【3-4-2】
「……気持ち悪い」
「あーもうほら。大丈夫? お水あるドミニク?」
「仕方ないのう。ほれ。それと胃薬」
「ありがと。ほらイオリ飲める?」
『ゔあ゙ぁ゙ー頭が割れる……』なんて言っているのはイオリであからさまに調子が悪そうにしている。
「……全くもう。お酒あんまり飲まないなら強がらなくたっていいのに」
昨晩は長く話し込むことになるかと思ったのだけれどそうはならなかった。というのもグビグビとお酒を飲み合った結果、早々にイオリが潰れたのだ。あんな如何にも飲めますみたいな雰囲気を醸し出していたものの、実際はまだまだ子供だということなのだろう。
「うるせー……。回復したら覚えとけよ」
「いや恨まれる覚えもないんだけど」
勝手に飲んで勝手に潰れたんだからむしろ振り回されたこっちの身にもなって欲しい。ベッドとか占領されたわけだしさ。
「ま今日は一日休んどきなよ。そんなすぐには回復しないでしょ? あなんか胃に入れといた方が二日酔いは回復しやすいよ?」
『……食い物なんて想像したくもねー』なんて返される。まあ気持ちは分からないでもないけどね。
「まあ好きにしなよ。でさ、ドミニク?」
「え、ワシ?」
「……そうだよ。他にいないでしょーが」
自分が呼ばれるなんて露にも思っていなかったという表情だ。
「アダムさんも朝からいないし。イオリもこんなんだしアンタに頼むしかないでしょ」
『別に私だってしたくてしているわけじゃない』と補足する。
「そ、それで、ワシに何をしろというのだ?」
「簡単な事だよ。色々案内してくれる?」
リーザを助けに行くにしてもまずは諸々の情報収集からだ。ただドミニクは見るからに嫌そうな表情をしていた。
「……そんな嫌そうな顔しないでよ。別に取って食べやしないからさ」
「し、しかしだな……」
「ほら、アンタには手を出さないって。約束するからさ」
私は両手をあげて敵意がない事をアピールする。ドミニクはそれでもまだ渋っていた。
「……アンタがあんまり好意的な反応をしないのならそれでもいーけどね。ただ覚悟はしておけよ? 後から後悔しても遅いからな」
なんて柄にもなく脅しを掛ける。彼はまるで魚のように口をパクパクと開けたり閉じたりしていた。
「……リム。やめてやれよ。別にそのオッサンはそういう意図じゃない」
話すのも怠いという様子だがイオリが私たちの会話に入ってくる。
「擁護するわけじゃないけどな。誰かを連れて行くのに問題はない。ただアンタである事が問題なんだ」
「……なにそれ?」
「つまりは変装なり何なりしろよって話。であればオッサンも文句ねーだろうさ」
その言葉にドミニクはブンブンと首を縦に振っている。イオリは『じゃあ後は好きにしろ。オレは少し寝る』と言って横になった。いやそれ私のベッドなんだけど一応。
まあでもなるほど言いたいことは分かった。私がもしリムであるとバレたら相当に厄介だと言いたいのだろう。
「じゃドミニクさ。顔隠せるもの用意してくれる?」
「分かった。それなら文句はないわい……」
それでもこのオッサン、かなーり嫌そうだったけどね。
私は厚いローブを纏い、フクラーランの街中へと進む。昨日着いた頃にはもう夜中だったため周囲をあまり見通せなかったが、今は鮮明に辺りの景色を見る事が出来た。
「……これがフクローラン、アヌ教の総本山かぁ」
目の前には煉瓦作りの家々が立ち並んでおり、色褪せた色味や傷跡は歴史を感じさせる。この季節でも気温は低く足元には雪が積もっていて、誰しもが厚手の服を着ていた。
「それであれが目的地なわけね」
ここから距離はあるものの遠くには一際目立つ大きな建物が見えた。あそこにきっとリーザがいるのだろう。もう目と鼻の先だ。今すぐにでも辿り着く事ができる。
「ほれあんまり顔を出すな。お主の容姿は些か目に付く」
ドニミクに嗜められ私はローブのフードを被り直す。
「……これでいーでしょ。でも赤い髪ってそんな珍しいわけ?」
「いないことはないが多いともいえん。それに今のフクローランは少し様子が違うからの。下手な騒ぎは避けたいじやろうが」
それはごもっとも。ここに着て使徒に追いかけ回されるのはゴメンだ。
「それでお主は何を見たいんじゃ? 別に観光をしにきたわけでもなかろうて」
「ひとまずあの建物に向かおう。道順やらを見ておきたい」
『ほら案内して』と言うと彼は嫌そうにしながらも先導してくれる。何やかんやで素直な辺り、確かに思ったよりも悪いやつではないのかもしれない。
「そういえばアダムさんはどうしたの? 今朝いなかったよね?」
私は歩きながらにドミニクに話しかける。途中途中に通りすがりの人に見られたけれども気に留める人はいなかった。
「アダムなら使徒としての仕事があるからの。朝早くから出かけていきおったわい。それとあまりベラベラ話すなよ? アイツとワシらが繋がっている事も知られたら不味い」
にしては昨日は随分と砕けた関係だったように思えたけれども。
「というか今更だけど、アンタやイオリだってバレたら不味いんじゃないの?」
アダムはともかく、イオリは元使徒でアダムは元教徒。昨日の話振りからはこんな堂々と歩いてていいのだろうか。
「イオリは駄目じゃな。お主と同じでそのままでは出歩けん。ただワシは別に使徒であったわけでもないし、そもそもあまり身構える必要もない。念の為、名前も変えとる。何かあった時に備えてアヌ教内に協力者も作ったがな。
『ふーん』とそんなもんかと返事をする。
「なぁ。ワシからも聞いてもいいか?」
「ん。なに? 改まって」
ドミニクは立ち止まり周りを見渡す。
「ほら。別に誰もいないよ」
それでも彼は警戒しているようで声を顰めながらに私に質問をしてきた。
「……あの村が滅びたというのは本当かの?」
それはスチャーチェの村を言っているのだとすぐに気づいた。
「……本当だよ。オルダークさんも誰も彼も、使徒に殺された」
『そうか……』とドミニクは沈んだ声を溢し俯く。
「……ねえ。昨日はちゃんと聞かなかったけどさ、アンタはどういう関わりだったの?」
そもそもドミニクとあの村の関係性を細かくは聞いていない。村人ながらに外に出ている商人という情報しかないのだ。
「……ワシは言った通りアヌ教を随分昔に抜けた。そして一時的にあの村に世話になっていた。そのまま住むという話も出たがあの暮らしはワシにゃ耐えられん。ただ受けた恩は返そうとあの村へも行商をしとった。それだけじゃよ」
「……今回村に来るのが遅れたのは?」
「最近はどこにでも使徒がおる。奴らの様子を伺っていたんじゃ。ほとぼりが冷めた頃には村へ行くつもりじゃった」
「……にしては随分とお楽しみだったみたいだけど?」
「それは! いや、そうじゃの……。まさかこんな事になるなんての」
これ以上彼に噛みついた所で意味もないだろう。確かに彼はあの村の人達の事を悼んでるように見えた。
「じゃあほら進んだ進んだ。あともー少しでしょ?」
実際はまだまだ距離はあるが、私は目的地へと足を向ける。ドミニクも『分かってるわい』と言いながらに着いてくる。
彼があの村とどんな関わりがあったのか、どんな事情で現在に至っているのか、今の想いも別にこれ以上深く聞くつもりはない。
ただあの村は私に取っても居心地のよいものだった。一時的には家族のようにすら思えた。それを滅ぼされた事はけして許せやしない。
報いは受けさせる。それだけは間違いない事だ。




