきだな。――さ、入るぞ』
扉をゆっくりと開き、アガットが中へと入る。いつでも突入できるように、俺も入り口近くまで移動する。先ほどの見張りを自分の目でも確認するが、起き上がってくる気配は微塵もない。死んでいないことを祈ろう。
『んじゃ、一暴れするか。――青葉、誰かが入り口から逃げようとしたら、取り押さえておけ』
『わかってる』
アガットが肉食獣のように倉庫内部を見回す。内部はかなり作り替えられており、居住スペースが形成されていた。ベッドや簡易トイレなどが設置され、ここだけ見ると、まるで小さな集落か難民キャンプのようだ。
ドレックのメンバーは見たところ、各々自由に過ごしている。寝ている者も、四人で麻雀をしている者も、機械をいじくり回している者も居る。年齢は二十代か三十代が多い。僅かだが、女性の姿もある。
『気をつけろよアガット』
『誰に言ってるんだ――よっ!』
ホログラム越しの視界が大きく揺れる。いよいよ攻勢だ。
まず狙いを定めたのは三人で談笑していた若い男たちだった。そのうちの一人をアガットが勢いよく殴り飛ばす。何が起きたかわからずにぽかんとしている残りの二人も、すぐに凶暴義体女の餌食となる。
「派手にやってるなー」
倉庫の中から、破竹の勢いで怒声と銃声が聞こえ始めた。閑静な港が一気に戦場へと早変わりだ。
『マスター、死なないでよ』
どれだけ騒がしくなろうとも絶対に聞こえる声で、ソフィアが優しくささやいた。
「お、珍しく心配してくれるのかソフィア」
『一応はね。もしマスターが死んだら、広大なネットの海を漂って遊ぶことにするわ』
「夢のある旅だが、それはもう少し我慢してもらうからな」
『だといいわね。私もできるだけサポートするから、気張って行きなさいマスター』
ソフィアの応援に頷きを返し、俺は自分の武装を改めて確認する。自動拳銃一丁、コンバットナイフ一本。武器はそれだけだ。今回に限っては心許ないが、慣れない武器を使うのも不安が付きまとう。とりあえず、やれるだけやってみよう。
『おい青葉、あれが見えるか?』
アガットからの声に、展開しているホログラムウィンドウを注視する。中の様子は数分前に比べてかなり激化している様子だ。床も壁も弾痕が目立ち始め、生活感が薄れている。壊れた家具や機械が、バリケードのように壁を作っていた。ドレックのメンバーが即席の楯として配置したのだろう。
『居住スペースの奥に、地下へと続く穴が見える。あそこから何人かの人間が地上へ上がってきた。なんか怪しいと思わないか?』
『地下か……確かに気になるな。俺が行くのか?』
『ああ。地上は殲滅しておくから、地下の調査を頼む。そんなに人は居ないはずだが、危険だと感じたらすぐに上がってこい。わかったな?』
『了解。頑張りますとも』
ようやく出番だ。俺も久しぶりに気合いを入れる。
「…………」
僅かに開いていた入り口から、顔を覗かせ周囲を探る。アガットが連中を翻弄してくれているおかげか、こちらに注目している人間は居なかった。
入り口から身を滑らせ、中に入る。すぐに遮蔽物に身体を隠し、呼吸を整える。
断続的に続く銃声が耳に届く。流れ弾がこちらに飛んでこないことを祈ろう。
「……ふー」
小さく一定に息を吐き出しながら、アガットの視界を覗く。鉄骨の上から倉庫全体を見下ろしているようだ。ニンジャかあいつは。
『入ったな青葉。こちらからも確認した。これからあたしが連中の視線を上に集める。その隙に地下へ下りろ。場所はわかるな?』
『ここから左手に三十メートルのとこだろ?』
『よろしい。タイミングを合わせろ。1……2の……3!』
俺が走り出すと同時に、倉庫の上部で銃声が鳴り響き、地上の人間はそちらに視線を移す。
足音を極力殺しながら、俺は素早く移動する。
『――到着した! これから地下に入る!』
マンホールのようなフタを持ち上げ、自分の身を滑り込ませる。一応金属製の梯子があるが、それほど高くはなさそうなので重力に任せて落下する。
「っ!」
勢いを前に逃がすために、着地と同時に前転。同時にホルスターから銃を抜き出し、前方に銃口を向ける。
『……入ったな青葉? 気が散るだろうし、一度視覚共有を切る。気をつけろよ』
『そっちこそ』
展開していたホログラムウィンドウが消失する。少し心配だが、上はアガットがうまいこと処理するだろう。
『マスター、近くに人の気配はなし。――それより、地下はこんなことになっているなんてね……』
「……ああ、まったく」
自分の体に異常がないことと、装備がそろっていることを簡単に確かめてから、俺は改めて地下の様子を確認する。
「雪国かここは」
倉庫内の居住スペースとは打って変わり、研究所を思わせるような真っ白な廊下が直線上に続いていた。床も壁も天井も白一色。無菌室のようで、生活感など皆無だ。
地下だということを忘れそうなほど、ここは明るくて目が痛い。壁に設置された照明が反射しているためだろう。
「こりゃあ、ただのギャング集団じゃないことは確定っぽいな」
銃をホルスターにしまい、気配を探りながら真っ白な廊下を慎重に進む。
『みたいね。それに、マスターたちの読みは正解だったみたいよ。この壁、アナザーフラット素材が使われている』
「? なんだそのアナザーフラット素材って?」
『事前に設定した電子信号を受け取ると、一気に自爆する代物よ。この量だと、半径五キロメートルは灰燼に帰すことになりそうね』
……早い話が、強力な爆発物だということだろう。
「あー……てことは、俺は今ダイナマイトのど真ん中を歩いているようなものなのか?」
『そうなるわね。誤爆しないように祈りましょう』
おいおい……よく上の連中は気楽に生活できるな。俺だったらすぐにでも脱退を考えるレベルだ。
「猛烈に帰りたくなってきたよ畜生。なんでそんな物騒なコーティングされてるんだよここ?」
『この手の研究所ならそれほど珍しくはないわよ? グレイ・グー対策ってやつね』
グレイ・グー。どこかで聞いたことのある単語だ。
俺は少し気になり、ネットで今の言葉を検索した。手のひらサイズのホログラムウィンドウが瞬時に投影される。つくづく思うが、こういうとき電脳化していると便利だな。
「ええと……グレイ・グー――暴走したナノマシンが自己増殖を繰り返し、地球全体がナノマシンに覆われること――って、こんなことありえるのか?」
『まずないわね。可能性としてゼロじゃないってだけ。……でもまあ、グレイ・グー対策をしているってことは――』
「――ナノマシンを研究していることは間違いないってことか」
まさか一発目からビンゴとは。なんとも運がいい。
「手早く済ませよう。大丈夫だとは思うが、アガットが心配だ」
感覚をより研ぎ澄ませ、雪のような地下道を進む。一本道ではなく、蟻の巣のようにいくつか横道が存在するが、地図がないのでどこに進めばいいのかはわからない。とりあえずは直進しているが、早々に目標を見つけなければ。
ナノマシンを研究ないし製造しているのなら、それに関するデータはどこかに必ずあるはずだ。それを引っこ抜いて、さっさと逃げ出そう。
「ん?」
右方向から微かに足音。俺は足を止め、壁に張り付く。ドレックのメンバーだろうか?
『音を聞く限り一人だけのようね。使えるかもしれないわよ、マスター』
『だな。――和佳菜、聞こえるか?』
地上で待っている和佳菜に通話をかける。少し遅れて、ノイズの入った声がこちらに届いた。音質が悪いのは、電波が届きにくいからだろう。
『はい。どうかしましたか青葉さん?』
『悪いが、俺の電脳に防壁破りのウイルスを送ってくれ。わかっているだろうが、パッケージ化したままだぞ? 間違っても作動させるなよ?』
『わかっていますよ。それより、何かあったんですか?』
和佳菜からウイルスプログラムが送られてくる。容量が大きいことと、無線のため少し時間がかかっているようだ。
『拠点の地下に居るんだが、マップがなくて動きにくい。幸い、こちらに向かって来るやつが一人居てな、そいつの電脳にハックする』
『了解です。念のため三つほど送ります。ハックのお手伝いは?』
『人間一人の電脳だ。ウイルスで防壁に穴を開けたら、俺だけでなんとかする。こっちには有能なAIが付いているし問題ない』
ハックの対象が大型のスーパーコンピュータだったりする場合は、和佳菜から処理能力の力添えを受ける必要も出てくるだろうが、今回は不要だろう。
基本的に、防壁破りのウイルスがあれば二十秒、なかった場合は一分から二分で相手の電脳は丸裸にできる。これがソフィアではなく、ツールを使った自力でのハックならば十分以上は優にかかるだろう。
要するに、それだけソフィアのハック能力が高いということだ。ハックを専門に設計されたAIにも引けは取らないかもしれない。
『わかりました。ではお気をつけて』
和佳菜との通話が切れると同時に、ウイルスのダウンロードも終了する。
『足音からして、全身義体ではないわ。でも、腕だけを義体化している可能性もあるから、注意は必要よマスター』
『あいよ』
ありがたいアドバイスを受け取り、俺は足に力を入れる。姿勢を低くし、獲物を狙う猛獣のように待ち構える。
徐々に大きくなる足音。次第に息づかいまで聞こえてきた。
「はぁ……はぁ……まったく、なんなのよ」
交差点に敵が姿を現す。白衣を着た、若い女性だった。レンズの大きな眼鏡とそばかすが印象的な、そこそこの美人だ。
その格好と地下にいた点から、彼女は戦闘員ではなく研究者だろう。いかにも、昔から勉強一筋でしたというオーラがにじみ出ている。だというのに、なんでこんな違法組織に身を置いているのやら。
「よう、お疲れ様」
「へ? あなただ――」
急に声をかけられ、地面に縫い付けられたように足を止める女性研究員。戦闘慣れしていないのが丸わかりだ。
「悪いな」
俺は彼女に接近し、腰を抜けて背後に回る。後頭部をつかみ、そのまま壁へと叩きつける。一応は女性なので、顔に傷が付かない程度に加減はしておいた。
「ちょっと! なにするのよ! 離しなさい!」
「大人しくしておけ。舌噛むぞ」
必死にもがくが、俺が体を密着させているので、抜け出すことはできないだろう。
左手をポケットに入れ、Dケーブルを取り出す。
「お邪魔する」
有線で俺と研究員を繋ぐ。さっさと和佳菜から受け取ったウイルスを打ち込むとしよう。
「え? あ、あんた……人の防壁を!」
女の声には耳を傾けず、さっさと作業に入る。とは言っても、俺がすることはこいつが暴れないように押さえつけておくくらいだ。
「ソフィア、こいつの電脳にある情報をコピーしろ」
『了解。この研究施設の地図と、研究成果なんかがあれば吸い出すわ』
待つこと数十秒。ある程度相手の電脳を荒らし回ったらしく、ソフィアが俺にデータを渡す。
『この地下研究所の地図ならあったわ。でも、肝心の研究内容はさっぱり。私が思うに、彼女は下っ端じゃないかしら』
「……お茶くみ係か」
「うるさいわね! 誰が雑用よ!」
どうやら正解だったらしい。上に向かっていたのも、侵入者が入り込んだことを聞いた研究者が、様子を見てくるように指示したからだろう。
「んじゃ、用は済んだし、少し休んでもいいぞ」
俺はDケーブルを外し、代わりにスタンキャンディ――電脳に過負荷をかけ気絶させるもの。アガットからもらった――を女の人間型接続子に差し込む。
スタンキャンディの形状は、名前の通り棒付きキャンディようになっている。手に持つ棒の部分を人間型接続子に装着し、飴の部分を強く押し込むだけで作動する。
「ちょ、ちょっと! 感覚でわかるわよ! それスタキャンでしょ!? マジでやめなさい。私を気絶させてから何する気よ!?」
「別になんもしねぇよ。じゃあな」
面倒だったので、さっさとスタンキャンディを作動させる。体を一度痙攣させ、女は眠るように気絶した。




