28 fire
「ここ、か」
長い全力疾走を終え鼓動を早くする胸を上から抑えると辺りを見る。立ち並ぶ木々が余す事無く並んでいた今までの道と異なりそこは大きく開き見通しの利く広場となっていた。
上下する肩越しに見える積み上げた倒木達、転々と設けられた焚き火跡からは火の粉を吐き出す赤い残り火が微かに揺れている……つい先程まで作業の途中であった事を示すように一本の木の根元には半ばまで埋まった片刃の斧がそのまま放置されている。
遮るものの少ない伐採所、その中を谷底を抜けていく強い風が吹き、自分の頬に軽く触れるとそのまま彼方へと過ぎ去っていく。
「……くっ」
遅かった……そう思った。
『手長』が居るはずの伐採所にはモンスターの姿はおろか、先に行ったはずのシルドの姿すら見えはしない。ガランと開けた広場がただそこにあるだけ、一人取り残されたような自分の周囲には何も無く、そして誰も無い。
「くっそ……ツ」
悪態を吐こうとする口を最後に残ったなけなしのプライドを総動員し強く噛み殺す。
自分が道端で倒れていたのは一体どれくらいの時間だったのか。数分か……もしかしたらもっと行くのか、意識が閉ざされレックスに叩き起こされたその瞬間まで周りがどうなっていたのか何も分からない。
ただ一つ、ハッキリと分かる事はもう『戦い』も終わってしまったんだろうという。そんな諦観のみだった。
「ダメ、か」
シルドの、その尋常ではない強さが頭を過る、憎らしく嫌になる程信用出来る強さ。自分には無いその要素がモンスターとの戦いさえ短時間で終わらせてしまったと考えても何の疑問も湧きはしなかった。
遅れた、自分が悪い。
気を緩めていた自分が悪い。
自分が――。
「ッ」
一人だけのこの場で何度そう思い浮かべても慰めにもならない。なんでシルドにこんな事をされたのか見当も付かなかった、ただ置き去りにされ、荷物扱いされるように捨てられた現状に、顔から火が出そうになる程胸の内を騒がせる。何が、何を、なんで、どうして、何故。
「く、出て来いっ! 出てこいよシルドッ! シルドーー!!」
向かう先はない。何も無い相手に自分の吠えた声が伐採所こだまする。
人一人では広過ぎる程に感じる空間に、手の中に残された存在は力強く、害悪を排除する為に用意された特別な武器。既に装填を終えた矢は行き場を失ったように遠くの森の影を目指して左右に揺れる。
「……くそ」
やがて吠えるのにも疲れ、滲み出す諦めに顔を下に向けると……パキリと、小気味のよい音がどこかからか聞こえてきた。
「?」
……実際にはどこかからなんて生ぬるいものじゃない、音の発生を探すとその音は断続的に聞こえてきた。出元は近くの茂みの奥。パキリパキリと近付き大きくなってくるその音が、踏み抜かれた小枝の奏でる音だと気付くより先、茂みの奥が大きく揺れ奥から四足持つ巨大な影が飛び出してくる。
「っ」
咄嗟に構えを取った。出てきたモノは全体的に薄い黄色の色調を持つ獣、全身の黄を横断するように細く黒い線が真っ直ぐに走り、地面を蹴る姿は身体の大きさに見合わず素早かった。低い唸り声を鳴らす野生の吐息は駆け抜けながら視線の先を横切り、その後を追うように赤い血の線が空中を走る。
大きく膨らんだ肩回りから特徴的に長く伸びた前脚が地を蹴り、長く揺れる尾の先から頭の先端まで含めた威容は先日見た狼達がまるで子供のように見えてくる。しなやかに駆ける足取りに足音などは一切感じられないがその一挙手一投足に至るまで力に溢れているように、この獣は……。
「コイ、ツ」
……いや、獣じゃないのか。これは……
「っ!」
理解が追い付くとほぼ同時、クロスボウを手にした腕が反射的に跳ねる。急な登場に驚いたのは向こうもきっと同じだったのだろう、何も無いかのように駆けていた姿から一転、こちらに気付き視線を合わせると急制止を掛けて体躯を止め、そこから反転すると今度はこちらを目指して駆けてくる。
吼える唸り声、爛々と視る琥珀色の瞳、どうみても友好的なものじゃない。
右を見る、シルドの姿はない。
左を見る、こちらにもシルドの姿はない。
「……よしっ」
高揚と諦めが入り混じった感情でいたのかよかったのかモンスターの登場にいつものように慌てふためく気持ちは顔を出してこない。
それに……そのモンスターの姿は意外と小さい方だった。勿論自然の中の獣と比べれば頭二つ分は飛び抜けた巨体であるがそれでも自然の常識での範囲内だ。同じような森で見た事のある翼ある化け物も谷底で見た見上げる程長大なムカデに比べればかなり小さい。
レックスの情報で、前に手長は虎だと聞いた事があった。実際に目にしたその姿は確かにその描写のその通りで、重厚な筋肉を持ちながらしなやかな身体、猫を思わせる大きな頭と口から覗く牙。それらを前にしても怖気付かないでいられる確信が自分にはある。
「やれる!」
狼と同じだ、外さなければ可能性はある。幸い、駆け抜けていった距離の分だけ未だ手長と自分との間には距離があった。冷静に、慎重に、狙いをこちらへと走る手長の額に合わせる。
機械的な構造を持つクロスボウが与えられたまさかの出番に歓喜しているようだった。疲れと頭に残る痛みはあるが大きく問題はない。こちらを獲物と思って上下に開かれる顎に必死に心を静めて見つめ、トリガーに指を掛ける。
震える自分の心臓の音まで聞こえてきそうな緊張感。その中にあって自身の愛武器の威力を確信して命を預け……その刹那、見た事ある黒い影が視界の横を覆う。
……受け身をする余裕はなかった。
「ッ」
突然の衝撃。脇腹から分け入って来た圧迫感に指先は引き金から外れ、身体は曲がる。外へと吹き出る血の感触はない、代わりに動かした視線の先で見慣れた相手の見慣れないポーズが見え。
「邪魔だ」
反論の間もなく完全を握り固められた拳が埋め尽くす。
衝突の瞬間聞こえた鈍い音、炸裂する痛み。首から上が余波により曲がる全開まで下がり、地面から浮き上がる身体はそのまま空中を滑って地に落ちた。
防具に守られる身体。
傷はない、欠損はない、重大な問題はない。
「シルッ」
不時着するその瞬間に見えたのは、飛び掛かる手長と迎え合うシルドとが重なり合う姿だった。
――――――――――。
手の中に、鈍い衝撃が残る。
「……」
何も――考えるな。
意識的に切り捨てた感情、噴き出す胸の上に蓋をして、外敵に対して迎撃の体勢を取る。
「なんで、来た」
衝突する、受ける身体に問題はない。唯一気掛かりな事、口から出る言葉が妙な震えを起こしてしまっているのではと内心で心配だったがそちらも問題はなかった。
目の前で零される唸り声、濁った白色の牙、薄光を放つ琥珀の瞳を正面から見返し、押し込まれる力をハルバードの柄で押し返す。
……全く、問題はない。
「……!」
得物を振り切る力で相手を払い除け、噛み合わさろうとする牙から解放された瞬間、槍先を顔面で滑らせると細い鮮血が舞った……人と同じ赤い色。痛覚もそれ相応らしく、大きな叫び声を上げて他称『手長』は下がる。
「……」
虚勢にしか思えない唸り。
野生とプライドを感じる二つの瞳。
長く太く成長した腕で威嚇するように地面を擦って見せるがその全てが脅威として映らない。
確認の為に数度打ち合いをしてみたが既に結果は出ていた。
これ以上は戦い続ける意義も、意味もない。後はどこで終わらせるかだけの問題だが、自分の意識の中心は目の前ではなく背中の後ろに移りつつあった。
「なんで、来るんだ」
見えはしない、殴り付けた跡に地面を仰向けに滑ったとこまでは目で追った。
『手長』が再び牙を剥き出しにする、警戒に警戒を重ねた威嚇の上でそれでも単純に襲い掛かってくるのは単なる意地か。
傷付き力の衰えた突進をハルバードで円を描いていなし、無防備になった顎先を膝で蹴り上げる……装備越しでも分かる確かな手応え。喉が唸り、下からの突き上げに強引に閉じられたアギトが空中で開き、砕けた牙に混じって赤く汚れた唾液が空に飛ぶ。
「……」
頭、首、胸。
急所と成り得る部位に槍を突き入れる余裕はいくらでもあったがそれは行わない。
後ろを振り向きたい衝動と戦い、前のみに集中している姿勢を崩さず口を開く。
「なんで来たんだ……あれで分からなかったか、すぐに倒れて。情けない」
返事は、ない。
しかし、地面を手で引っ掻くような音が聞こえた。
……続ける。
「足手まといだから置いてきた、バカか、お前は、来るんじゃない」
頭を揺すられフラつく手長に、上下するその頭を石突きで横合いから殴り付ける。顔が跳ね、赤い血が飛ぶ。苛立ちと呼ぶには自分を棚上げし過ぎた感情を置いておき、最良の手加減をガムシャラな気持ちで敵に注ぎ込んだ。
「鬱陶しいんだ」
腹を打ち、黄黒の身体はくの字に折れる。
「後ろにいればいい、出て来るんじゃない」
未だ止めない戦いを止めない手長の姿勢に上から背中を殴り付ける。人に比べれば大きなその身体が腹から地面に抑えられる光景は何とも表現が出来ない。倒れた敵を蹴り少しずつ前に、伸ばす爪が『もしも』ですら届く事が恐ろしかった。
「……モンスターを倒した報酬が欲しいか、心配しなくてもやると言っただろ。褒められたいっていうなら何もかもお前がやったと言え、否定しない、満足だろう」
蹴り上げる度に唸りが走る。悲鳴にも似たその猛りに意識を没頭し、爪を、牙を、危険に成り得るものを叩き続け。不意の襲撃を的確に避けて行く。雨除け用のマントに血が付着した。自分の血ではなく、全て相手のものだ。
「だから」
弱く、細く。
「頼むから戦うな」
思わず呟かれたその言葉は殴打音と唸り……そして背後で起きた声によって掻き消された。
――――――――――。
打ち所が、悪かった。
鼻から先が陥没したように痛む、倒れた瞬間に頭の後ろを強く打った。視界が歪む、吐き気がする、息が、苦しい。
「 」
……何が悪かった。そう聞かれれば大体の事は、自分が悪かったの一言で片付けられる。
だからこそ、自分を変わり見直せば何もかもが変わると、そう思っていた。
「 」
吐き気がする。
口から飛び出す息がそのまま熱を持つように身体を突き動かす。
痛いのに肘で地面を擦り、上手く行動しない身体に地面へと爪を立てた。頭の痛みに堪えてゆっくりと上半身を起こして行けば―――の姿が見える。
圧倒的だった。
――まだ目眩がしている。
強いはずのモンスターが手も足も出ずに追い込まれ、懸命に飛び掛かっているようだがその全てが通じない。高い咆哮はまるで許しを乞うように、最初から予定されていた演舞劇を見ているように繰り出される攻撃は予定調和に全て空を切り、代わりにドス黒い凶器は徹底して相手を痛め付ける。
「……ぐ」
少し、視界が正常に戻ってきた。
連続して何度も頭を打ったせいかイマイチ感覚がハッキリとはしてこない。
それでも、くすぶるように胸の内で回っているコレは何なのか。
『屈辱』。そんな言葉で言うには高尚過ぎる。それはある程度の自分に自信を持つ人間が口にする言葉で『コワード』なんて呼ばれる自分にそんな気持ちはない。
『憤慨』。似ているようで少し合わない。そこまで不条理な事で頭が焼けそうになっている訳じゃない。目の前で繰り広げられている攻防はシ――の強さからすれば当たり前の事だった。
「ざっ」
少しずつ、回らない頭に血が巡っていく。起きた上半身はしっかりと前を向き、片膝を立て足の裏が地に触れる。
……そこまで来れば簡単だ、後は思い切りのよさだけ。力を込めて立ち上がった瞬間視界に明滅する光に目眩がし、後頭部がまるで鉛でも埋め込まれたかのように重い。
見下ろした地面の上に転がる石が見えた。
ぼやける頭、くすぶる心、口が勝手に意識を代弁する
「ざ、けんなぁ」
少しずつ痛みは引いても頭の熱さが消える事はない。
崩れようとする身体をクロスボウで支えて、バランスを取り終えると腕の中で構える。
矢の装填は終了している。手の中には『力』はある。
「けんな……ざっけんなよっ」
レックスに言った、アールに言った、グリッジに、村の全員に送られた。
目に見えない勝ち誇るシルドが笑う、笑顔のまま勝利を譲るシルドが自分を笑っているようだった。シルドを信じてディガーも自分に笑い掛ける。
何が悪い……自分が悪いのか。だからこんな、悔しくなきゃいけないのか。
「ぐ」
頼れるクロスボウの矢先が跳ね、モンスターとシルドを見る。一瞬、シルドが反応を見えたような気がしたがきっと気のせいだろう。気にされるものなんて自分に何も無い。不要だ、要らない、役に立たない。そんな事を言い続ける奴が何を
頭が、揺れる。
「くっそ、くっそ、クッソ!」
間違えるな。標的は一つだ。
シルドと手長との重なる影から矢の先端を少し外し『モンスター』だけを狙う。頭は熱くなってもそれは悔しさだ……例え他に何かあってもぶつける先は『人』じゃない。
歯噛みし、情けなさに込み上げるものを飲み込む。ただ少しだけ認められれば、それでいいと思っていたのにどうして。
それでも希望はあるだろう、時間を掛けこれから少しずつ変わる。シルド程じゃないといっても自分が変わりさえすれば頼られる事もきっとあるだろう。
「く……」
痛む頭のせいか腕への力がうまく入らない。それでもこの一射が何もかもの第一歩だと願い、引き金を
引いた
「……」
森を駆ける谷風が通り過ぎる。
短い駆動音が手の中で鳴り、空気を裂く矢はその鎖から放たれた。
発射を告げる反動と共に、周りの物が何もかもゆっくりに見えてくる。秒単位以下を進む背景を進む細い影はクロスボウから飛び出した矢なのか。細く木の葉一枚程度にしか見えないその凶器は獲物へと向けて直進し。
着弾する
込められた力が開放され、矢は標的に噛み付いた。
大きな音がする、音の発生の中心で赤い血潮が空へと向けてばら撒かれ、僅かな間隙を持って砕けた破片が赤を追って行く。
一瞬にも満たないその間すらとてもゆっくりだ。
遅く、印象的に流れるからこそ眼に強く焼き付けられる。先程まで感じていた唸るような頭の痛みがスッと引いていく、身体の疲れも胸の熱さも何もかもが置き去りにされ視線の先の光景だけに満たされる。
砕け合う破片は矛と盾。互いに特殊な標的を相手にして考え出されたものであっても攻撃と防御の違いがあれば引き分けとはいかず『盾』が一方的に壊された。
矢が撃ち抜く肩、飛び上がった血潮を引き『人間』の身体が膝から崩れ落ちる。
「――――」
自分の口から放たれて行く人らしからぬ識別不明の音、鈍く耳に届く自身の声によって周囲の景色は時間を取り戻す。
「シルドオオオオオオ!」
絞り出す声と共に駆け出し、前へ出た。先程の声にならない声は一時的な頭の痛みの後遺症だったのか、今は人の言葉と分かる声を張り崩れ行くシルドに走り寄る。
「つ、ぐっ」
「シ!」
……シルドは、それでも崩れなかった。片膝を付く体勢から片手一本でハルバードを振るい、接近をしようとするモンスターを遠ざける。左右に揺れる身体の振動に壊れた肩から新たに生み出された血が飛び出る。
「ッ」
その様を見た自分から、口を突いて出る言葉はない。
シルドの一閃を後ろに下がって避け、唸り声と共に姿勢を低くする手長は追撃を掛けて来ない。
「来るな!」
その隙にシルドの前へと躍り出た。膝を突くシルドを背後にし、身体ごと盾にするようにモンスターの視線から隠す。
低い恫喝の唸り声は変わらない、急いで矢を番えて攻撃の手段を確保しようとしたがモンスターは思いもよらない行動に出る。
「……え」
下がっていく。身体を反転し、後ろを向くと引き下がっていく……何か特別な行動の予兆かとその姿を見送るがそれから先は何も無く。伐採所を抜け森の暗がりへと身を投じると黄と黒の縞模様は木々の影に隠れ見えなくなってしまった。
引いたんだ。
「なん、で……いやそれよりシルッ」
勝手に下がっていくならそれでいい。理由が分からないモンスターの行動よりシルドの方が先だと振り返ると……既に立ち上がりハルバードを構えていた。
「シル」
これを見て……モンスターは下がったのか。
完全に立ち上がったシルドと自分には明確な身長差がある。立ち上がり向かい合えば当然見下ろされる形となり、フードが取れ、下の顔を顕となった今は表情が見える。
「シル、ド……?」
「……」
目に映ったその顔に表情と呼べるものは何も無かった。透き通る目が自分を斜め上から見つめ、唯一の色を主張するように垂れ下がった左腕からは赤い雫が延々と落ちていく。
「っ!」
目に見える赤という結果に自分がした事に頭が追い付いてくる。
全身を包むような寒さを感じ、しっかりと口は開いているのに息苦しい。こんな時にどんな顔を浮かべればいいのか分からず、眉根を寄せ、震える口を開き目を見開く。
違う、違うと言わなきゃいけない。自分は……そうじゃない。
「すまないっ、すまない違うんだッ、オレは、そんなつもりじゃっ」
漏らす息に慌てて腰を折り曲げ頭を下げる。一度下げた頭はすぐに上げ、再び下に、その行為を何度も何度も繰り返し謝罪する。
本当にそんなつもりは無かった、頭をぶつけたせいか、風で狙いがぶれたのか……そもそもなんで撃とうとした、近付いて戦い合っているのは目で見えたのになんで……
「……クエスト」
「っ」
何度も謝罪を続けた後、ようやくシルドは口を開いてくれた。
聞こえた言葉に顔を上げその目を見返そうとするがすぐに背中を向けられ表情は見えなくなる。
「クエストは失敗した」
低く、いつもと変わらないような口調でシルドはそう言った。背を向け歩き出す動きにおかしな所は見られない、大事じゃなかったのか……先ずはその事に安堵した。
「ああ、ああっ! すまないオレのせいだ、オレが悪いんだ、だからそれより傷を」
「クエストを失敗させた」
「ああ、分かってる! どんな罰だって受けてやるよだから早く!」
「俺の……責任だ」
「はぁっ!?」
余りの言葉に、掛ける声に合わせて腕は伸ばすが届かない。
スタスタと歩くその歩調は普段と全く変わらない。左腕を除くその背も、言葉少ない態度も……唯一の異なりを示す赤い斑点がシルドの歩みに続き延々と地面を彩る。
「クエストは失敗したんだ。カヘルに帰るぞ」
「え、ま、待てよシルド」
「……」
「シルド、悪かった、すまなかったと思ってる。だから聞いてくれよオレは」
「……」
「オレは……!」
「……」
「おいシルドッ、シルドォオッ」
「…………」
必死に掛ける言葉に離れて行く背中は決して振り返らない。
自分一人を置き、勝手に歩き出し、文句も何も言ってこない。
「シル……ッ」
呆然と踏み出した一歩が赤い点の一つを踏み付けた。
足の裏にきっちりと貼り付く逃れようのない『証拠』。腕の中のクロスボウに途端に重さを感じて両腕は地面に向け、だらりと下がる。
「ハ……」
手の平へと突き立てた指が、そのまま皮膚を破ってくれれば良かった
「すまない、って……バカか……オレは……」
せめて模倣する血の雫があれば、そう思い強く握るが鋭い痛みしか感じられない。
空を覆う灰色の曇天。
デセルテ村来訪六日目。『手長討伐』クエストは、失敗に終わった。
通算二度目のQuest failed
でもまだ続きます




