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魔法はすべて灰でできている  作者: 音鳴 凪
第三章【選択の色彩】

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二十一. 案ずるがゆえに

「まさか、やつがここまで強硬に物事を運ぶとは」


 アウルスの拳が机を叩き、広げられた書類がかすかに跳ねた。

 カルディナの評議会支部、その奥の一室で、インダリオはクストスの郷で見たものをひと通り報告し終えたところだった。


「すみません、私がもう少し早く駆けつけていれば……」

「いや、お主はよくやってくれた。……やつは今までも決定的な証拠を残しておらん。そう簡単には影を踏ませんだろう」

「リマトルがすぐに後を追ったのですが、どのような手段を使ったのか、途中で綺麗に痕跡が消されていたようです」


 報告書に目を落としていたアウルスの目が、生き残った子どもの名を捉えた。


「インダリオ、生き残った子どもの容体はどうなのだ」

「はい、セドロがカルディナに連れて帰り、今もここの療養院で治療を受けています」

「ふむ。すでに話を聞けたようだな?」


 インダリオは手元の書面を繰り、少年から聞き取ったことを確かめながら答えた。


「少年の話では、郷を訪れたのは四人。フォルティスと思われる人物、それから、剣と盾を持った戦士風の男。あとは、若い女が二人」

「若い女……。魔法使いか?」

「赤毛の女は短剣を使っていたようで不明です。もうひとり、黒髪の女は魔法を使ってみせたそうです。現在、各支部に照会を出していますが、おそらく正規の所属ではないでしょう」

「傷の具合はどうだ」

「後頭部に軽い打撃痕がある他は、擦り傷ばかりです。あの状況を考えると、奇跡と思えるほどです。しかし……」


 インダリオの脳裏に、クストスの郷で見た光景が蘇る。

 セドロが少年を抱いて去った後、そこに残されたもうひとりの小さな姿。


 その状況を聞いたアウルスは、深いため息を吐いた。


「目の前で妹が……。ふむ、心が無事かは分からぬな」

「しばらくはこちらで様子をみる必要があるでしょう」


 アウルスは椅子に座り直すと、天井を見上げ、目頭を強く押さえた。これまでにない確実な情報を手に入れたものの、結果としてはまんまとしてやられた形になった。


「やつの、フォルティスの目的はなんだ。やつはクストスで何を奪ったのだ」

「それに関しては、こちらをご覧ください」


 インダリオは椅子の脇に置いていた包みを机に載せ、布を解いた。


「これは、かなり古いものだな」

「郷の長のものと思われる家から見つけました。まだ完全に解読できていませんが、どうやらクストスの歴史に関するもののようです」


 インダリオが持ち帰ったのは、古びた木簡の束だった。


 アウルスはそれを手に取り、添えられた書き付けと見比べるが、読み取れた語を書き写した紙には、まだ空白も多く、ところどころに、別の言葉で書き直した跡が残っている。


「つまりこの中に、クストスの一族が守ってきたものが書かれているということか」

「おそらくは。しかし、難解な部分が多く、解読には時間がかかるやもしれません」


 その時、扉が控えめに叩かれ、職員が戸口から顔を覗かせた。


「失礼致します。——インディクス様がご到着されました」

「おお、そうか。いつもの部屋に通してくれ」


 職員が一礼して退くのを見送り、インダリオはアウルスへ向き直った。


「ちょうどよい。この件は、インディクスに任せるとしよう」


 インダリオは記録と書き付けをまとめ直すと、アウルスとともに部屋を出た。廊下を進み、客を待たせている部屋へ入ると、立ち上がったインディクスが二人に笑顔を向けた。


「お元気ですか、兄上」

「インディクス、お主も達者か」


 アウルスの白髭の下に、ようやく笑みが戻る。


「ごきげんよう、叔父様」


 父親に続いて一歩前へ出たロクィアが、叔父に向かって頭を下げた。


「おお、ロクィア。会う度に大きくなっているな。——アンシラもご苦労」


 ロクィアの後ろに控えていたアンシラが、静かに一礼する。顔を上げた彼女と目が合い、インダリオが慌てて会釈を返した。


「今日はインダリオも一緒か」

「はっ! ご無沙汰しております、インディクス様」

「そう畏まることはない。しかし、インダリオがいるということは、何か事件でもあったのかね」


 この場にロクィアがいることを慮り、インダリオはクストスの郷で起きた事件をあらましだけ話した。


「——そして、こちらがクストスから持ち帰ったものです」


 インディクスは木簡を受け取ると、目の前のテーブルに広げていく。


「これは……。アンシラ、私の手帳を」


 インディクスは、手渡された手帳を開くと、あらためて古い記録に目を通し始めた。

 時折、文字の一部を指で示しては、手帳に書かれたメモと見比べている。


 しばらく経っても、インディクスは作業を続けたまま顔を上げなかった。

 痺れを切らしたアウルスが咳払いをしても気づかない。


 弟の性格を知っているアウルスは、仕方なくアンシラに目配せを送った。


「……ご主人様。いかがでしょうか」


 アンシラの声に、はっと顔をあげたインディクスは、頭を掻いて苦笑いをこぼす。


「いや、すまない、つい夢中になってしまった」

「インディクス、これはどういうものなのだ。何かわかったか」

「とても古い記録です。原初の言葉。——そう、言葉の起源に関するものですよ」


 言葉の起源。

 そう聞いても、アウルスは首を傾げるばかりだった。


「言葉の起源とはどういうことだ?」

「簡単に言うと、この世界の魔法の成り立ちに関する記録です。魔法の始まりの言葉ですよ」


 なおも理解が進まない様子のアウルスの表情を見て、インディクスが手帳をめくった時、アンシラが銀縁の眼鏡に手を当てた。


「ご主人様」

「ん? どうした、アンシラ」

「〈虚ろの傀儡(シムラクルム)〉が活動停止しました。——屋敷に何者かが侵入したと思われます」


 * * *


「待て、インディクス! お主ひとりでは危険だ!」


 評議会支部の入り口で、馬上の人となったインディクスに、アウルスが警告の声をあげた。


「朝風の鬣《クリニス・アウローラエ》、土煙の尾(カウダ・プルウェリス)、連なり走り《ネクティミニ・エト・クッリテ》、地平を追え《ホリゾンテム・ペルセクウェレ》——風駆けの蹄(ケレリペス)」


 インディクスの詠唱が終わると、騎馬の足元に風が巻き起こり、突然体が軽くなった馬が、その異変に小さく嘶いた。


「〈風駆けの蹄〉は一度に一頭しかできないからね。なに、危険があったら無理はしないさ」

「インディクス様、私もすぐに向かいます!」


 インダリオに手を挙げて応えると、インディクスはそばに控えるアンシラに目を向けた。


「アンシラ、ロクィアを頼むよ」

「お任せください、ご主人様」

「よし、ではひとっ走り様子を見てくるよ」


 インディクスが馬の尻を叩くと、魔法によって強化された騎馬は、文字通り風のようにその場から去っていった。

 突然の早馬に驚いた街の人々の声が、道の向こうから響いてくる。


「インダリオ、お主は動ける者を集め、応援を率いて向かうのだ。相手の人数も分からぬからな」

「はい、すぐに手配します」


 インダリオは近くにいた職員に声を掛け、出動できる者を集めるように告げると、自らも準備を整えるべくその場を辞そうとした。

 しかし、不意に聞こえてきた、ロクィアの不安そうな声を耳にすると、その足を止めた。


「ねえ、アンシー……」

「どうしましたか、お嬢様」

「……何だか嫌な予感がするの。アンシー、お願い、お父様の近くにいてあげて」


 見れば、ロクィアはアンシラの両手にしがみつき、今にも泣きそうな顔をしていた。


「お嬢様、嫌な予感とは」

「分からない、でも、何だか嫌な感じなの……」


 アンシラの困った様子を見て、インダリオは軽く咳払いをしてから声をかけた。


「失礼します、アンシラ殿。その、話が聞こえてきまして……」

「どうしたのだ、何かあったか」


 三人の様子に気づいたアウルスも近づいてくる。するとロクィアは、今度はアウルスにも同じことを訴え始めた。


「叔父様、私、とても嫌な予感がするの。だから、アンシーにはお父様の近くにいて欲しくて……」


 インダリオは、ロクィアの様子を見て、どうすべきか思案した。

 ちらりとアンシラの様子を見ると、彼女は細い顎に指を添えて、同じように何か考えているようだ。


 アンシラも連れて行くことはできるが、準備を終えるのに、もう少し時間がかかるだろう。

 それを待たず、自分だけがアンシラと先行したいところだが、それでは自分の役目を放棄することにもなり得る。


 ヴェリタス家に仕える侍女、アンシラ・ウェスペル。

 しかし、彼女がただの侍女ではないことを、アウルスもインダリオも十分に知っていた。


 しばしの迷いを振り切って、インダリオはアンシラにひとつの提案をした。


「もし先に向かうのであれば、評議会の早馬をお貸しします。もちろん、我々もすぐに向かいますが」

「アンシラ、もし行くのなら、その間、ロクィアは儂が預かるぞ」


 それを聞いたアンシラは、インダリオとアウルスの顔を交互に見やった。

 そして、迷いを振り切るように静かに頷いた。


「ありがとうございます、アウルス様、インダリオ様」


 アンシラは膝を折ると、不安そうな顔をしたロクィアと視線を合わせる。


「お嬢様、ご安心ください。わたくしがインディクス様をお守りいたします」

「アンシー、ありがとう!」

「ですが、わたくしはお嬢様も大切なのでございます」


 ロクィアは、アンシラが言わんとしていることに気づくと、手を広げてアンシラに抱きついた。


「うん、私も一緒にいくわ」


 どうやら、アンシラが迷っていたのは、自分が向かうことではなく、ロクィアを連れて行くかどうかということらしい。


「ロクィアお嬢様も一緒とは、さすがにそれは危ないのでは……」


 二人のやりとりを見ていたインダリオが、ロクィアの言葉を聞いて慌てて声を上げる。

 しかし、ロクィアは迷いなく答えた。


「大丈夫よ。アンシーが守ってくれるもの」

「ええ。インディクス様もお嬢様も、必ずわたくしがお守りします」


 インダリオは助けを求めるようにアウルスを見たが、アウルスはかぶりを振るばかりだった。


「まあ、アンシラがいれば、そう滅多なこともなかろう」


 立ち上がり、ロクィアを抱き上げたアンシラは、アウルスに軽く会釈をすると、なお不安そうに立ち尽くすインダリオに歩み寄った。


「インダリオ様、お言葉に甘えて馬をお借りします」

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