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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
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53/106

03 第一印象

【チーム】。

 他に“パーティー”や“グループ”などとも呼ばれ、冒険者が複数人によってクエストを行う事を指すのだが……そのいずれもが正式な名称ではない。そもそも生物として異常な力を持つ『モンスター』に対し1人で挑もうなど言う事は馬鹿げた考え方であり、日頃から当然のように行われる集団行動にわざわざ名前を付ける必要もなかったのである。

 ……それなら何故【チーム】等という呼び名があるのかと言えば、それにはまず【チーム】の反対である【ソロ】の発端から話さねばならない――――


 集団戦闘によって数で押す事を意味する【チーム】とは真反対。ただ1人の力によってのみモンスターと戦う【ソロ】が誕生したのは歴史上で初めてのモンスターが出現してから十数年の時間が経った後……当時の研究者達にとってモンスターの生態は少しずつではあるが明らかにされ出し、対モンスターの装備も技術の進歩に合わせて洗練されて行った……この時点で既に『人』に対して使うには非人道に強力過ぎると判断された冒険者の装備はモンスター戦にのみと限定され、多くの犠牲を払いつつも蓄積してきた戦闘ノウハウによって冒険者の間にも『余裕』のようなものが生まれつつあった。

 ある程度の余裕は人生に必要なもので、日々恒例となっていくお決まりの戦闘には慣れが混じり、それは各々の自信へと繋がって行く。


 ……それだけだったら良かったのだが。ある日、そんな冒険者の1人が酒場でくだを巻きながら小さな一言をこぼした。


『ったくよ、今日の相手は余裕だったな、ヒヒっく! これならよ、もしかしてー、オレ1人でも余裕で勝てんじゃないん?』


 それは、本当にただ酔いに任せて言っただけの浮かれた言葉だった。


 しかし、その一言を聞いた周囲の人間、とりわけ同業者である冒険者達の何人かには電流にも似た強い衝撃を与えた。……それまで当然のように行われていた集団戦闘、元々特に規定のなかったギルドの母集団において当時は数に任せて攻めるというのが一般的であり、それだけに漏れて膨れる程になった身内の中に埋没してしまった実力者も少なくない。それも伝統的に勝利は皆の力によってと、綺麗事めいた考えから個人の実力の有無に関係なく報酬やギルドの評価も等分に分けられていた。

 ……元々、快くは思っていなかった人間も多かったのだろう。

 酔いに任せて出たこの1人の発言を真に受け止た実力者が、極めてプライドの高い人間が、法外な報酬を自分だけのものにしたいと望む者が……果てには自らの限界を試したいなど猛者的な考えから集団を離反するものが続々と現れ個人による戦いを始めた。

 【ソロ】の誕生である。


 この性急とも言える暴挙を快く思わない者も当然少なくなく(……特に、脱退を『された側』に属していた本来であれば実力不足の冒険者は声高に批判を行った)、事態を重く見たギルドも収拾を図ろうと動き出すが……次第にその考え方も変わっていった。


 技術革新による装備品質の向上。

 相互扶助を目的とするギルド体勢の完成。

 冒険者達にとってすれば有意義な環境が整理されつつあったのだがしかし肝心の……冒険者本人による実力の落差は激しく、全体的な戦力に頭打ちが見せ始めていたのである。

 数に任せた戦闘によって怠けてしまう人間が増えた事を察したギルド側は規制を行うどころかこの【ソロ】の存在を現状への起爆剤になるのではと考えを改め、結果個人でクエストを達成した者へは上乗せの報酬が発生し、露骨な追加評価による明確な差別化を実施した。

 

 1人で戦い、1人で制覇する。そんな戦い方を格好がいいと思う者も現れ始め、【ソロ】の対義語として数を頼る旧戦闘を維持するものを【チーム】【パーティー】【グループ】などという呼ばれ方も生まれた。……正に【ソロ】の絶世期とも言えるこの状態も、しかしその呼称が定着する前に唐突に終わりを迎える事になる。


 技術が進歩し、装備が強化され、組織的なバックアップも得られた。……しかし、そんな人々の努力をまるであざ笑うかのように更に強力で更に凶悪なモンスターが次々と現れ、【ソロ】によるクエストに失敗が続き、最悪の場合そのまま命を落としてしまうという危機的な事態が相次いだ。

 所詮どれだけ力を手にしたつもりになっても、人1人の限界があったのである。



 ……その後時は流れ【ソロ】という戦い方は激減し一定ランクを越えるクエストではその姿を見る事すらなくなっていった。

 残されたのは最早形骸化し明確化される事もなかった呼び名と未だに意固地となって【ソロ】を貫く者……あるいは集団に溶け込めず爪弾きにされた孤独な冒険者だけであった。

 仮にあるいは、そんな強力なモンスターであっても【ソロ】で戦える者は『戦いの天才』と呼んでも問題ないのだが……そんな人間、滅多に現れるものでもない。



「すぅ」


 そしてここにまた1人、長かった【ソロ】活動を終え【チーム】を組もうとする若き冒険者がいた。


「すー……はっ、はっはぁ……ハハハハ、ハーッ…………ハァ」


 しかも何故か滅茶苦茶に緊張をしていた。




―――――――――――。




「う、うぅぅ」

 低い呻きを漏らしロビーの中を行ったり来たり歩き回る。

 少し気に掛かり窓へと駆け出し……無人の通路を目にすると溜め息を吐いて戻って来る。少しだけ見えた曇り空に肩を落としトボトボとロビーに戻る。その繰り返し。


「ねえコワードちゃん、ちょっと落ち着いたら?」

「うっ」


 野太い声で掛けられた言葉に目を向けると非常に曖昧な笑みを浮かべたディガーの姿。

 『落ち着いたら?』などというこの問い掛けも実にもう四回目位の事で、傍に立つリザリアが微笑みながら肩を竦めた回数は最早数えていられない。


「お、落ち着けって、だって……だってな!」

「だって?」

「だって……し、仕方ないから」


 ディガーの変わらぬ質問に返す自分の答えもやっぱり変わらず。伏し目がちの目で視界に入った窓ガラス、その表面に反射する自分の姿を捉え衣服の皺を懸命に伸ばすとリザリアに振り返る。


「ど、どこか変な所ない? いきなり見られて『ウワァ』とかならないかな!」

「ウウンゼンゼン、スッゴイカッコイイヨー」

「……アッ、ソウ」


 リザリアの……全くやる気の欠片すら感じない返答に溜め息ばかりがこぼれる……普段であれば絶対袖を通さないようなやや黒み掛かった紺色の正装。これ一着しか持っていなかった立派な服を入念にチェックし、いつもは気にもかけない髪の毛の先まで気を遣う。癖毛の1つでもあれば堪らないからと整髪用の油脂で撫で付けた頭は、ディガーにしてみれば「どこのお坊ちゃん貴族かしらー」と馬鹿にされて笑われたが、あんな筋肉男の言葉信じる必要はない。……でもちょっとだけ気にかかったので多少の冒険者らしさに髪型をオールバックに固めてワイルドさを醸し出して見たのだが、ガラスに映る自分の顔もやっぱりパッとしないように見えてしょうがなかった。


「ああ、ああうぅっ、あぁ……ハァ」

「もう、ホラ落ち着きなさいこれでも飲んで」

「……どうも」


 顔に緩んだ笑みを浮かべさせたディガーが近くの机に寄りカップを1つその上に置く、まだ暖かく立ち上る白い湯気に混じり、目も覚めるような香ばしい香りが辺りに満ちる。

 ……そっと覗き込んだカップの中では案の定黒色をした液体が揺れ、置かれた拍子か小さな波紋が現れては消えていく。


 ここの行為だけを見ればディガーからの行動は気遣い満点なのかも知れないが、そもそも今ここで自分がこんなにも緊張してしまっているのも7割くらいディガーの責任とも言えるので素直に受け入れる事が出来ない。


「……で」

「うん?」

「その、チームを組んでくれるって人の名前は?」

「え……なんだったかしらね」

「年齢は? 結構上だったり、もしくは同じ?」

「うーんどうかしら、人って見た目で判断しちゃダメよね」

「っ、なら男ですか!? それとも女!?」

「ヒ・ミ・ツよ、ふふ」

「う、うがーっ!」


 シナを作り、くねくねと揺れながら微笑むディガーを……正直に言おう、ものすごく、殴りたい。


「う、うぅ……はぁーぁ」


 何度聞こうがこんなようにのらりくらりと返答しないディガーに、遊ばれていると分かっていても気になって仕方がない。

 今日、この宿場『泥船』のロビーに自分にとって初めて……の、正式な冒険者仲間がやってくるんだ。

 とりあえずのらりくらりの中でもいくつか得られたマトモな情報ではその人物は昼前には現れるという事。そして『期待してね』と笑って言うディガーの言葉から多分その人物はそれなりにマトモな人なのだろう……少なくともディガー基準では。


「あ、ぃ、胃が痛い」


 一応は出されたカップに手を付けようかとも迷うが、結局腹部の内から響くキリキリとした痛みに止められて軽く俯く。一体その人物はどんな人なのか、仲良く、出来るのか。それを考え出すと居ても立ってもいられない気持ちになる。


「……」

 強い人、だったらいいかも知れない。だけど性格が悪かったら困る。

 歳は自分より上か同じくらいか、どっちでもいいかも知れないが年下だった場合が困る。ただでさえ自分1人でも精一杯なのに誰かを庇って戦うなんて自信もない。

 それに男か、女か……か、仮に女性だったとしたらどうすれば。頭の中で繰り返し行うシミュレーションでも、どうやっても場が寒くするような会話をする自分しか想像出来ず、それを思うと余計に気分が落下する。


「う、な、情けない……オレって……うっ」

「え、ちょっコワードちゃんなんでいきなり落ち込むの!? ホ、ホラ! きっと大丈夫だから、ね? リズも何か言って」

「……え? 私知らないし」

「はぐっ! そ、そんな、やっぱオレ……」

「コワードちゃーんっ」


 呆れるリザリア、騒ぐディガー。そんな二人に囲まれながら気分の落下が正に最高速度に到達しようかとしたその瞬間……不意に、コンと宿場の外から音が響く。


「ッ」

 コン コン


 再び、聞こえた。慌ててディガーを振り返るとその濃ゆい顔立ちがくしゃりと歪むのが見え、意を決すると歩き出す。


 恐らく、それは宿場の外の床を踏む足音。扉へと向かった自分の背からディガーの太い声が何かを言って掛けられたが頭の中には入って来ない。

 ピタリと扉の後ろに付くと、外を歩く足音は更に近付き。


 コツン

「っ!」


 そして扉の前まで来ると止まった。

 湧き上がる気持ちは期待か、緊張なのか。乾いた口から飲み込まれる息がゴクリと音を立てて喉を通過し、それに合わせるように入口扉の戸がギギギと木擦れの音を上げながら内側に開いてくる。

 咄嗟の頭に浮かんだのは、事前に思い描いたシミュレーション。どんな場合でも絶対に外してはいけない1つを引っ張り出し、それをしっかり遂行せよと頭が命じる。


 ヤられる前にヤるんだ。

 いいか、ヤられる前に……ヤってしまうのだ。


「よ――」

 

 扉を押し開ける闖入者に……これから末永くチームを組むであろう仲間の第一言に重ねて肺を震わせ、直角間近にまで降り下ろす頭に右腕は勢いよく前へと……


「きょっ、今日はありがとうございます、これからどうぞ、よろしくお願いしますっ!」



 ……言ってやった。


 自らの発した予想以上の大きな言葉がロビーにこだまし、それに負けないくらいのバクバクとうるさい心臓の音。


「あ……お、おおっ」


 ゆっくり待っているとやや高めの位置から呟きが降る。驚いたような上擦った声だったがその声音は恐らく男性のものであり、深く下げた頭に目は固く引き結び次の言葉を待つ。


「く……は、はははは」

「……?」

「はは、はっははは、おいどうしたんだよ、驚いちまったぞ」


 じっと静かに待っていると耳に聞こえたのは予想外の明るい笑い声で。その嬉しそうな声音から第一印象は悪くなかったんじゃないかと思えるが……何か、聞き覚えのある声なような。


「……」


 恐る恐るゆっくりと目を開ける。

 友好の握手と差し出した右手の先に見えたのは……ぷっくりと出た大きめのお腹。丸みを帯びたそのフォルムの上に普段着らしいちょっと汚れたシャツが見え、下がった『彼』の腕はとても腕力があるように太く見えるが……やっぱり、見覚えがある。


「ははーん、さては日頃のお礼か何かか。いやまいったな、気にするなって、オッ、握手かよしよしヨロシク!」

「……」


 ……非常に上機嫌な様子で差し出した自分の手が掴まれ上下にぶるんぶるん振るわれる。衝撃に見上げた視線の先にあるのは満面の笑みで、やはり見覚えがあり……というかこれ。


「わはははは!」


 ……『店主』だ。



「……は」



 この瞬間。自分の頭はかつてないほどの素晴らしい働きを見せた。冷静に、沈着に。目の前に立つ男は店主で――そう言えば本名知らないけど――ディガーもよくいくカヘル裏路地にある料理店のオーナーだ。安くておいしいと評判の店でもあって自分もたまにお世話になるが……その店主が、今何故。……それを考えると、答えは一つしかない。


「……」


 衝撃だ。

 若干思考停止に陥りかけた頭を再起させよく考える。よくよく考えてみれば『あの』ディガーの知り合いなのだ、実は店主とてマトモな人間じゃないんじゃないか? 料理店とかいっても実は副業か。

 この目の前のわがままボデーも見方によっては自然の強固な壁と言えなくも……成る程そうして見れば確かにあの太い腕、鍋の取っ手なんかを掴むよりも大型のハンマーでも持っていたほうが余程しっくり来る。料理っていうのは緻密な計算の結果さ、そこで養われた技能があるいは卓越した戦闘技術に繋がる可能性もあるのかも知れない……そうだ。そうだ、つまり……店主が、自分の。


「ぅ」


 ホロリと、つい溢れそうになったこの涙はなんだ。――べ、別に残念とか思ってないし、コミュニケーションは難しいだろうけどやっぱり女性も期待していたとかそんな男心は全くないし……い、いいじゃないか店主……最高、物件だろう? 多少は気心も知れた相手であるし自分も変に固くならずに済む、それすらも考慮してディガーが声を掛けてくれたのかも知れない……だから、泣くな。


「は、ハハ……」


 顔で笑って心で微妙な思いを浮かべ……そして、また一歩デキル冒険者を目指して階段を登る、そう思えば……悪くないかもね。自然と自分の浮かべた笑みが柔らかなものへと変わっていくのを感じ、胸の鼓動から湧き上がるように言葉が漏れる。


「はは、ふぅ……そう、だね。まだ、実力が足りないかも知れないけどオレ、一生懸命頑張ります。だから! どうかよろしくおねがいしま――ぶっふ、ふががっ」

「あっははは、もうーやぁねぇコワードちゃん! オホホホホ」


 言葉を言い終わる前に後ろから急接近してきたディガーによって口を塞がれた。その野太い指が自分の口を覆って、ってヤメロ。今は大事な新しい仲間に対する自己紹介の途中なんだ。ようやく、自分にも回ってきたこの好機に無様な姿を見せる訳にもいかな……



「で? 御用は何かしら店主さん」



 い……あれ?



「おーいや、たまたま出先で近くに寄ってな、ついでに回ってみたんだけどよ」

「あらあらそうなのーいやだぁー」

「ははは気持ちわるいな! それでなんだどうした今日はこんな大歓迎で、もしかしてサービスデイか何か?」

「……みたいなものかもね、リズ」

「店長、空気読みなさいよ」

「お、リザリアちゃ……ん、何か言った?」

「いえなんでもないです、さ、どうぞ奥に」

「おおー、今行くよー!」



「…………」


 怒涛の嵐のような勢いで店主の両脇をディガーとリザリアが固め自然な動作で宿場の奥へと連行していく。去り際にディガーはチラリと振り返り何か意味ありげなウインクをして異様に寒気が走ったが。……これは、そういう事か。


「人、違いか……はぁああああ」


 感じた緊張の反動に魂まで抜けていきそうな溜め息が漏れ近くの椅子へとガタリと寄り掛かる。体重を乗せた瞬間椅子の足が床を擦り微妙な音を立てるが気にしていられない。

 勝手に落ちてしまう肩に、人騒がせなと、軽くロビーの奥を睨むがもちろん反応もない。ディガーもリザリアも店主も奥へと行ってしまい、1人残された状態で軽くロビーを見回した瞬間に……『目が』合った。


「……は?」

「……」


 咄嗟に、反応が出ない。

 自分しか居ないと思ったロビーの中に一体いつの間に入り込んだのか隅の壁に背中を預けている男の姿があり、こちらを見るとようやくかとでも言わんばかりに目を細め。


「お前が、コワードか」


 小さくそう呟き口角を上げると笑みを浮かべた。


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