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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第二章 ナノマシンの境界線
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光学迷彩

 海沿いの道路を、アガットの所有する赤いオートマチック車が走る。乗っているのは当然、俺とアガットと和佳菜の三人だ。


 オートマチック車とは、GPS、車外カメラ、信号からの情報などを同時に処理し、目的地を入力すればハンドルを握る必要がないという優れものだ。二十年ほど前から一般にも普及し始めたが、そこそこ高価な物なので所有者はまだ少ない。 

 一応アガットは車の免許も持っているらしいが、運転するのが面倒だからと、このオートマチック車を使っている。ちなみに、今乗っている『BS 209』は、ハンドルも装備されているため、いざとなれば人力での運転も可能だ。


「目的地まではあとどのくらいだ?」

『およそ十五分ほどです』

 車に搭載されたAIが、運転席(運転はしていないが)に座っているアガットの問いに答える。AIは初老の男性の声だ。なかなかに珍しい。


「何度か乗せてもらったが、いい車だよな。どうしたんだこれ?」

 助手席に座っている俺は、移り変わる景色を視界に写しては消しながら、なんとなくそう尋ねる。

「確か……そうそう、昔大金持ちの息子が誘拐された事件があってな、あたしのところに依頼がきたわけじゃないんだが、助け出せば何か報酬がもらえるかと思って動き出したわけよ。で、あっさり解決しちまったわけだ」

 ハイエナみたいなやつだな。

「それで、当時一番高かったオートマチック車として、この『BS 209』をもらったんですよね。もうあれから四年くらいは経ちますか……」

 後部座席からひょっこり顔を出して、和佳菜がそう補足する。まるで定年を迎えた老人のように、しみじみと昔を振り返っていた。似合わないことこの上ない。


「四年もか……お前らって、結構長い付き合いなのか?」

「もう六年近くになるな。機会があれば、お前にも詳しく話してやるよ。この依頼が片づいて、あたしも青葉も生きていれば、な」

「そりゃあ、意地でも生き残るしかないな」

 軽口を交換しながら、俺とアガットは不敵に笑い出した。


 陸と海を引き裂くかのように、真っ赤なオートマチック車が海岸線を勢いよく走る。遙か彼方からこの光景を見たのなら、俺たちは流れ出る血のように写っただろう。




『目的地に到着しました』

 AIの声を受け、俺たちはそろって視線を前に。もう使われていない大きな港が、俺たちを迎え入れる。人も船もなく、役目を終えた老兵のように、ひっそりと海に寄り添っていた。

 環境破壊の影響か、海はくすんだ灰色をしている。ここで海水浴でもしようものなら、寿命が二十年は縮みそうだ。


「車はここまでだな。これ以上進むと音で気づかれそうだ。和佳菜、お前は車内に残ってあたしと青葉のバックアップだ」

「わかりました。積んである機械(マシン)はどれ使ってもいいですよね?」

「何でも好きに使え。――青葉はあたしと共にやつらのアジトを探す。で、見つけたら侵入して、情報を盗み出す。いいな?」

単純(シンプル)簡単(イージー)だな」


 三人で頷き合って、俺とアガットは車を静かに降りる。

 カモメの鳴き声一つしない港。ここはずいぶん前に死んでしまったままなのだろう。人間が海を汚し、魚が居なくなり、餌となる魚が居ないため鳥も姿を消し、漁ができないため漁師が場所を移し――人も動物も居なくなった。誰も居なくなったからこそ、この海はますます『海』から『ゴミ溜め』へと移行していったのだろう。


「……で、どうするんだ?」

 周囲には倉庫に使われていたと思われる建物がいくつか点在する。その中のどれかだろう。

「聴覚を強化してみる。少し静かにしていろ」

 俺は無言で頷き、成り行きを見守る。アガットの使用している義体は、戦闘に特化した高機能な物だ。五感や身体能力の強化はできて当たり前。見たことはないが、全身の各所に隠し武器が潜んでいるとの話だ。


「……物音がするな。こっちだ」

 俺には聞き取れないほど小さな音をアガットは聞き取ったらしく、俺たちはゴーストタウンのような港を歩き出す。物音を立てないように留意しながら、潮風を全身に浴びる。


『だいぶ近くなってきた。これからは通話に切り替えて連絡を取る』

『はいよ』


 声を出すと気づかれる恐れがあるため、電子通信によるコミュニケーションへシフトさせる。周囲を探りながら、気配を殺して蛇のように進む。


『……おそらくこの中だろう』

 アガットが指し示したのは巨大な倉庫だった。三角屋根に、数えるほどしかない窓。シンプルな作りだ。ここまで来れば、俺も中から発生している小さな物音が感知できる。

 俺たちが居るのは倉庫の裏側。裏口は見あたらず、中に入るには正面から行かなければならないらしい。


『どうするんだよ? 正面から突撃でもするか?』

 情報によれば、相手は二十人規模の組織だ。こちらの十倍の人数が居ることになる。真っ正面からやり合って、無傷でいられる保証はない。

『まずはあたしが先行する。そのあとから付いてこい。精一杯攪乱(かくらん)するから、その間に手がかりを探せ。いいな?』

『それは構わないが、だいぶ派手で目立ちそうな作戦だな。勝算はあるのか?』

『心配すんなって。今回はこれを使う』


 にやりと笑ったアガットの姿が、周囲の空気と同化するように無色透明へと変化していく。僅か数秒で、彼女は俺の目の前から姿を消した。

『この女……こんなものまで搭載しているなんて』

 目の前で(こつ)(ぜん)と起きた消失マジックを見て、ソフィアは驚きと呆れが入り交じったような声を上げる。正直、これには俺も驚いた。

『実際に見るのはこれが初だが……光学迷彩だよな?』


 ◆ ◆ ◆


 光学迷彩――ホログラムで背景を投影し、自らを透明に見せかけるカモフラージュ技術。あくまでも透明のように見せかけるだけなので、ペイントマーカーなどで実体を特定することは可能。また、湿気や(ちり)の多い場所では視認度が上がるため、見つかりやすくなる。

 使用するには、光学迷彩用の全身スーツを着用するか、全身義体(サイボーグ)になって人工皮膚に特殊加工をするかの二択になる。


 ◆ ◆ ◆

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