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【閑話】第三幕:マーレンギルドの訓練場にて

「約束のお肉、山ほど」とは独立した、別の日のエピソードです。

ギルドの訓練場でのユイの剣術指南と、お約束のチヅルとラズベルのやりとりを描いた一話です。

こちらも本編ネタバレなし、単独でお楽しみいただけます!

 第632環、瑠璃月るりづきの週四巡目、光律こうりつ

 港湾都市マーレンを包む空気は澄み渡り、雲一つない瑠璃色の空から穏やかな陽光が降り注いでいた。


 冒険者ギルド「潮鳴りの鉄錨てつびょう」の裏手。そこには砂地が広がり、使い込まれた藁人形や木製の人形が点在する、冒険者たちの研鑽の場――訓練場がある。

 陽5よういつこく。本来であれば各々が黙々と汗を流すはずのその場所に、今日は異様な熱気と人だかりができていた。


「ユイさん、本日はよろしくお願いします……!!」


 砂埃を舞い上げ、深々とお辞儀をしたのはエマ一行の前衛、コレットだ。彼女の手には、ギルドの備品である訓練用バスターソードが握られている。その瞳は、まるで伝説の英雄を目の当たりにした信奉者のようにキラキラと輝いていた。


「……まあ落ち着けって。まだ始まってもいないから」


 対するユイ・イガラシは、いつものヤンチャな笑みを浮かべ、首を左右に鳴らした。腰には愛刀『白綱しらつな』を差し、右手には馴染みの武器屋で特注した、白綱と寸分違わぬ重さの木刀を携えている。


「パド、お前も無理すんなよ。ユイの姉さんはマジで容赦ねーからな」

「……お前に言われたくない。俺は、見て学びたいだけだ」


 シービィの軽口を、パドが真剣な顔で受け流す。彼は訓練用の片手剣と盾を慎重に確認していた。


「俺も少し、お手合わせを……」


 ゼッペルはそう言いかけて、言葉を飲み込んだ。今日の稽古はコレットたちのための場だ。リーダーである自分が安易に輪に加わるのは、どこか憚られる。――だが、やはり。

 葛藤を押し殺し、ゼッペルは静かに手帳を取り出した。だが、銀筆を走らせるよりも先に、その視線は訓練場の中央へと吸い寄せられていった。


「はいはい、みんな。観戦するならこっちに座ってちょうだい。差し入れもあるわよ」


 壁沿いのベンチで、ラズベル・ドドガリスが手際よく水樽と軽食を並べていた。その横で、薄紫色の猫耳をぴこぴこと揺らしている少女が一人。


「わぁ、ベリーパイ! ラズベルちゃん、これ新作?」

「チヅルちゃん、独り占めはダメだよ。あと、稽古が始まったら静かに見ていてね」

「うん! わかってるよ。……もぐもぐ」


 チヅル・ルナデウスは、稽古が始まる前から、既に一切れのパイを口に運んでいた。そのワインレッドの瞳はのんびりと場を眺めているようでいて、時折、ユイの足運びや呼吸の深さを鋭く捉えている。


「よし、全員揃ってるな。じゃあ始めるぜ」


 ユイが訓練場の中央へと歩み出ると、ざわついていた場が一瞬で静まり返った。ベンチに座っていた一般の冒険者たちまでもが、その背中に漂う「本物」の気配に圧倒され、固唾を呑んで見守る。


***


「まず最初に、あたしの動きを見せる。言葉で説明するより早ぇだろ」


 ユイが木刀を構えた。その瞬間、空気が物理的に重くなった。

 先ほどまでのヤンチャな少女の面影は消え、そこには一本の研ぎ澄まされた鋼のような剣士が立っていた。


 ユイがゆっくりと木刀を振る。

 空気を撫でるような、静かな動作。


「カタナは押し切るんじゃねぇ。引いて切るんだ。刃を滑らせるように……これが全部の基本だ」


 徐々に速度が上がる。


 ――ヒュン。


 ――ヒュオッ!


 訓練場に、鋭く、それでいて澄んだ風切り音が響き渡る。一振りの木刀が描く軌跡は、まるで水墨画で描かれた流麗な一筆のようだった。


「それと、あたしが習得している流派は剣術だけじゃない。総合武術だ。懐に飛び込んだら剣なんか関係ねぇからな」


 ユイは案山子かかしに近づくと、一瞬の踏み込みでその懐に潜り込み、肘鉄の型、足払いの動作、そして淀みのない投げの姿勢を次々と披露した。


「……剣術なのに、投げ技まで?」

「……深い」


 テューリが驚愕し、セオンが最大級の賛辞を漏らす。


「最後に一つだけ。これは稽古じゃなくて、本物の技だ。……よく見てな」


 ユイが木刀を腰に差し、白綱の柄に手をかけた。

 全神経が指先に集中する。訓練場の喧騒が完全に消失し、ただ、南のカルディアス内海から吹き込む微かな海風の音だけが聞こえてくる。


『剣技:紫電一閃しでんいっせん


 ――パチッ。


 静電気のような小さな音が響いたかと思うと、ユイは既に案山子の斜め後ろに立っていた。右手は静かに白綱を鞘へと戻している。


 観戦していたEランクの面々は何が起きたのか理解できず、ただ呆然としていた。ゼッペルの手帳は開かれたまま、そのペン先は一文字も動いていない。フィズィは無意識に口を開け、ルカは珍しく目を見開いていた。


「……いつのまに」

「……速い」


 シービィの呟きに、セオンが深く頷く。


「ユイちゃん、あとでマリアさんから案山子代を請求されるよ」


 ベリーパイを頬張りながら、チヅルがのほほんと言った。ユイは「ええっ! マジか!」と素に戻って慌てたが、チヅルはニヤリと笑う。


「……なんて、冗談だよ。でも、ホントに綺麗に斬れたね」

「姉御、綺麗に斬れたって、何も切れてねーじゃねーか」


 シービィの指摘通り、案山子は斬られた痕跡もなく直立していた。だがチヅルは「みてて」と言いながら、マジックポーチからスリンガーを取り出し、礫を案山子の頭部に向けて放った。


 礫が頭を掠めた、その瞬間。

 案山子の上半分が、重力に従ってスルスルと斜めに滑り落ち、砂地へと転がった。切断面は、まるで鏡のように滑らかだった。


「「「えぇぇぇーっ!!?」」」


 Eランクパーティーの叫び声が訓練場にこだまする。


「全力じゃねぇが、あたしの持ってる技の一つだ。じゃあ、次からは実践だ。……おっと、その前に」


 ユイが観戦席を見渡し、両手剣を背負った一人の男性冒険者を見つけてニヤリと笑った。


「……おい、ベクトラ。お前、ちょうどいいところに来てたな」


 ベクトラ・バンフォード。マーレンのCランク冒険者で、両手剣の使い手だ。声をかけられた彼は、露骨に「しまった」という顔をして顔を逸らしたが、ユイは逃がさなかった。


「あっちの女のコレットに両手剣のことを教えてやってくれ。お前、両手剣ならあたしより詳しいだろ」

「それはそうだが……なんで俺が」


「先月の立ち合い、一本もとれなかったよなぁ?」

「…………」


「断ったら今度は三本勝負にするぞ」

「……わかった。引き受ける」


 Cランク冒険者がDランクの少女に脅され、渋々立ち上がる光景に、シービィが「ベクトラさん、マジかよ……」と戦慄する。


 一方、反対側の観戦席では、チヅルが別の人物ににこやかに歩み寄っていた。


「ごきげんよう、ガラムさん! 久しぶりだね」

「……チヅル。嫌な予感がするんだが」


 ガラム・ニルヴァース。Dランクの実力者であり、以前古代遺跡でチヅルに装備を回収してもらった「借り」がある男だ。


「あっちのパドに、片手剣と盾の扱い方を、アドバイスしてあげてほしいんだけど、いいかな?」

「……借りの件か。相変わらず抜かりないな」


 ガラムは苦笑いしながらも、チヅルの真っ直ぐな瞳に根負けしたように腰を上げた。


「わかった。アドバイスくらいなら、嫌いじゃないしな」

「ありがとう! ガラムさん、好きだよ」

「……やめてくれ」


 顔を赤くして照れ隠しをするガラムを見送り、チヅルは満足げにベンチに戻った。


***


「まずはコレットからだ」


 ユイの呼びかけに、コレットが「いきます……!」とバスターソードを構えた。

 するとユイは「待て」と声を出す。


「あたしを本気で倒すつもりで、思いっきり来い」


 ユイが静かに告げる。


「え、でも訓練用とはいえ、当たったら骨折れますよ!?」とコレットが答える。

「ふっ、お前の一撃があたしに届いたら、今日の稽古は終わりにしてやるよ」


 ユイの挑発に、コレットが吠えた。


「では、いきますよ! はあああッ!」


 渾身の力で振り下ろされる重剣。だがユイは、風に舞う木の葉のように一歩横にずれてかわす。


「なんでっ……当たらないんですかっ……!」


 連続で振るわれる剣。しかし、ユイはすべて最小限の動きで外し、コレットの体力が削れるのを待つ。

 コレットの呼吸が乱れた、その一瞬。

 ユイがスッと懐に飛び込んだ。


「ひっ……!」


 ユイの肘が、コレットのみぞおちにピタリと当てられる。軽く触れただけだが、コレットは衝撃で思わず後ずさった。


「これが体術だ。大振りした後の隙に飛び込まれれば、剣は関係なくなる。……ベクトラ、後は頼むぜ」


 ユイに振られ、ベクトラがコレットの前に出た。彼は少し不本意そうな顔をしながらも、剣を持つと真剣な表情になる。


「コレット、お前は腕が先行している。それでは次の動きが全て読めるんだ。脚、腰、肩の順に力を乗せていく。バスターソードは最後に腕がついてくるくらいでちょうどいい」

「脚から、腰……。体全体で振れということですか!」


「そうだ。俺も最初は同じ癖があった。……それと、ユイの化け物じみた回避は、まだ参考にしない方がいい。あれは別格だ」

「ベクトラさん、ありがとうございます……!!」


 尊敬の眼差しを向けるコレットに、ベクトラは照れくさそうに「……別に、頼まれたからやっただけだ」と呟いた。


***


 続いて、パド対ユイ。

 パドは盾を前に出し、手堅いスタイルで構える。


「じゃあ、最初の一撃はあたしから行くぜ」


 ユイの木刀が、パドの盾の右端を軽く叩いた。


「……え? 盾を崩された?」


 衝撃は小さかったはずなのに、パドの体重が一瞬だけ浮き、ユイはその横を易々と通り抜けた。


「壁にするから崩せるんだよ。盾は角度だ。流す気持ちで持て」


 二度目。パドが意識的に盾を傾け、ユイの打ち込みを受け流そうとする。


 ガキンッ。


 わずかに成功した、かと思った瞬間。パドの視界が上下逆転した。


「っ……足払い!?」


 砂地に尻をついたパドを見下ろし、ユイが不敵に笑う。


「崩れた後が大事だ。盾であたしの木刀を少し崩せただろ。次に何をするか考えろ。……ガラムさん、出番だぜ」


 ガラムが腕を組みながら歩み寄る。


「パド。盾は時間を稼ぐ道具じゃない。次の攻撃を作る道具だ。木刀を崩せた瞬間に何を考えていた?」

「……凌げた、としか」


「それだ。崩れた瞬間は相手の体勢も崩れる。そこがカウンターを入れる一瞬の隙になるんだ。流したら即、反撃に転じろ」

「……なるほど。攻めのための盾、ですか」


 パドの真剣な表情を、チヅルがパイを頬張りながら見つめる。


「うまい……」

「ええ。ガラムさんのアドバイス、的確ね。Cランク目前は伊達じゃないわ」


「……あ、うん、ガラムさんもだけど。このベリーパイ、ラズベルちゃんは、やっぱ最高だよ」


 ラズベルは「……チヅルちゃん、一応ちゃんと見てる?」と呆れたが、チヅルは「見てるよ。パドくん、二回目に盾の角度が変わったのは及第点だね」と、さらりと核心を突いた。


「チヅルちゃん……そこは抜かりないのね」とラズベルはホッとした。


***


 その光景を見ていたノーアが、意を決して立ち上がった。


「……ユイさん。俺も、一本だけ頼めるか」

「……ハルバードか。いいぜ」


 ノーアが訓練用ハルバードを構え、その長さを活かして中距離から突きを繰り出す。

 だが、ユイは迷わず真っ直ぐに、吸い込まれるように間合いを詰めた。


「っ……! 近い! 近すぎる!」


 穂先が使い物にならない至近距離。ユイの木刀がノーアの脇腹に軽く添えられた。


「お前、ゼッペルの盾に頼りすぎてないか? 槍は中距離だけじゃない。間合いを詰められても攻撃はできる――パド、ちょっと来てくれ」


 ユイは訓練用の長槍を手に取ると、パドを相手に実演を始めた。


 パドは短剣と盾を構え、「では、ユイさん、いきますよ!」と声をかけた。

 それに対してユイは短く「あぁ」と答え、長槍を構えた。


 パドが一気に間合いを詰めて切りかかる。

 ユイはパドが切り込む勢いをそのまま利用し、コマのように反転。パドの側面に回り込むと、槍の柄の部分で、パドのお尻を『ペンッ!』と叩いた。


「いてっ!」


 砂地に転がるパドに、シービィが「パドがお尻叩かれたーっ!」と爆笑しながら実況を入れる。


「これは棒術の転換だ。相手の勢いを殺さずに、すんでのところでかわして、すぐさま柄で制圧する。ハルバードでも応用できるはずだ。基本的に棒術では、斜め後ろに跳ねて間合いを取り直すんだが、さっきみたいに転換したり、槍の持ち方を変えて密着状態でも取り回せるようにしたり、状況に合わせて動く。ハルバードの変態的な応用はガラムさんが詳しいから、続きはそっちで聞いてみろ」


 ユイはノーアにそういった後、ガラムの方に向き直り、「ガラムさん、ノーアを見てやってくれないか」とお願いした。


 ガラムは「変態的なとは心外だな」と苦笑しながらも、ノーアの前に立った。


「ハルバードは突く・切る・薙ぎ倒す、を中距離の間合いでこなすのが基本だが、間合いの内に入られた場合、今ユイが見せた柄での制圧も一つの手だ。至近距離の対応はいろいろあるが、このように持ち手を変えると、取り回しやすくなる。ノーア、お前の体格ならこのアレンジでやってみろ」


 ガラムは手本を見せるように、訓練用ハルバードの石突側を自身の脇に引き込み、コンパクトに構えて見せた。


「……突き一本に全部賭けていたのが、いかに勿体なかったか。ようやく分かりました」


 ノーアは己の武器を凝視し、深く反省したように肩を落とした。それを見たガラムは、内心で(突き特化のランスならともかく、ハルバードをここまで極端なスタイルに教え込んだのは誰なんだ……?)と首を傾げたが、壁際で気まずそうに目を逸らしているゼッペルを視界に捉えて、納得したように苦笑した。


「まぁ、経験の差もある。ユイが見せてくれた動きを、自分の得物でどう再現し、工夫していくか。しっかり考えてみるといい」


「……はい! ありがとうございます、ガラムさん」


***


 陽7ようななこく


 天頂の鐘が「カラーン、カラーン」と街に響き渡る。


「じゃあ、最後に模擬ゴブリン戦をやってみようか」


 ユイの唐突な提案に、Eランクパーティーの面々から「えっ!!!」と驚愕の声が重なった。


「チヅル。パイはもういいだろ。ちょっと手伝ってくれ」

「もぐもぐ……ん? わかったー」


 最後の一切れを惜しむようにして飲み込み、チヅルがユイの元へと歩み寄る。


「ラズベルも、手伝ってくれないか」

「えっ、あたしも?」


 目を白黒させながらも、ラズベルもエプロンを外してユイの隣に並んだ。


「ゼッペル。ずっとウズウズしてただろ。暁の盾が対戦相手だ。全員、訓練用の装備を持ってこい」

「!……わかりました! セラム、フィズィ、いくぞ!」


 ゼッペルの号令に、『暁の盾』のメンバーが弾かれたように動き出す。ユイはチヅルに訓練用のラウンドシールドと片手剣を二セット、ラズベルにはラウンドシールドとメイスを用意させた。


「説明するぜ。あたしたちがゴブリンになるから、殲滅してみせろ。あたしとチヅルが普通のゴブリンだ。お前らが攻撃したとき、こちらが盾で受けちまったら、そいつは倒されたことにする」

「なるほど」

「で、ラズベルがホブゴブリンだ」

「えーっ、な、なんであたしがホブゴブリンなのよ!」


 ラズベルの抗議を、ユイは聞こえなかったかのように無視した。


「ホブゴブリンは盾で受けても倒したことにはならない。だから、思いっきりやれ。……どうだ、面白くなってきただろ?」


 ユイの言葉にゼッペルの喉仏が大きく上下した。

「……っ」


「面白くなってきたね!」と言いながら、チヅルはシールドを構える。


 一方、暁の盾は、ゼッペルとノーアが前列、その後ろにセラム、最後尾にフィズィが控える盤石の陣形を敷いた。


「こちらは準備できました!」


「じゃあ、いくぞ!」


 ユイの合図で、模擬戦の火蓋が切って落とされた。


「うがぁぁぁっ!」

 チヅルが先陣を切って、ノリノリでゴブリンになりきる。


「う、うがぁぁぁっ」

 ユイが少しだけ照れくさそうに続き、


「ぐがぁぁぁっ!」

 ラズベルが予想外に迫力のある咆哮を上げて突っ込んだ。


「いいぞー、やっちまえー!」

「ゼッペルさん、落ち着いて!」

 ベンチで見守るシービィやエマたちから、野次とも声援ともつかない叫びが飛ぶ。


 ホブゴブリン役のラズベルが、凄まじい威圧感でゼッペルにメイスを振り下ろした。


 ガンッ。



「お、おもっ……!」

 訓練用のヒーターシールドで受け止めたゼッペルの腕が、その膂力に痺れる。すかさずノーアがハルバードでラズベルを突こうとするが、横からひょこっと躍り出たユイが訓練用の片手剣でそれを弾き飛ばした。


 乱戦の最中、チヅルが「うがぁぁぁっ」と叫びながら死角から現れ、後衛のセラムを襲う。

「きゃっ!」

 セラムのお尻を剣のフラット部でぺちっと軽く叩くと、その背後を振り返ったノーアの頭を、ユイの片手剣が優しくコツンと叩いた。


「うわっ」

「よそ見厳禁だぜ」


 フィズィが距離を取ろうと後退するが、そこにはすでにチヅルの影があった。

「うがぁぁぁっ」

「きゃっ!」

 怯んだ隙に、チヅルが剣のフラット部をフィズィの腹部に軽く触れさせる。


「はーい、そこまで!」


 ユイの鋭い声が響き、全員の動きが止まった。


「……」

 ゼッペルは愕然として立ち尽くしていた。無傷だったのは、チヅルたちの「ゴブリン部隊」だけだ。


「ゴブリン三体だったなら勝ててただろうが、ホブゴブリンが一体加わるだけで、お前らは全滅だ」

「はい……たしかに」

 ゼッペルがしょんぼりと肩を落とす。


 ドーレスは静かに腕を組んだ。「……連携不足だな」


「まあ、チヅルの動きは少し早すぎたが、実戦じゃ個体差もあるし、何が起こるか分からないからな。ゼッペル、お前はリーダーだ。会敵したら状況を素早く見極めて、すぐに指示を出せ。……チヅル。お前ならどうした?」


 チヅルは猫耳をぴこりと動かし、さらりと答えた。


「そうだね、あたしがゼッペルくんの立場だったら、即撤退だね。相手の力量を図って判断するのは重要だよ」


「撤退、ですか……ですが、今回は模擬戦でして……」

 ゼッペルが恐縮したように呟いた。


「どうしても戦わなきゃいけない場合だったとしたら、まず、ノーアくんとフィズィちゃんを左右に展開させて、あたしは、セラムちゃんを全力で守るかな」


「俺が……セラムの護衛に?」

「わ、私を……?」

 ゼッペルが問い、セラムはきょとんとした。


「当然、ノーアくんとフィズィちゃんは、確実にゴブリンを仕留めないといけないよ。でないと意味がないからね」とチヅルは続ける。


「まぁ、今回の敗因は、ゼッペルくんがラズリンに気を取られすぎたことだよ」


「ら、ラズリンて……」

 ラズベルが頬を引きつらせるが、ユイは深く頷いた。


「あと、フィズィちゃんは常に射線を確保すること。それができれば、もっと立ち回れたはずだよ」


「はい! 心に留めておきます!」

 フィズィが力強く答えた。


「ノーアくんはゼッペルくんを盾として期待しすぎないこと」


「……確かに、その通りです」

 ノーアは反省したように俯いた。


「セラムちゃんは、最低限の護身術を身につけておくこと……かな。敵に狙われやすいポジションなんだからね」


「はいっ! 頑張ります!」

 セラムは小さく拳を握った。


「個の力量が高くても、集団戦になれば、それを活かしきれなきゃ格下にだって負ける。だからゼッペル、お前の役割が一番重要なんだ。……まあ、そんなに落ち込むな。Eランクにしては優秀だとあたしは思うぞ。シービィやエマらと共に励めばいい。ただし無理はするな。さっきのチヅルの判断、格上を目にした時の『即撤退』という英断も、生き残るには必要だぜ」


「勉強になりました! これからはもっと研鑽を積んで、みんなを守れるようになります!」

「「「ありがとうございました!」」」


 『暁の盾』の四人が深々とお辞儀をし、観戦席からも温かな拍手と歓声が上がった。


「それじゃあ、今日の訓練はこれまでだ!」

「ユイさん、またよろしくお願いします!」

「本当に良い勉強になりました。またご指導ください!」


 口々に礼を言う若手冒険者たち。

 ラズベルだけは、ぷうっと頬を膨らませ、不満げに腰に手を当ててチヅルに抗議する。


「チヅルちゃん、ひどいよ。よりによって『ラズリン』だなんて……」

「いやー、だってラズベルちゃんの最初の咆哮、すっごい迫力があって。つい強そうな名前をつけちゃったんだよ」


 チヅルは薄紫色の猫耳をぴこぴこと弾ませながら、悪びれる様子もなくケラケラと笑う。そのままの足取りで、訓練用の剣と盾を脇に置いて汗を拭っているユイの隣へと、跳ねるように歩み寄った。


「ユイちゃん、お疲れ様。……ところでさ、今夜のご飯は何がいいと思う?」


 唐突に夕飯の献立へと話題を切り替える相棒に、ユイは一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに「……お前、ほんとにブレないな」と口角を上げた。


「そうだな、あれだけ稽古をつけた後だ。ラズベルに美味い肉料理を頼もうぜ。なんか急に腹減ってきたわ」

「だよね! いいね、肉! 決まり!」


 チヅルは元気よくガッツポーズを決めると、そのまま観戦席で立ち上がろうとしていた特別ゲストの二人にぶんぶんと手を振った。


「ガラムさんもベクトラさんも、お疲れ様。今日は本当に助かったよ!」


 チヅルが満面の笑みで労うと、ガラムは「これで少しは借りを返せたかな」と安堵の吐息を漏らし、ベクトラは「俺の立場はどうなるんだ……」と独りごちながらも、その表情はどこか満足げだった。


 訓練場を後にする十五人と二人。

 賑やかな話し声が、マーレンの午後の風に乗ってどこまでも広がっていく。

 次にこの場所で拳を合わせるとき、彼らはどんな成長を見せてくれるのか。


(……次が楽しみだね)


 チヅルは心の中で密かに呟き、足取り軽く、大好きな仲間たちと共にギルドの廊下へと消えていった。


訓練場の閑話、お読みいただきありがとうございました!

わいわいしていたEランク冒険者達が真剣に剣に向き合う姿は、書いていて楽しかったです。

ゼッペルくんが手帳を開きながらも目が離せないシーンも、お気に入りです。

そして最後はやっぱりチヅルがご飯の話をしています。

閑話三話、これにて完結です。本編ともどもよろしくお願いします!

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