第40話 試着室の中で
薄いカーテンを隔てた部屋の中で、栞が着替えている。
そう意識してしまうと、服屋の試着室がとんでもなくえっちなものに思えてしまうから不思議だ。
よくないって分かってる。分かってるけど……全部、栞のせいだから。
前に栞が家へきた日、私は栞の心音を確かめた。
その時の感触は今もはっきりと手に残っていて、あの日から余計に、私の頭の中は邪な感情で支配されてしまったのだ。
こんな気持ちを他人に抱くのは初めてで、時々自分でも頭が混乱してしまう。すみれへ抱いていた淡い恋心とは全く別の劣情は、全部栞のせいだ。
「先輩……これ、ちょっと外には出れません」
カーテンを開けて、栞が顔だけを外へ出した。赤くなった栞に促され、試着室の中へ入ってカーテンを閉める。
先輩、と恥ずかしそうな声で私を呼んだ栞の姿は、言葉にできないくらいえっちだった。
谷間がくっきりと見えてしまうほど開いた胸元と、オフショルダーのせいではっきりと見えてしまっている下着の肩ヒモ。
恥ずかしがった栞が胸の前で両手をクロスさせているところが、よけいにグッとくる。
「……今日、オフショルを想定したインナー着てなかったんです。これじゃさすがに、試着室の外になんて出られません」
「……確かに」
答えながら、つい露になった下着のヒモに視線を向けてしまう。爽やかなレモンイエローのそれは、私に見せることを意識したものではないのだろうか。
黄色が似合うっていつも私が言うから?
私のために黄色を選んでくれたの?
「先輩?」
「な、なんでもない」
思わず声が震えてしまった。もしかしたら栞は、私が思うよりずっと覚悟を決めてくれているのかもしれない。
……なんて、都合のいい妄想だろうか。
「ねえ、先輩。似合ってますか? その、こんな感じでしか着れてませんけど」
「似合ってる」
食い気味に答えると、栞は安心したように笑った。
「それはよかったです。さすがにちょっと……肌が出すぎな気もするんですけど」
「でも、似合う」
この服はきっと、簡単に脱がすことができるんだろう。もしもの場面を想像しただけで頭に血がのぼった。
「夏鈴先輩。この服を着た私とデートに行くなら、どこに行きたいですか?」
大人っぽい服だから、お洒落なレストランや夜景とも相性はいいはずだ。動き回るのには向いていなさそうだから、落ち着いて楽しめる映画館やプラネタリウムもありだろう。
いろいろとぴったりなデートスポットはあるはずなのに、私の口から出たのは正直すぎる答えだった。
「お家デート、とか」
「夏鈴先輩」
「なに?」
「もしかしなくても、えっちなこと考えてます?」
「……そんなわけないでしょ」
あまりにも説得力のない反論を、栞がどう判断したのかは分からない。でも、嫌がっていないことくらいは分かる。
「じゃあ先輩。お家で、どんなことがしたいんですか?」
この格好をした栞と、家で一緒にしたいこと。
真っ先にベッドが頭に浮かんで、慌てて首をふる。さすがにこの答えはだめだ。
「勉強、とか」
「他には?」
「一緒に料理……とか」
「他には?」
「……テレビを見る、とか」
にやにやと笑う栞にはもう、私の邪な心がバレてしまっているのかもしれない。居心地の悪さを感じながら栞の目を見ると、彼女がにやりと笑った。
「先輩。いちゃいちゃって言い忘れてますよ?」
ぎゅ、と栞が私の腕に抱き着いてきた。目線を少し下げるだけで、大きな膨らみが目に入る。
栞は今も、あの時のようにどきどきしているのだろうか。
また確かめさせてほしいと言えば、栞は頷いてくれるのだろうか。
思わず唾を飲み込んだ瞬間、なにかありましたか? と外から店員の声が聞こえてきた。
「大丈夫です! ちょっと着替えるのが難しくて、手伝ってもらってるだけですよ」
とっさにそう答えた栞が、動揺したままの私を見て笑った。
「残念ですけど、今日はここまでですね、先輩?」
「……その服、買うの?」
「もちろんです。だって先輩、めちゃくちゃ気に入ってるのが丸分かりですもん。お家デート、誘ってくれるんですよね?」
期待に満ちた瞳で見つめられたら、正直に頷くしかない。だめだ。今日の私は、栞に負けっぱなしな気がする。
「約束ですよ? 私、できれば家に誰もいない日に呼んでほしいです」
大胆すぎる栞の言葉に、私の脳内はもう沸騰してしまった。




