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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
54/106

04 嫌々同盟

「なっ」


 突然の事に思わず立ち上がると、腰掛けていた椅子が勢いを付けて床を転がる。木と木の打ち付けあう独特の大きな音が響き……しかし目の前に立つ男は微塵に眉すらも動かさずにこちらを見つめていた。


 一体、いつの間に入り込んだのか。それまでは全く気付かなかったはずがいざ目の前で捉えてみるとその姿は特徴的で隠れる事にすら向いていない。肩から掛けた雨よけ用らしき汚れたマントは膝まで伸び備え付きの深いフードが頭の上半分を隠している。マントの下に見える上下の衣服は両方とも黒に統一され……何よりも目を引くのがこちらを覗き込んでくる強い瞳。黒目の部分が極端に少なく、非常に悪人顔の似合う視線で口だけは曲げて笑みを作っている。にこやかとは全く言えない、その害悪の混じりまくった笑みに親しみの欠片すらも感じられなかった。

 嫌なモノでも見ているように、勝手に震えてしまう口を意識的に動かし男の怪しさに呑まれないように睨み返す。


「な、なんだよお前、いつから」

「……あ? クク、抜けてる顔かと思ったけど、そんなのも気付かなかったのか?」

「はぁっ!? クッ!」

「もう一度聞くぞ、お前が、コワードか?」


 ……この場にクロスボウがなかった事が悔やまれる。実際に撃つ気まではさすがにないが、凶悪そうなこの男に対して何も有効打がないのが心細い。ディガーを呼ぼうか、そんな考えが頭を過ぎるが、それにはまず男に背を向けて走らないと……異常な緊張感に男の一挙手一投足を注視する感覚はモンスターを目の前にした時に近い。油断はせず、しかしどうしようか必死で頭で考え続けていると男は口だけの笑みを深めて目を細める。


「意識過剰だな、敵意には敏感か。臆病だな」

「っ、何を……何なんだよっ」

「吠えても変わらないだろ、しかし、本当弱そうだな……期待外れもいい所だ」

「ハ!?」


 そのまま「やれやれ」と本当に呆れたかのように首を振るう男だが、こっちはそれ所じゃない。いきなり……初対面の相手にそんな悪し様に言って、しかも覗く口元は笑みを形作り笑っている。警戒心と共に沸き立ってくる不快な気持ちを感じ睨み付けるが……そんな自分の視線程度どこを吹く風なのか、軽く肩を竦めるとマントの胸元を叩き、寄り掛かっていた壁から背を離す。


「用は済んだ、もういいな」

「は? だから何だよお前」

「……お前の、『期待していたものだよ』、だがオレにとっては期待外れなんだよ、こんなクソガキ最悪だ」

「っ、お前!」


 男は目深に下ろしたフードの中で『鼻で笑う』。言いたい言葉を一方的に言い切った後はそのままスタスタと歩き出し、自分の立つ宿場の奥ではなく外へと通じる出入り口に向かって行く。歩き出し際にこちらを一瞬だけ振り返って見た視線は……記憶の中の嫌な部分に触れる見下したような目。もう昔と思っていた1人だった時に見られ慣れた視線を感じ、思わず男を追って足を進める。


「おい! だから何がって、人の話しは聞いて――」


 自分にとってしても思いがけない荒れた声を上げて男に追い付き、その背中に向かって手を伸ばすが……指先が触れるよりも先に振り返った男の手が手首に巻き付き。


「ハッ?」

 一瞬にして目に映る上下が全て逆さまになった。

「がっ」

 訳も分からずされるがままにしていると背中から唐突に襲い掛かる強い衝撃、痛みと共に一瞬視界が一瞬明滅し。押し出されるに任せた空気が肺から飛び出す……どこか間抜けな息遣いとなったその音を感じ、何故か先程まで追っていた男の姿が高い位置から自分を見下ろしている事に気付いて頬を歪める。


「なんだ、全然抵抗もなかったぞわざとか……いや、それにしても」


 一拍の間を置き、やがて自分の視線に正面から重なるようにして男は口を開く、鋭い視線は汚れものでも見ているかのように細められ、呆れすら混ざった声が笑った口元から漏れる。


「お前、想像以上に弱いな……役立たずって、よく言われなかったか?」

 男の言葉、どこか気分のよさそうに動くその口元を見つめ、目の前が一瞬にして真っ赤に塗り変わったかのような激昂を感じる。


「っ、お前えええええっ!」


 自分の口から、こんなに強い口調で声が出るなんて知らなかった。

 口で叫び、床に仰向けになった状態である事に気付き手を突いて立ち上がろうとするが、それよりも先に迫る男の指先が襟首を掴み、そのまま立ち上がる事すら拒否するように床へと叩き付ける。

 ガンッと重く響く鈍重な音が響いたのは頭の後ろから、打ち付けた反動により前のめりとなるあご先を男は抑え、曇り空とはいえそれなりに光を感じる宿場の中、影を作った男の顔が自分を見る。


「声は大きかったが……それなら立てよ」

「ぐっ」

「出来ないだろう? ……いいか、そういう口の効き方が出来るのは、本当に抵抗する力を持つ奴だけだ。お前は、ないな」

「くっ、な……こ、のっ」

「……いやな目だな」


 その呟く言葉の中に男が一瞬だけ浮かべた表情をくしゃりと歪めたかのように見えたが、それも錯覚だったのか。すぐに表情は消え溜め息と共に持ち上げられる空いた片腕……その指先が自分の『目』を狙っていると感じ。



「やめなさい」


 その時、余り聞いた事のないディガーの低く押し殺した声がロビーに響いた。




――――――――――。




「シルドだ」

 簡潔に。本当に短くそれだけを言うと男は視線を反らす。先程と場所は変わらないロビーの中で、机を前にして向き合った男はさっきまでとは少し違った雰囲気であるように感じられ……それは隣で仁王立ちとなって立ちこちらを見ているディガーのせいなのかも知れない。


「これ以上、言う事はないんだがな」


 無言のプレッシャーを感じたのか少しだけ砕けた感じで言う男は睨むディガーを見返している。

 対して自分には横から伸びるリザリアの手が首に当てられ、濡れた布の冷たい感触がジンジンと痛む所を的確に抑えている。……心配気で非常に世話を焼いてくれるその行為は嬉しかったが目の前のシルドと名乗った男に情けない所を見られているように感じられリザリアの手をそっと押し返した。


「はぁ、もう少し言うあるでしょうに……コワードちゃん、紹介するわ。これが貴方とチームを組む冒険者のシルドよ」

「……はい」


 薄々と、感じていた。

 半強制でディガーに抑えられながらだが面と向かって改めて話し直すように言われて……しかし、本当に『コレ』が。目の前の男に自分が期待していた新しい仲間像が音を立てて崩れていくのを感じて表情が硬くなる。


「……よろしく」

 互いに椅子に腰掛けてもシルドの方がいくらか背が高い……年齢的にも上だろう。こちらへと向き直り見つめてくる視線は先程まであった悪い気持ちを感じさせないが、だからといって友好さもない。

 どちらかと言えばディガーに言われて仕方なくという所か。憮然となりながら頬もヒキつくが、ここで余計にこじれてしまえば自分が更に格好悪くなるように感じて、不承不承声を上げる。


「コワード、です……よろしく」


 ……敬語を遣うのにかなりの抵抗があった、こんな事は初めてだったが目の前に座るこのシルドという男が今まであった誰よりも肌が合わないんだと直感が叫んでいる。

「ふん」

 その証拠に、いくらかは態度が軟化したように見えるがそれでも鼻で笑って自分を見下そうとする態度はやめないのだ。


「はぁ、シルド、いい加減に。ごめんねコワードちゃん、この子ちょっと気難しい所があって、だけど根はいい子よ」

「はぁ」


 根がいい子はそもそも出会い頭の相手を悪く言わないし、床へと向かって投げ落としたりもしない。その事を謝ろうともしない態度に怒りの炎が再燃してくるが、ディガーを見上げるシルドの視線もどこか座りが悪そうで。

 人相悪い上に、態度まで悪くてもディガーは苦手なのか……そう思うといい気味だと笑みが浮かんでくる。


「……」


 しかし、本当にこの男が自分の仲間になるのか、それを思うと気が重い。

 こんな相手を期待していた訳じゃなかったんだ。ちょっとくらい意見が合わなくても楽しく、和気あいあいと……他の冒険者がやっていたような仲間を願っていたのに……こんな。


 これじゃ喜んで、色々と悩んだ自分が、本当に馬鹿みたいだ。


「ディ……ディガー」

「……」


 『断ろう』。

 そう思った。覗き込んでくるシルドの視線は感じたがそれでも構うものか。視線の先で見上げたディガーに何か言い訳を言い募ろうとしたが、困り顔でそれでも穏やかに笑うディガーの顔に言葉は続かなかった。


「初めは折が合わないってよくある事よ……ちょっと、今回はシルドの『教育』が急すぎたわね。だけど一緒に組んで行動していれば必ず相手のいい所が見えるわ。私はコワードちゃんも、それにシルドのいい所も知ってるからお互いに分かり合えるように頑張って」

「……と、言われたが、どうする?」


 ディガーの言葉を拾ったのはシルドだ。

 尊大な態度に文句を言いたいがディガーの言う事も正論だと分かっているのでうまく言えない。……分かっているといっても頭でだけだ、気持ちは全く付いていかない。

 それでも自分の横で小さく「何あれ」と嫌悪感丸出しに呟くリザリアに少し救われた気分になり、静かに目を閉じる。


「……いいさ」


 ほんの数秒だけ考え目を開けると、品定めでもするかのようなシルドの視線と合う。

 悪人相のその顔に多少気持ちが弾ける部分があったがそれでも決意を込めて口を開く。……自分でだって全く友好的になれる自信はない。……それでも、これで『変わって』いくのなら。本来の予定で浮かべるはずだった暖かな笑みに出来るだけ近付け、男に向かって右手を差し出す。


「……そんな」

 男の口が微かに動いた。その、どこか意外そうな顔を見返し、何かおかしな所があったろうかと考えるが、よく分からない。

 無言で差し出した自分の手と顔とを交互に見つめ、やがて極めて不快そうに眉をひそめるとシルドの右手も差し出される。


「クエスト中の仲間だ」

「あ、ああっ、よろしく」

「……変な顔だな、お前」


 空いた片手で自分を指差し、再び見下ろすように笑うこの男を見つめ決意を新たにする。


 絶対に、認めさせてやる。そしてその見下した瞳を後悔させてやるんだ。


 昔の自分だったらただ耐えていただけだった、本当には自分を見ていない目を、今度は正面から叩き潰してやると交わした手に力を込める。



「うっ、グ」

「ふん」


 握り合ったシルドの手には自分の力を越えて万力のような圧が加わり、不思議そうに見下ろすディガーに最低限の笑だけは保って汗を浮かべる。


 自分とチームを組んだこの男は、本当に嫌な奴らしい。



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