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異世界転生したら、世界の敵になりました。【続】  作者: 篠原 凛翔
【第3部】 うつろわざる世界

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【3-3-4】

 イオリはライラ様の一人娘です。ライラ様ご自身は使徒なのですが、ただお父様はアヌ教徒でもないという少し珍しい御家族でした。


「ええ。こんばんは。寝ていたでしょう? ごめんなさい」


 イオリは申し訳なさそうにその切れ長な瞳を伏せます。私は慌ててそれを否定します。実際に寝てもいませんでしたし。


 彼女は私にとっての幼馴染とも言える存在で昔からの大の仲良しです。それに私にとっての自慢でもありました。武芸に優れ、近い年齢とは思えないほどに気位が高い。他の方には珍しいその長く綺麗な黒髪もまた彼女を象徴するものでした。


「ひとまず中へとどうぞ? 何かお茶を出しましょう」


 ダリアお母様がお二人を家の中へと招きます。しかしイオリのお母様は首を横に振りました。


「……いえ。ダリア様実はご挨拶にだけ伺ったのです」

「……挨拶でございますか?」

「ええ。お別れの挨拶、でございます」


 それは一体どういう……? 私は予想だにしない言葉に驚いてしまいます。イオリを見ると少し困ったような笑みを浮かべていました。


「そう、ですか……」


 対してお母様はまるで想像していたかのようでした。


「いつ発たれるのです?」

「この夜にここを離れます。主人が近くで馬車を用意しておりますので」

「……くれぐれも気をつけて下さいね。この言葉を送るのが適切かは分かりませんが、貴方方にアヌ神のご加護がありますように」


 その言葉にライラ様はニコリと笑います。


「ありがとうございます。ダリア様。貴方にもご加護がありますように」


『勿論。リーザ様も』と目線の高さを合わせて、そうおっしゃって頂きました。でも私はまだ理解が追いついておりません。何か、何かを言わなければとは思うのですがでも言葉がでできません。


「……お母様? 少しだけお時間頂いても宜しいでしょうか?」


 ずっと口を閉じていたイオリですがおずおずと会話に入ってきました。イオリのお母様から『少しだけですよ?』と受けたイオリは私の手を引いて少しだけ離れた場所へと私を連れ出しました。

 

「……怒って、いますか?」


 ……え?


「だって、ずっと一緒にいるって前に約束したじゃないですか」


 えっと、確かにそれはそうですけれど……。ごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって……。でも怒るなんてそんなことあろうはずがありません。


「怒っていないのならよかったです……。だって、私にとってリーザは唯一のお友達なのですから」


 私もそしてイオリも、少し浮いた存在ではありました。私は魔法の素養が全然ないこと、イオリは使徒ではない父親を持つこと。こと彼女に関していえば、周りは表面上は気にしていない様子ではありましたが、本人にはその悪意は分かってしまうものです。そんな私達が仲良くなるのに然程も時間は掛かりませんでした。


 それからは何かあれはイオリと一緒。遊びに行くのもお買い物も。最近は少し忙しくて時間も取れませんでしたけれど、ずっと一緒だなんて子供じみた約束もしていました。


「……実はお母様にはどうしたいか聞かれたのです」


 聞かれた?


「ええ。この国を抜けるかどうかについて……」


 その言葉に私も戸惑ってしまいます。なんて伝えてあげるのがいいのか皆目見当が付きませんでした。やめた方がいいと言うべきなのでしょうか。アヌ神の怒りを買う。死後に救いを得られなくなってしまう。……そういうべきなのに、また私は口を開けませんでした。


「でも、私は自分で選んだのです。この国を出るって」


 遠くを見つめるイオリの瞳には強い決心が宿っていました。でも、なんで? どうして? 私の疑問はつきません。


「何故? と思っていますか?」


 それは、そうですよ。だって……。


「ごめんなさい。リーザ。やっぱり謝らせて下さい」


 彼女は私を抱きしめてくれました。イオリのいつもの甘くも爽やかな香りが鼻を擽ります。


「……私は、いつかこの国を出たいと思っていました。アヌ教からも離れて本当に自由になりたいと」


 イオリはせきを切ったように話し始めました。


「リーザも考えたことはないですか? 緑一色の草原。青々と輝く海。美しい建造物。趣向を凝らした食べ物。それらを自由に見て、感じて、そうしてみたいとは思いませんか?」


 私だって、それは……。でもそれを望むことはアヌ神の教えに反するものです。


「……私達はこの世界の何も知らない。なんでこんなにも制限されなければならないの? アヌ教の教えで私は自由に生きる事も許されないの? ねぇどうして?」


 そんな、そんな事……。だってそうやって生まれて生きてきたじゃないですか。それをこれからも続けていくって、そうする事でアヌ神に還ることが出来るって。


「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。私はせめて自分の人生は自分で決めたい」


 そんな事考えた事もないです。でも、やっぱり駄目です。私達はアヌ教徒なのですから。


「――私達がそうでなけらばならないって、誰が決めたの?」


 その言葉に私は何も言えなくなってしまいました。そうするとフワリとイオリは笑みを浮かべました。


「……ごめんなさい。唐突でしたね。忘れてください」


『もう時間がありませんね。どうかお元気で。リーザ』とイオリはその場を立ち去ろうとします。


 でも、なんだか胸騒ぎがしました。このままに別れてはダメだとそんな気がしたのです。


 イオリ!


 私が声を上げると、彼女は驚いたような表情を浮かべこちらを見ました。


 ずっと、ずっとお友達ですからね!


 そういうと、彼女は笑って『ええ。勿論』なんて返してくれました。


「……ふふっ。外の世界できっと会いましょう? 美味しいもの、綺麗なもの、ぜーんぶ一緒に食べて見て、楽しみましょう? 素敵だと思わない?」


 ……そんなのアヌ神が許すでしょうか。不敬ではないでしょうか。


「この世界はずーっと広いんですのよ? アヌ教でもない人も沢山いるのですしそれに神様ならこんな些細な事をくらい許してくれたっていいでしょう?」


 その言葉に笑ってしまいます。そんな事言う人今まで見た事ありません。


「……名残惜しいですけれどそろそろ行かないと」


 本気で、行くつもりなんですね。


「ええ。まずはフクローランから離れて、バルディアに行こうかと思っています」


『あ、色んな人がいるので口調も変えようかと思っているんですよ? 男性口調がオススメだとか』と言われますが、そんなのどこで聞いたのでしょう。それにイオリがそんな口調をする姿を想像できませんが。


「ふふっ。次に会う時にはすっかり変わっていますよ? ……期待してろ? なんて」


 あはは。似合わないですね。でも楽しみにしています。


「ええ。ではこの辺りで。リーザ。きっと、きっとまた会いましょう。私待ってますからね」


 ええきっと。私は手を前へ差し出します。イオリはそれを握り私たちは別れました。


 こんなこと言ってはいけないのでしょうが、どうかアヌ神のご加護がありますように。


 なんて言うとイオリはまた笑っていました。


 そして待っていたお母様達に謝りイオリとイオリのお母様を見送ります。


 どうか。どうかお元気で。私は何度も何度もアヌ神にお祈りしました。彼女達が幸せでありますように。守ってあげて下さいと。


 お二人の背が見えなくなるまで見送り部屋の中へと戻ります。遅い時間だったためにすぐに寝つきます。


 その日は夢を見ました。どことも知らない国で二人美味しいお菓子を食べる。そんな細やかな夢、でした。


 ――翌日イオリ達が処刑されたという事を知りました。

 

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

この物語が、ほんの少しでも心に残ったなら――

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