第41話 一瞬だけ
「次はコスメですね! どうします? デパコス見ます?」
服を購入した後、フロアマップを見ながら栞がそう聞いてきた。1階にはデパコスのカウンターが入っていて、4階にはプチプラコスメを多く扱う雑貨屋が入っているらしい。
私が持っているコスメは安い物ばかりで、高いコスメに手を出したことはない。中学生のすみれがすすめてくれた物はどれも安価な物だったから。
服も買ったし、金銭的に余裕はないけど……。
「栞はいつも、どんなの使ってるの?」
「いろいろですよ。自分で買う時はプチプラが多いですけど、もらい物でいくつかデパコスもある、って感じですかね」
「なるほど……」
「先輩、私とおそろいがよかったんですか?」
嬉しそうに笑うと、栞は手を繋ぐんじゃなくて、胸を押し付けるように強引に腕を組んできた。
私の腕で形を変える胸に一生懸命意識を集中させてしまう。そんな私を見て、栞がくすっと笑った。
「まずは4階に行きましょうか。私、先輩に合うの見繕ってあげます!」
「物によってそんなに違う?」
「違いますよ! 発色とか、色味とか! 先輩は美人なのでなんでも似合うでしょうけど、たぶん先輩はブルベ冬なので……」
私の顔を見ながら、栞がひたすら喋り続ける。正直意味が分からない言葉もいくつかあったけれど、楽しそうな栞を見ることができて嬉しい。
栞はぐいぐいと私の腕を引っ張って、エスカレーターへと向かった。
◆
「こっちかこっちだと思うんです。先輩的には、どっちが気になります!?」
差し出された二種類のアイシャドウパレットは、私から見たらほとんど同じだ。一色同士の比較ならまだしも、五色同士の比較は難しい。
ただ、どれも薄い色から濃い色まで入っていて、使い勝手がよさそうな品物ではある。
「栞はどっちがいいと思う?」
「私的にはこっち、ですかね?」
栞が指差したのは、ラメが多く入っている方だった。ラメに対して特に好き嫌いはないけれど、栞の瞼や唇が煌めいている時はいつも綺麗だと思う。
私の瞼がきらきらになったら、栞も私の目をもっと見てくれるのかも。
「じゃあ、こっちにする」
「絶対似合いますよ。私が保証します!」
うん、と頷いて、栞が選んでくれたいくつかのコスメを持ってレジへ向かう。いろいろと買うことになったから、雑貨屋を選んで正解だった。
会計を済ませた私達は、いったんカフェを目指すことにした。冷房が効いたショッピングモールの中だとしても、歩き続けていれば疲れるものだ。
「私、アイスとかパフェとか、冷たいのが食べたいです。先輩は?」
「私も。でも、炭酸とかもいいな……」
栞と話しながら、カフェが多く入っている5階へ向かう。エスカレーターを下りた瞬間、三人組の女子達とすれ違った。
―――その瞬間、一瞬だけ、時間がとまった。
私だけじゃない。目が合った彼女も、会話をやめてその場で立ち止まった。
長い髪を涼しげなポニーテールにし、首元には夏らしい大ぶりなデザインのネックレスが輝いている。
身長を盛るためのヒールは10センチ近くあって、明らかに歩きにくそうだ。
すみれだ。
イソスタで写真を見ていたから、すごく久しぶりだとは思わない。それでも生のすみれを見るのは中学の卒業式以来だ。
「夏鈴先輩? どうかしましたか?」
急に立ち止まった私を不思議に思ったのか、栞が腕を組んだまま私の顔を覗き込んできた。
すみれの友達も、同じようにすみれを見ている。
なんですみれも立ち止まったの?
すみれは今、どんな気持ちで私を見てるの?
すみれがみんなに私の気持ちをばらして、私がみんなから除け者にされるようになって、すみれとも話せなくなって。
あれから、1年以上の時が経った。お互いに高校生になって、私達はきっと変わった。
すみれは私のイソスタのフォローを外したけれど、ブロックはされていない。だけど、そのことに意味あるだなんて、今さら思ってはいない。
「あっ、えっとさ、ごめん、アタシちょっと……」
連れの二人にそう言うと、すみれは私に足を向けた。
どくん、どくん。
心臓がうるさい。
「栞」
「夏鈴先輩?」
「行こう。暑くてちょっと、気分が悪くなっちゃった。パフェ、大きいやつ食べようかな」
すみれに背を向けて、栞の腕を引いて歩き出す。栞はにっこりと笑って、はい! と大声で返事をしてくれた。
「私も大きいのにします! 違う種類のパフェを頼んでシェアしません!? チョコレート系とフルーツ系とかで! あっ、抹茶とかもありますかね?」
夏鈴先輩が好きなのありますかねぇ、と真剣な顔で呟く栞が愛おしい。
夏鈴、と笑顔で私を呼ぶすみれの声が何度も頭に響いたけれど、私は一度も振り向かなかった。




