港湾都市国家 ヘスベリア
キンメリア大陸内の都市国家の国境警備は、拍子抜けするほど緩かった。
警備兵の姿はあるものの、ただ立っているだけだ。 アルプの解説によれば広域犯罪組織を警戒しているらしいが、実態はただの「役人天国」といったところだろう。
ハッピーカムカム号から衛星を経由しての情報ネットワーク。 どこでも情報が取り出せるのは助かる。
ゆるやかな丘陵地帯を越えた瞬間、一気に視界が開けた。
「おお!! 海だー!! いつ見てもテンション上がるよね!」
助手席のサナエさんが身を乗り出して叫ぶ。
「確かに……」
潮風がフロントガラスを撫でていく。 惑星内の豊かな自然の雄大さには、いつだって心を惹かれるものがあった。
『海沿いに広がる町が、ヘスベリア地域のベイエリアになります』
運選手のアルプの声が、車内に響く。
「外から見た感じだと、そこそこ栄えている?」
『ごく標準的な漁師町ですね』
「ねえ、早く行こうよ。何か美味しいものあるかな? プロメンテの乾燥栄養食、もう飽き飽きなのよ」
カーゴのタイヤが荒れたアスファルトを噛み、ゆっくりと街へ下っていく。 活気溢れる大都市とは言えない。
そこそこに栄え、そこそこに錆びれている。だが、ここには確かに人々の「日常」の匂いがあった。プロメンテのような捨てられた街の荒廃感がないだけでも、儲けものだ。
「アルプ。今日のキャンプ地を探してくれ。カーゴを横付けできる宿があればベストだが」
『了解です……該当施設を発見。ナビを切り替えます』
やがて見えてきたのは、潮風に晒されてペンキの剥げた建物群だった。一目でそれとわかるモーテルだ。
「えー、あそこー?」 サナエさんがあからさまに唇を尖らせる。
「贅沢は言えません。うちの会社は絶賛借金返済中なんですから」
「確かに……まっ、いっか」
あっさりと引き下がるのが彼女の良いところだ。
駐車場にカーゴを止め、フロントで宿屋の親父に交渉する。 滞在予定は一か月。 まとまった金額を提示すると、親父の渋い顔が途端に綻んだ。
各人の部屋を割り振るが、アルプとサナエさんは同室になる。
「なんでよー!」
とブーブー文句を言うサナエさんを無視して鍵を渡す。
この街に大規模な投資を行うべきか否か。1か月の滞在期間でそれを見極める下準備が必要だ。
タツマは、自室に入ると、ベッドに腰掛けて思考の整理を兼ねて端末に打ち込んでいた計画を見返す。
・住民の生活模様
・都市の経済規模の実態
・港および船舶の規模と隻数
・漁獲高
・治安状況と潜在的リスク
どれも少し調べれば分かる内容かもしれない。しかし、実際とデータでは乖離がある場合もある。
現地に足を運び、実情を知り、内情を掴み、成長度合を考慮しなければ投資資金が吹き飛ぶ恐れがある。
―― これ……商会の仕事か?
僅かな疑問も過るが、とにかく、金を稼がないと色々面倒なことになりそうなので持てる力を可能な限り使っていく。
ある程度、 区切りがついたところでドアが叩かれ、サナエさんとアルプが入ってきた。
「で、私たちは、明日から何をすればいいの? 」
まとめた計画書を二人の端末へ転送する。 アルプには主に統計データの収集を割り振った。
『タツマ。 質問です。この“実態”という項目が不透明です。公的な統計データで十分ではないでしょうか?』
「数字に出ない“街の空気感”だよ。 貧しくても穏やかなのか、活気があっても荒れているのか。 その場に身を置かないと見えない情報がある。 特に一番最後の“治安”に関わってくるんだ」
サナエさんが首をかしげる。
「治安を詳しく調べる理由は?」
「ここは港町だ。交易路にはいつの時代も悪党が群がる。治安が悪ければ、袖の下を要求されたり事業を妨害されたりするリスク跳ね上がるからね」
「へえ、じゃあ悪い奴らを見つけたら排除しちゃっていい? 今の私たちなら余裕でしょ!」
サナエさんは不敵に笑うと、シュッ、シュッと風を切ってジャブを打ってみせた。
その瞬間、俺の空気を変える。意識的に視線を鋭くし、低い声をぶつけた。
「相手の底も見ずに、自分の力を過信させるな。……過信は死を招く。これは『経験者』からの本気の警告だ。アルプ、お前もだぞ」
一瞬で場が静まり返る。
「……おお、こわっ」
サナエさんが引き気味に肩をすくめ、アルプのセンサーが淡く明滅した。
『了解しました。慎重に行動します』
「よし。説明は以上だ。明日から本格的に調査を開始する。今日は移動の疲れをとってくれ」
二人が部屋を出ていくのを見送り、タツマは一人、再び端末に視線を落とした。 マールスの夜は、静かに、そして深く更けていく。
*
まぶしい朝日が瞼を叩く。 宇宙船の無機質な定時照明とは違う、本物の太陽の光。 地に足をつけて生きている実感が湧く、贅沢な瞬間だ。
階下のダイニングへ下りると、何かを焼く香ばしい香りとハーブの芳香が漂ってくる。朝食付きのプランにして正解だったらしい。
テーブルの隅に腰掛け、ローカルラジオから流れるカントリー風の音楽に耳を傾ける。
「あ、タツマ! おはよー!」
サナエさんは、アルプを連れてこちらに向かってくる。
―― 朝からよくそれだけ元気が出せるな、この科学者は……
心の中で苦笑しつつ、暫くしてテーブルに朝食が並ぶ。
焼き立てのブレッドを口に運びながら本日の予定を告げた。
「サナエさんとアルプは新市街。 こっちは、旧市街を担当だ。 それとこの地域の法律では武器の所持が認められている。 念のため、サナエさんには、これね」
タツマが、小型の護身用ハンドガンをテーブルの上に置く。
「えー。アルプが一緒だから要らないと思うけど」
「保険だ。それにマールス人の中には、トークンやAIの存在を極端に嫌う連中も多い。 襲われる可能性もある。 自衛のための武器だ。 撃ってもケガまでの威力になっている」
「……りょーかい」
渋々といった様子で銃を腰のホルダーに収めると、彼女はアルプを連れて一足先に新市街へと繰り出していった。
こっちも手早く準備を整え、徒歩で旧市街を目指す。 街並みを観察しながら歩くが、バラックのようなスラムは見当たらない。路肩にゴミがうずたかく積まれている様子もないな。
コンバットスーツを着込むほどではないと判断し、私服の上に道中合羽を羽織り、隠しホルダーに銃を忍ばせる程度にとどめた。
―― 廃れている割には、拍子抜けするほど平穏な港町なのか……?
太陽が高く上るにつれ、街は少しずつ熱を帯び始めていた。 開店準備を進める食料品店や衣料品店。
どこも地元住民向けの店ばかりで、観光客を狙ったような派手さはない。 日向で身を寄せ合い、楽しそうにお喋りに興じる老人たち。
足元には見慣れぬ小動物が毛を丸めている。 惑星や文化が変わっても、平和な地方都市の風景というのは大差ないらしい。
……ただ、それなりに視線は集める。 いくら旅慣れて見えるとはいえ、合羽姿のよそ者はやはり浮く。
旧市街に入り、古びたレンガ造りの街並みを歩いていると、背後から硬い足音が近づいてきた。 「そこのあんた、ちょっといいか?」
見返すと、自動小銃を肩から下げた治安隊の二人組が、こちらを鋭い目つきで見下ろしていた。 「ここらの顔じゃないな。何しに来た?」
(……ただの見回りで自動小銃を持ち歩くかね。物騒なことだ)
心内で呟きつつ、俺は極めて無害で柔らかな笑みを浮かべた。ポケットから手帳を取り出し、提示する。
「どうも。私は惑星間貿易商を営んでいる者です。この街での事業展開を検討していましてね。 今日はその下見に伺いました」
貿易商の正規許可証と、マールスへの滞在許可証。二つのホログラム印章を確認した警官の一人が、眉をひそめた。
「わくせいかん……ぼうえきしょう? なんだそれ」
(よし食いついた。説明して差し上げましょう)
・
・
・
「へえ、別の星からねえ。 でもこんな田舎の港町、何もありゃしないよ」
素性が証明されると、二人の肩からすっと力が抜けた。
―― このまま話を引き出すか
「そうですか? 私はとても魅力的な街だと思いますがね。こうしてゆったりとした時間が流れていて、旅の疲れが癒やされるようです」
―― 自動小銃を担いだ男たちに囲まれながら言うセリフじゃないが……まあ、地域に入ったらその街へのリスペクトを見せるのが商売の鉄則だ
治安隊の一人が吐き捨てるように笑った。
「……まあ、よそ者にはそう見えるかもな。だがこの町も色々抱えてるのさ。俺たちがこうして重装備で見回らなきゃならんくらいには、裏じゃ荒事も多くてね」
「おい! 余計なことを喋るな!」
もう一人が制止に入るが、俺は知らん顔で言葉を重ねた。
「いやあ、商人としてはそういう生の情報こそありがたいです。そういえば道中の道路もずいぶんと荒れていましたが、この街の物流や物価の安定度はどうなんでしょう?」
制止した側の治安隊員が、再び目を細めて俺を睨みつけた。
「……あんた。なんでそこまで細かく探る?」
―― しまった、少し踏み込みすぎたか。だが、ここで動揺しては素人だ
「商人ですからね。仕入れと販売の計画を立てるのに、現場のインフラチェックは絶対条件なんです。隊員さんも作戦前に敵地の地形を確認するのと同じですよ」
「……フン、まあ、言われてみればそうか」
論点をすり替えて納得させると、緊張感が再び薄れた。
―― よし、一気に押し込むか
「どうでしょう。今夜、街の酒場で一杯お奢らせてもらえませんか? この街の『ルール』をもっと勉強させていただきたいんです」
「ほう、物分かりがいい奴だ。気に入ったよ。三番区に『バル』がある。夜になったら顔を出しな」
「ありがとうございます。楽しみにしていますよ」
まずは情報源を確保。
夜まではまだ間がある。もう少し街を歩いてみるか。
旧市街の建物は、歴史的価値があるというよりは単に老朽化しているだけだった。 昼間の人通りを見る限り、それほど危険は感じられない。 新市街の方はどうなっているだろうか。
端末を取り出し、サナエさんへ通信を飛ばす。
*** ☎ 通信開始 ***
≪サナエさん、そっちはどんな感じ?≫
≪別に〜。ガラス張りのビルの間を歩いてるだけ。あ、さっき警邏中の治安隊に絡まれたわ。トークンを連れてるからかしら?≫
≪ああ……ユピテル教の勢力とか?≫
≪教徒じゃなくても、マールス人ってトークンやAIに偏見を持ってる人が多いじゃない? テラみたいに『みんな自由で平等!』って価値観なら楽なんだけどね≫
―― テラだってそんなに愛と平時に満ちた理想郷じゃないんだけどな……
≪それは苦労するね≫
≪あ、あとナンパがすごいの! トークンが横にいるのに平気で声をかけてくるんだから。だから、アルプに対して街の人たち全体から露骨な差別を感じるってほどでもないかな≫
―― はいはい、ナンパが多い自慢ですね。ありがとうございました
≪……いま自慢とか思ったでしょ!≫
―― 電話越しでそこまで勘が鋭いのもどうかと思うが。
≪それで、ナンパ以外の成果は?≫
≪特に……あ、アルプ、何か拾えた?≫
『はい。通行人の会話を解析した結果、新市街の住民は旧市街に対して強い反発を抱いているようです』
≪へえ、どうして?≫
『新市街側は、同じキンメリア大陸の海洋国家ティレナとの貿易を推進したい考えです。しかし旧市街側は、対立しているサバエア大陸との交易路を維持しようとしており、開発計画が頓挫しているのが原因のようです』
事前情報ではサバエアとキンメリアの国境線は冷え切っているはずだったが、現場レベルではそう単純な話でもないらしい。
巨大な大陸同士だ、一括りのイメージで語るには無理があったか。
≪ちょっと、そんな情報どこで手に入れたのよ?≫
『周辺の音声データを盗聴いたしました』
≪ずるーい! 私にもその情報を教えなさいよ!≫
スピーカーの向こうでサナエさんが騒いでいる。 やがて仕切り直すように咳払いが聞こえた。
≪……というわけ。あんたの「現場を歩く」って着眼点は当たってたみたいね。これからどうする?≫
≪こちらは、このまま旧市街の聞き込みを続ける。 時間が来たら先に宿へ戻って休んでいてくれ。 今日は少し遅くなる≫
≪りょうかーい。無理しないでね≫
*** ☎ 通信終了 ***
通信を切り、俺は再び旧市街のざわめきの中へと足を踏み出す。




