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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
79/106

29 ワンサイドキラー2

 デセルテ村へとやって来て七日目の朝を迎える。

「ぅ」

 寝ぼけ眼にぼんやりと開いた視界に飛び込んで来たのは物の散乱した部屋と染みのある暗い壁。やけに重く感じる頭を手で抑え、とりあえず起き出そうと身体を動かした所で自分がベッドではなく床の上で横になっていた事に気付く。不安定で無理な姿勢が原因なのか身体中は痛く……特にジンジンとする腕が痛い。眠り自体も浅かったのか頭の回転は普段よりずっと遅く完全に意識が覚醒するまで大分時間が掛かった。


「……」

 現実と夢との境目が明確になり、周囲をよく見渡す余裕が出て来ると部屋の中の妙な暗さが目に付いた……まだ夜なのかと錯覚しそうな程の暗さに身体を引きずって歩き扉から外へと出てみればこちらも暗い。特別に不思議な事があった訳でもない理由を探せば実に単純なもので家の隙間から見える外の景色、昨日までは灰色の雲に覆われていたはずの空は今日は打って変わって黒雲に包まれ、いつ何時雨を降らすかも知れないその空模様は朝だというのに気分を重くさせる。


「シルド?」

 明かりの灯っていない廊下の奥に若干の期待を込めて問い掛けをしてみるが、返ってくる声はやはりない。

「……」


 廊下を歩いて居間へと進み、空家の中で実質一番広いといっても過言ではない空間もぽっかりと穴が空いてしまったかのように静寂と暗さに包まれている。薄ら寒さすら感じるこの場に自分以外の人の影は誰もない。

 食料用に用意された乾燥パンの詰まった袋も、干し肉を保管していた入れ物も全く変わらない昨日のままの姿で放置されていて、触れられた形跡も見られない。


 ……本当に、あれから出てきてないのか。

 勝手に膨れ上がる疲労感、どうしたらいいのかが自分でもよく分からない状況で。唯一の救いは寝不足で回らない頭が余計な事を考えるのを拒否してくれている事だけ。


「……」

 呆っと天井を見上げていた自分の耳に居間まで響いてくる戸を叩く乾いた音が聞こえてきた。




……………………。




「大丈夫かい?」

「……まぁ」

 心配そうに語り掛けて来てくれるアールに薄い形だけの笑みを浮かび上げて答えてみせる。空家から場所を移して今は村長の家の中、直々に朝から呼び出しに来たアールに連れられこの場まで来たが……何故呼ばれたのか、その用件には薄々見当が付いていた。

「……」

 やはりというか当然というかその場凌ぎの空家に比べて村長の家となると目に入る調度品も多い、広く間取りを取られた玄関を抜ければいくつもの部屋の扉が目に入り、それらの一番奥最も大きく仕切られた扉の前まで案内される。

 先を行くアールが無言で戸を開き手招きによって誘導されたのは大の大人が十数人、肩を並べても余りあるスペースのある大広間。机やテーブルといった場所を取る品物の数は少ないが背の低い腰掛けは部屋中にいくつでも無造作にバラまかれて置かれており……この部屋は村の人間が集まって行う会合か何かの場なのか、広過ぎるようにも思える空間の中、立っているのは自分とアールの二人だけだった。


「少し待っていてください」

 言葉少なく軽い会釈で退室するアールがいなくなるといよいよこの広間の中で一人きり。

 ……てっきり村人全員が集まり罵詈雑言でも浴びせられると思っていた為、若干の肩透かしをくらったような思いはあった……その場で立ち尽くしているのもなんなので適当に近くの席に座り込み、これから何を言われかを想像し自分の中だけでも状況を整理しておく。


「……」

 昨日、自分達はクエストに失敗してしまった。もっと正確に言うならば自分一人のせいで失敗してしまったと言ってもいいだろう。

「ッ」

 ジクリと顔を出す自責の念に、胸の内を瞬時に染め上げていくそれを一旦しまい。昨日『あの時』からの事を順繰りに思い返していく。

 自分が―――――た後。逃げた手長に追討ちを掛けるような事はせずおめおめと帰って来た自分達を迎えたのは辛辣な態度の村人達だった。


『なんで逃がすなんて!』

 ある人間はどうして、なんでを繰り返しひたすら騒いだ。それだけ信頼の裏返しだったのか、意気揚々と送り出した声援の反動か。どちらにしてもいいものじゃないが聞くしかない。

『何やってる、ふざけるな』

 ある人間は猛然と怒りを顕にした。怠慢だ、手を抜いたんだろと悪し様に言い、怪我をしているシルドに突っ掛かって行く……止める間も無かった。

『……』

 ある人は何も言わず、ただ目を開き自分達に訝しむ視線を送った。口以上によく物を言うその視線に目を合わせる事は辛かった。


「……」

 だが、そこまではいい。それだけならまだ『挽回』出来る部分だったはずだ。

 クエストは失敗、カヘルに帰るとシルドは言っていたがどちらにしろ自分達には迎えの馬車が来ない限り帰る手段がない。全て自分のせいでしでかした責任と分かっていてもまだ取り返す事の出来る芽はあると考えた。

 シルドの傷を治し、準備を整え、今度は自分が勝手な事をしないように……そうすればきっと、何とかなったはずなんだ。


「……」

 だけど、そうはならなかった。細く淡かったそんな期待もシルド『が』村人達を叩き伏せた事によって全て崩れ去る。


『失せろ』


 短い、本当にただそれだけの警告の一言だった。

 コイツのせいで失敗したとか、傷を受けているから後にしてくれとかそういう取り繕える理由はたくさんあったはずだ。しかしシルドはその全てをせず片手で握り締めたハルバードを振り回し、その場に居て突っ掛った人間を全て後悔させた……本当に傷を受けたのかと疑う程鋭い『攻撃』刃の部分で無かった事が幸いし最悪の受傷者までは出なかったが。それでもあの黒い風を思わせる苛烈な攻撃を受けて動じずに居られる人間なんてこの村に居ないだろう。


 集まって来た村人はそのほとんどが力で追い返され一人道を行くシルドは空家に戻る。その後は完全に部屋へと閉じ篭ってしまい、傷の手当てを、自分が悪かったといくら声を掛けても部屋から出て来てくれる事はなかった。

 村へと戻って来たその時を除けば、自分はあれから一度もシルドと顔を合わせられていない……。



「待たせた」

 背後から掛かって来た声に思考を止めると、広間の入口に村の村長であるグリッジの大柄な身体と一歩引いた所に立つアールの姿が目に入る。ここで現れたのはこの二人だけ。

 後ろ手にアールが扉を閉めると、それだけで外の音は完全に遮断されゆっくりと足を踏み出し前に進み出るグリッジが自分の向かい側へと腰を下ろした。

 普段から厳しそうなグリッジの顔色は今日は一段と渋い、それはそうだろう。これから交わされる会話を思うと聞いていなくても気分が悪くなってくる。


 責められるか、罵倒されるか、恨み言を言われるのか。

「……っ」

 唇を噛み締め、自分の最良を必死に考える。

 何度でも謝る、謝った挽回出来るものなのか怪しいが全て自分の責任だからと正直に言って……。


「ッ」


 仲間を――った。

 そう率直に言うと心に決めた。決意で意識が固まると途端に舌が渇き出し、頭は鈍く、息も苦しくなってくるが認めないといけない。


 自分が、シルドを――


『邪魔だ』


 あのシルドを――


『鬱陶しい』


「……」

 他でもない自分が


「っ」

 唾を飲み込み、無理矢理口の滑りをよくすると意を決して口を開く。


「スミマセン、全部オレがっ」

「申し訳なかった!」

「シルドを……え?」


 絞り出す自分の声に完全に重なるようにしてグリッジの重い言葉が室内に流れる。

「ぇ」

 聞こえて来た言葉は自分の耳がおかしくなってさえいなければ『謝罪』の言葉、耳からの情報の正確さを後押しするようにグリッジはその場で勢いよく立ち上がるとしっかりと腰を曲げこちらへ向かって頭を下げた。

「申し訳ありません」

 再度告げられる謝罪に何がなんだか分からなくなる。そこで本来グリッジの言うべき言葉は「何をしているんだこの野郎」とか「冒険者とか言ってなんだそのザマ」とか口悪い罵りが妥当だろう……少なくとも自分には謝られる理由が全く思い当たらず呆然と見返しているとグリッジの口端が上へと曲がり作り上げた笑みが浮かんで行く。


「いやマンマと騙されてしまいました、誤解をしていて申し訳ありません……才能ある人間は自らの能力を隠すと言いますが正しくコワードさんがそのような人で、見た目で判断していた私が浅はかでしたよ」

「は?」


 コワード、と実際の本名でなくてもグリッジに名前で呼ばれる事はこの村へ来て初めての事だった……いつも頼りになる冒険者のシルドの付き添い、オマケ程度に見られていた存在。そう、思っていたのに何があったのか。

 何を思ってか自らを恥じて続けるグリッジは立ち上がったままの姿勢で僅かに溜息を溢す。


「昨日……村の者に聞きました」

「っ」


 『村の者』。そのキーワードから結び付けられるのはシルドの事だろう。何を思ってそんな事をしたのか分からなかったが、それでもそれがシルドの本意じゃなかった事くらいは分かる、昨日の事は全部……


「あの見せ掛けのみの口だけ冒険者は自分が手長討伐に失敗したからといって村人に八つ当たりをしたそうですね……本来人を守るべき立場にある冒険者のはずが何と情けない」

「……は」

 ――何を言って。

「前から本当は怪しいと思っていたのです。態度の悪さはその人物の性格まで映し出すと思いますけどあんな人間っ……一緒に居て有能なコワードさんでもさぞかし腹が立った事でしょう」

「は」

 ――有能? 誰が。

「何と言ってもボロボロで逃げ帰って来たソイツとは違いコワードさんは無傷だったじゃないですか、それだけでも実力の差は明らかです」

「なっ」


 ここに来て合点がいった。勘違いされている。

 シルドの傷は手長に付けられたものじゃない、それどころかシルドはあのモンスターを圧倒していてそれを自分が……


「ちが」


 ……自分……が



「……っ」

 言わなきゃいけない、そう思っていても上手い言い方が出て来ない。

 勢い込んでいたグリッジは何か納得がいったようで立ち上がっていた姿勢から腰掛けに座り直し、胸の前で両腕を交差させて組み合わせると何度も頷きを繰り返す。


「思えば、狼の群れを退治してくれたのもコワードさんでしたね……てっきりあれはうちのレックスの口からでまかせなのかと思っていましたが、いやいやどうしてアイツは見る目だけはあるようです。見掛けで判断してしまっていた私の方がおかしかった」

「それは」


 それも、違う。それは本当にレックスの口からでまかせだった。狼に襲われあの場で見ていたはずなのにレックスが言いふらした事によって勝手に自分の手柄にされて、それでもシルドは何も言わず……本当はあの時だって。


「人は見掛けで判断してはいけない、今回は大いに勉強させられました。あの片割れの事も今は不問に致しましょう……だから、お願いです」

「え」

「手長を、討って頂きたい!」


 突如身を乗り出して来たグリッジによって自分の手が両手で握り締められる。元々の体格差のせいもあり引き寄せられる手に従い身体は浮き、腰掛けから半立ちになった状態で真剣そのもののグリッジの瞳に前から覗き込まれる。


「村の発展、人を取り戻す為にはどうしても手長は居てはいけないんです! 森は拓かないといけない、住む場所をよくしないといけない。そうしないと誰も居なくなる……貴方方にとってはこんな辺鄙な村の、些細な問題かも知れません。しかし私達にとっては生きるか死ぬかの問題なんです」

「何、をっ」

「お願いします!」

「いや、待て、ちが」


 否定する自分に不意にグリッジの握り締める力は弱くなり、代わりにその顔には実親であるアールを思わせる柔和な笑みが浮かび上がる。


「それに、レックスは貴方を信じています」

「え」

「貴方ならば村を救って頂けると、今は私も同じ思いです」

「……」


 息を呑んだ。覗き込まれる強い視線と言葉……いや、違う。目の前のグリッジは誤解をしている、自分を本当には見ていない……上擦る声で縋るように言うその言葉を聞いても先に言わないといけない事があったはずだ。自分はそんな大層な人間じゃないと、シルドと違って自分に力はないと。何より昨日の全てが。



 シルド、を――――――自分、が


 

 その時唐突に、頭に浮かび上がったものがあった。本当は昨日の夜から、もっと言うなら空家へと戻ってすぐに感じた事だった。いくら身体を疲れさせても、何も考えないようにしても、壁に、染みまで残す程腕を叩き付けても消えなかった事。


『クエスト中に仲間を殺害し』


 それは、無機質な文字だった、浮かび上がる単語の羅列に身体には震えが走り、光に照らし出された白い紙、黒く記された文字達が勝手に蠢き音を立てる。

 『チーム』『モンスター』『クエスト』『仲間』『殺害』『容認』『責任』『殺害』『ギルド』


 『追放』


 仲間、――――。


「ッ」

「どうかよろしくお願いしま――」

「やめろっ!」


 手を触れ、話しを続けるグリッジの腕を乱暴に振り払う……それ以上、聞いてられなかった。

 突然の事に面食らい目を見開いたグリッジから顔を反らす。

 最悪だ。

 重く圧し掛かる後悔が胸に詰まって重くなる。余りにも軽く感じた引き金の重さと手に残る感触、光景……夜を徹して荒らした部屋。何も言わないシルド、言わないからこそ何も休まらない。

「ぐ」

 クエストは失敗した、カヘルに帰る、それでどうなるんだ。カヘルに帰れば当然ディガーの耳に入る。前に白いコートの男に言われた言葉があった、冒険者の武器は容易に人の命を刈り取れる程の力があると。

 それを自分が

 自分がシルドを――――していたかも知れない。


「大、丈夫だ」

 絞る喉が勝手に言葉を続ける。まるで瀕死の蛙を思わせるでたらめでひどい声。それでもまだ、希望を忘れていない。

「オレ、が」

 まだ……まだ大丈夫なはずだった。挽回は出来ないなどとそんな事はない、これから手長を倒せばいい。自分が倒せば何もかも取り戻せる。簡単な話しだ、そうじゃないのか? 誤射を挽回し、シルドに謝ろう、代わりに倒したと、ミスを挽回し、そうだ変わる事に何も遅い事は何も無い、全てこれから。


 これから


「オレが、手――」

「そのくらいで」


 吐き出す自分の声をまるで分かっていたように後ろから遮られる。厳しく鋭くしわがれたその言葉。聞き覚えはあってもまるで聞いた事のない声音に振り返るとこちらを見ているアールの姿が目に入る。

 いつもの、柔和な微笑はない。ただ厳しく引き締められた表情は強い意思を透かし見せ、言葉の槍が向かうのは自分と、そして向かいに居るグリッジだった。


「これで終わりにしよう、グリッジ。もう満足はしたな」

「……い」

「返事は必要ない、終わりにする」


 言葉と共にしっかりとした足取りで床を踏み進むアールは鋭い目でグリッジを見て、次いで今度はいつものような柔らかな笑みを浮かべると自分に向き直る。近くに立ちポンと肩を上から叩く皺の寄った手、固まった筋肉を上から撫でるように何度も何度も手を行き来させると静かに口を開く。


「昨日の今日だ、コワードくんもまだ疲れているんだろう。今日のところはあの家に帰って休みなさい」

「え、い、いやっ」

「休むんだ、いいね?」

「……」

「こちらの都合で勝手な事を言って済まなかった、気にしないで欲しい」

「……いや」

「鏡を見た方がいい、ひどい顔だよ」

「……」

「子供にそんな顔をさせるのは辛いな」

「ば」


 ……ふざけるな、とは続けられなかった。

 答え切れない自分を見て肩を撫でていた手を背の後ろへと回すとそのまま送るように押し出される。少し強めの力にツンのめって前へ出ると振り返り、返り見た視線と向かい合うとアールは静かに頷いた。

「シルドくんを頼むよ」

 一言、それだけ。「まだ話しが」と続けるグリッジが抑えられ、その隙に自分は部屋を後にする。

「……」

 冗談なのか本気なのか最後にチラリと振り返った瞬間に片目を瞑ってウインクをされた。



「……」

 今日は、本当に最悪の日だった。

 見上げる空はこんなにも暗く、目に浮かんで来る強く焼き付けられた光景は時間が経過しているはずなのに昨日よりもずっと鮮明だ。

 アールの言う通りなのかも知れなかった、自分は疲れている。

 上手く眠れなかったせいもある、身体の痛さもある。昨日のどうしようもなかった夜を思い、今なら少しは平気かも知れないとあの硬いだけの木枠のベッドが恋しくなる。進ませる足を速く、下手な考えを押し込んで。


「……」

 最悪で最低で。そう心から思いながらもまだ、気付いていなかった。


 空家へと戻る帰り道、古く頑丈さだけが取り柄の家の扉が目に見えて来ると小柄な影が家の脇から飛び出してくる。



「コワード? へいき?」


 自分にとって本当の意味で最悪の一日はこれからが本番だった。



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