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慕たん
この作品は、日々、並々に生きる人々の、日々、並々ならぬ出来事や思い出を綴った超短編小説集です。
ある雪の日の夜だった。「ごめんください」と、声がする。我が宿への来客に、急いで着物を整え表に出ると、玄関には一人の青年が立っていた。
「お泊まりですか」
私が尋ねると、青年は首をふり、骨董を売り歩いていると答えた。こんな寒い日に薄着にわらじでなんともいたわしい姿。青年を居間にあげ事情を聞くと、両親が死に、弟妹を育てる金に困っていると言う。広げてもらった骨董は、それは素晴らしい品ばかり。少し前に妻を亡くし、幼い娘の世話に苦労していた私は、なんとか力になりたいと一番に心惹かれた品を手に取った。美しい牡丹の掛け軸。私は言い値の倍の金を払うことにした。
次の日の朝、帰り際に青年が「あの掛け軸には不思議な力がある」と、妙なことを言った。「まさか」と、笑いながら床の間に戻ると、一人の美しい女が幼い娘をあやしている。驚く私に女が静かに微笑んだ。掛け軸からは、牡丹の花が消えていた。




