■第197話:焦らないインフラ運用! ……えっ、突入の前に「非同期バッチ処理」と「nohup(バックグラウンド実行)」の説教ですか?
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【場所:天界・第1開発会議室】
「ブワッハハハハハハッ!! ユーザー様からの『システム処理速度の遅延』を突くパーフェクトなデバッグが炸裂したぞ!!」
神ドラマスは、神殿のメインモニターをバンバンと叩きながら狂喜乱舞した。
「ヒナタめ、ルーティング・ループでアンデッドの足をすり減らしたところまでは良かったが、詰めが甘い!! 足が折れて動けなくなったら、それ以上物理的摩耗は起きない! つまり、ただ『倒れた残骸』が通路に積み上がっていくだけだ!!」
開発主任の天使も、邪悪な笑みを浮かべてスクリプトを打ち込む。
「はい! コンピュータ用語で言うところの『無限ループによる処理のスタック』です! 倒れた残骸が障害物となり、後続のアンデッドの歩行速度(摩耗スピード)もどんどん落ちていきます。数がゼロになるまでには『数百年(悠久の時)』がかかる計算です! 膠着状態は全く打破されていません!!」
【場所:人間界・王都地下下水道(レッドチーム一時待避所)】
「ふぅ……なんとか体力は回復してきたな」
ウレタンで封鎖した水路の奥。アーサーは携帯コンロで沸かしたスープをすすりながら、iPad Pro の画面を覗き込んだ。
「ヒナタ殿が仕掛けた無限ループのおかげで、敵は足をすり減らし、次々と倒れて動けなくなっている。……だが、数がゼロになる気配が全くないぞ?」
「ブモォ? ちょっとウレタンの隙間から通路の様子を見てみるか」
ゴズが、封鎖した壁の僅かな隙間から、元の広場や通路の様子を覗き見た。
「……おいおいアーサー。こりゃダメだ」
歴戦のオーク戦士であるゴズが、呆れたようにため息をついた。
「どうしたゴズ殿!?」
「足の骨が折れて倒れた化け物どもが、通路に積み上がってやがる。そこに、ダンジョンの隅っこから這い出てきた野生のスライムが数匹くっついて、ゆっくり死体を溶かしてはいるが……」
ゴズは、信じられないほど気の長い光景を見て肩をすくめた。
「スライムの数が少なすぎる上に、消化が遅ぇ。1匹の化け物を完全に溶かすのに、数日はかかりそうだぞ。それが数万匹……こりゃあ、全部片付くまでに『数年』はかかるぜ」
「す、数年だと!?」
アーサーは戦慄した。摩耗で自滅させ、自然の生態系で清掃するロジックは完璧だったが、いかんせん「処理に時間がかかりすぎる(圧倒的リソース不足)」のだ。
「ヒ、ヒナタ殿ォォッ!! 作戦失敗だ!! 敵は少しずつ減ってはいるが、ペースが遅すぎる!! このままでは、親玉の部屋に行く前に我々の寿命(食料)が尽きてしまうぞ!! なんとか一瞬で片付ける魔法のアイテムか何かを出してくれ!!」
アーサーが、焦りから「ご都合主義(魔法のツール)」を要求する。
しかし、SOC(銀行)にいるヒナタは、全く慌てていなかった。
それどころか、極めてロジカルで、納期を焦る素人をたしなめるような、冷徹なため息を通信越しに漏らした。
「……はぁ。アーサーさん。誰が『今日中にリッチの部屋に行く』なんて言いましたか?」
「……えっ?」
アーサーがポカンとする。
「数万のデータ(死体)の削除と清掃。これをインフラ業界では『大容量データのバッチ処理(一括移行)』と呼びます。数万件のデータを消去するのに、システムに負荷をかけないようゆっくり処理すれば、数日、数ヶ月かかるのは『当然の仕様』です」
「と、当然の仕様!? いや、だが我々はずっとここで待ち続けるのか!?」
ヒナタは、SOCのコンソールをタイピングしながら、呆れたように言い放った。
「待つわけないでしょう。処理に時間がかかるなら、人間は『放置して家に帰る』んです」
「……は?」
「ブモォ?」
騎士と戦士が、同時に間の抜けた声を出した。
「IT業界における基本コマンド、【nohup(ノーハングアップ:バックグラウンドでの非同期実行)】です!!」
ヒナタのロジックが、地下墓地に「究極の放置宣言」を響かせる。
「現在、敵は無限ループに閉じ込められ、勝手に足を折り、自然のスライムがそれをゆっくりと溶かし続けています。これは『完全に自立して稼働する安全なバックグラウンド・プロセス』です!! 私たちが監視してようがしていまいが、勝手に進むんです! ならば……人間がその進捗プログレスバーをじっと見つめている必要など、どこにもありません!!」
「じ、じゃあ……」
「アーサーさん、ゴズさん。退勤(撤収)の時間です。あなたたちが開けたその水路から地上(王都)へ戻り、温かいベッドで寝て、美味しいご飯を食べてください。インシデント対応の『現場作業』は終了です。あとは、SOC(銀行)のモニターにアラート(進捗ログ)を仕掛けて、数ヶ月後に『処理完了(敵の数がゼロになりました)』の通知が来るまで、完全に放置(非同期実行)します!!」
「ほ、放置して帰る……!!?」
アーサーは、ITインフラの保守作業における「待ち時間の正しい使い方(非同期処理)」を突きつけられ、目玉が飛び出るほど驚愕した。
「ブ、ブワッハハハハハッ!!(なるほど!! 化け物どもは完全に手詰まりの迷路にハマってるんだ! わざわざ俺たちが地下の臭い下水道で付き合ってやる義理はねぇ!! 飯食って風呂入って、半年後にまた来りゃいいんだな!!)」
ゴズが大爆笑し、武器をリュックにしまい始めた。
「待てゴズ殿!! 騎士として、親玉を目の前にして放置して帰るなど……!!」
「帰るんです!!」
ヒナタがピシャリと一蹴する。
「人間(現場のリソース)の無駄遣いはマネジメントの恥です!! 相手が勝手に摩耗し、勝手に溶けていく完璧な『自動処理パイプライン』が完成しているのに、そこに人間が張り付く必要はありません!! いいからさっさと地上に戻って、報告書をクローズ状態にして提出しなさい!!」
「わ、わかった!! ヒナタ殿のロジック(運用方針)に従う!!」
アーサーは、ついに「焦って結末を求める勇者の悪癖」を捨て去り、BCP(事業継続計画)に基づいた正しいインフラ運用(撤収)を受け入れた。
二人はウレタンで完全に封鎖された水路から背を向け、王都の地上へと繋がる暗い道を、足取りも軽く帰っていった。
一方、その頃。
広い部屋の奥(安全圏)に引きこもっていた死霊術師リッチは、いつまで経っても戻ってこない自らの軍勢と、全く姿を見せないレッドチームに、極度の疑心暗鬼に陥っていた。
『な、なぜだ!? なぜ奴らは来ない!? そしてなぜ我が軍勢は一歩もここへ戻ってこないのだ!! 外で一体何が起きている!?』
リッチは知らない。
自らの軍勢が、無限ループの中で足を折り、数匹のスライムに数年がかりで溶かされるという「終わりのないバックグラウンド処理」にぶち込まれたことを。
そして、自分が倒すべき憎きレッドチームが、すでに地上に帰って温かい風呂に入り、ビールを飲んで寝ていることを。
「これがインフラにおける『非同期バッチ処理(放置)』の威力です、死霊術師リッチ」
SOC(銀行)で、ヒナタがモニターの電源を落としながら、冷酷に呟く。
「あなたはこれから、数ヶ月……いや、数年の間、自分がいつ攻め込まれるかも分からない、そして軍勢がいつ戻ってくるかも分からない、完全な『情報の孤立(隔離環境)』の中で、孤独に震え続けることになります。……まあ、私たちが次にあなたの部屋をノックするのは、スライムの清掃が終わる『来年の春』くらいになりますけどね」
ヒナタはSOCの戸締まりをし、「数万件のアンデッド・ガベージコレクション処理(バックグラウンド実行中)」というチケット(タスク)をシステムに登録すると、悠々と定時退社していった。
数年後か、数ヶ月後か。
システムがすべてのゴミを処理し終えた時、彼らは再び、完全に安全になった丸裸の親玉の元へと、まるで散歩にでも行くかのようにデータを抜き(フォレンジックし)に向かうのだろう。
それまで、死霊術師リッチの孤独で絶望的な「待ち時間」は、地下深くで永遠に続くのである。
【場所:天界・第1開発会議室】
『…………(あまりの放置プレイに言葉を失う)』
神ドラマスは、自分が設定した「ゼロになるまで時間がかかる」という絶対的な物理条件が、まさか「じゃあ帰って寝るわ」という最もリアルなインフラエンジニアの運用で突破(放置)されたことに、静かな敗北感を噛み締めていた。
『都合よくスライムが全部食うわけがない、すぐリッチの部屋に行こうと焦るなというユーザー様の完璧なデバッグが……「はい、時間がかかるので一旦帰って数ヶ月放置します(非同期処理)」という、最も身も蓋もない真理へと昇華され……』
『敵の親玉であるリッチが……「いつレッドチームが来るか分からないまま、真っ暗な部屋で数ヶ月間孤独に放置される」という、物理攻撃よりも遥かに残酷な精神的拷問(隔離)を受けることになってしまった……』
ドラマスは、深く、長く息を吐き出すと、もはや「納期を焦らず、システムが仕事をするのを家で寝て待つ」というインフラ運用者の絶対的な胆力の前に完全降伏し、通販サイトで「長期稼働バッチ処理の監視とnohupコマンドの運用」の専門書を即座にポチり、自らの神殿のプロット構成を、いかなる長期放置プレイにも耐えられる完璧な非同期アーキテクチャへとアップデートするための、終わらない設計作業に戻るのだった。
(第197話・完)
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