【2-3-4】
「……はぁ」
レナードがため息を吐いている。『結局こうなってしまいましたか』と言う声は私にだけ聞こえる大きさで、困ったと言う割にはどこか楽しそうだった。
「……なんだ貴様は?」
ラフィエルは突然姿を現した私に困惑していた。
「今まで話を聞いていたのか? ……レオナルド?」
責めるように彼はレナードへと顔を向ける。しかし案外気付かれないものだ。標的そのものが目の前にいるというのに。
「……さてどう説明したものか」
レナードは顎に指を当てながらにそんな事を言っていた。ラフィエルはその様子にイライラとしている。
「……君の仲間か? 盗み聞きとは随分と躾がなっていないな。良い教育を受けてこなかったのか?」
「まぁそんなところです」
レナードは否定するでも肯定もしない。
「……それでお前は何の用だ? 確か、もういい。なんて言っていたか?」
『誰に向かって口を聞いている?』と明らかにこちらへプレッシャーを放っている。どこの誰かも知らない相手にそんな事を言われた事が大層気に食わなかったらしい。
だがそれはこちらも一緒だ。私はリーザの過去を知らない。私が知っているのは会ってからの彼女だけ。でもリーザは私にとっての家族だ。それを貶されて黙っていられるわけがない。
「……リーザはね。確かに魔法の才能はなかったよ」
「……何を?」
突然の言葉に、ラフィエルを初めとしたアヌ教徒達は困惑した表情を浮かべた。
「ただ必死に練習してる。今は少しくらいの氷の塊なら出せるはずだ」
「……なんの話だと聞いている」
「それにね、あの子が笑わないなんてない。言葉は聞いた事ないけど表情はコロコロ変わる。嬉しい時、怒った時、悲しい時彼女は真っ直ぐに自分の感情を曝け出してる」
「だからお前は――」
明確に、黙れと視線を送る。ラフィエルはたじろぎ言葉を止めた。
「下賤な血なんて言っていたけれど、私からすればアンタが何様だよって話し。それに、じゃあ私は何になるのかな?」
この身体に流れるスーニャの魂は純粋なこの世界のものではないはずだ。であれば下賤以下? ふん。上等なもんだ。
「それになんだっけ? 罪を洗い流すだとか。自由になることの何が罪なんだか。全く器の狭い神様だね」
その言葉でアヌ教徒達の雰囲気が変わる。レナードは呆れた表情だったがやっぱりどこか愉快そうにしている。
「……神を侮辱するのは赦されんぞ?」
「ふん。ならこっちも文句言ってやる。……リーザを侮辱すんなよ?」
互いの怒気が辺りを包む。空気が張りつめていく。
「お前が誰だか知らんが、なぜそうまでリーザの肩を持つ?」
「……まだわっかんないかなぁ。これ出したら分かる?」
私は手を前へと出し、炎をゆらめかせる。
「アンタ達がそもそもここまで来た理由は?」
その炎は私の体にも広がり続けやがて全身を包み込む。
「リーザを許せないとか言っていた理由は?」
バッと手を振り炎をかき消す。
「……貴様、まさか――」
当初困惑していただけのアヌ教徒だが驚愕の色に移り変わっていく。『まさか。信じられない』なんて言葉を溢している。まったく本当に気づくのが遅い。
「そう。私がスーニャだよ」
――さて、もう隠し立てする必要もない。好き勝手にならせて貰おう。
「……ッ!!」
一瞬の間が空き使徒達は即座に反応した。武器を抜くもの。魔法を唱え始めるもの。それぞれが自分の役割を果たそうとしている。ただ彼らは確かに私に対して、明確な殺意を持っていた。
私は彼らをひと睨みする。そして彼らへとゆっくりと近づいていく。私の動きにいちいちビクッと動く姿はなんだか滑稽で薄ら笑いを禁じ得なかった。
「……ほら? 念願のスーニャが目の前にいるわけだ。お気持ちくらい聞いておこうか?」
意地の悪いことを言っていることはわかっている。でも自分を抑える事ができない。いや抑えようともしていないのだけれど。
「……」
目の前のラフィエルは俯いてフルフルと震えている。
「なに? 驚きすぎちゃって声も出ないとか?」
はっ。あんなにも偉そうなことを言っていたというのに、今更ビビっているのか? 所詮は口だけか。
――なんて考えはすぐに打ち消される。ここにきて、私はようやく使徒という存在を理解する。
ラフィエルが顔を上げ、ギョッと反応してしまう。それは、涙で顔中を濡らし喜びに満ち溢れた表情を浮かべていたからだ。
「――なんたる僥倖。これこそアヌ神のご意志か」
「……いったいどこら辺が僥倖なんだか。とっとと目を覚ました方が自分の為だと思うけどー?」
彼らの中の一人の女性が、私に短剣を突き刺そうと駆け寄ってくる。私はそれをいなす。攻撃自体は大したことは無い。問題なく捌けるレベルだ。私も剣を振るう。
まだ殺すつもりはない。まずは無力化させ改めて話を聞こうと思っていた。……思っていたのだ。
私が振るった剣は、向かってきた相手をそのままに切り裂いた。
鮮血が飛び散る。私は目を見開く。避けるなり防ぐなり出来る攻撃だったはずだ。なんでそうしなかった? いや、――そんな事の一切を考えていないのだ。
グサリと音が鳴った。私の体に短剣が突き刺さった音だ。彼女は私に切られた筈なのに、動く事なんてあり得ない筈なのに、傷を負った事など意にも介さずに攻撃を続けた。
「クク、あははっ。やったやったやった。私がスーニャに剣を刺した。これでこれでこれでこれで私は赦される。やっとやっとやっとこれで」
私は彼女を払いのける。自分の身体に炎が広がり傷が癒える。彼女はノロノロと立ち上がり、再度私にその身をぶつけてきた。
「なん、なんなんだよ!? アンタ!?」
再度剣を振るう。炎を放つ。ただ彼女は傷を負っても炎で肌が焼かれても、その生命が絶命するその瞬間まで躊躇いもなくまっすぐに此方へ向かってきた。
そしてそれは彼女だけではなかった。その場にいる使徒達は全て、自分が攻撃を受けるのを厭わず、毛ほども気になどしなかった。恐らく、自分の生命すら気にも留めていないのだ。
――戦いは、彼ら全員が死ぬまで続いた。
これが私が、使徒がどういう生き物なのかを知った瞬間、だった。
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