78話 哀怒の盾
——メキメキ……ゴキ……バキ
「ぐっ……あああああっ!」
拘束された隊員の一人が、苦しそうに叫び声を上げる。
その身体が大きく痙攣した。
——グチャッ。
「やめろ……」
ディランは、その光景から目を逸らすことができなかった。
腕が、不自然な方向へと曲がっていく。
筋肉が膨れ上がり、皮膚の下で何かが蠢いている。
「いやだ……助けてくれ……」
その声を聞いた瞬間、ディランの胸が締め付けられた。
「……待ってろ」
ディランは震える声で呟いた。
「必ず助ける」
だが、ゲルハルトはそんなディランを見て、口元を歪める。
「助ける?」
「……」
「面白いことを言う」
ゲルハルトは次の隊員へ薬を投与する。
——ブスッ。
「ぐあああああっ!」
「やめろ!」
ディランが叫ぶ。
だが、魔人たちは容赦なく襲いかかってくる。
「ディラン!」
「分かってる!」
盾で攻撃を受け止める。
——ガキンッ!
そのまま魔人を弾き飛ばす。
だが、一人倒している間にも新たな魔人が襲いかかる。
「くそっ……!」
フラムが炎剣を振り抜く。
「キリがない!」
クライスも剣を振りながら叫ぶ。
「このままじゃ、やられちまうぞ!」
「確かに、このままでは……」
モニカも障壁を展開させて、包囲されないように立ち回ってはいたが、次々と襲いかかる魔人を抑え続けることはできない。
そして……
拘束されていた隊員たちの苦しそうな声が耳に入る。
「……隊、チョウ」
その声に、ディランは振り向く。
「……タス、けて……」
「!」
何度も共に戦った仲間たち。
その身体は、もう人間のものとは思えないほど変わっていた。
「……お前ら」
ディランの手が震える。
「イヤだ……こん、な……」
隊員は苦しそうに呻きながら、ディランへ手を伸ばした。
「隊長……タスケ、テ……」
「…………」
ディランは盾を構えたまま動けなかった。
目の前にいるのは魔人なのか。
それとも……
自分の部下なのか。
「隊長!」
その声に、ディランは歯を食いしばったまま動けずにいた。
「ディラン!」
フラムの声が響く。
振り向くと、魔人がモニカへ襲いかかろうとしていた。
「くっ!」
ディランは咄嗟に盾を構え、その攻撃を受け止める。
——ガキィン!
「……俺は……」
盾を握る手に力が入る。
「俺は……どうすれば」
その時だった。
——ドンッ!
研究所の入口付近から、大きな爆発音が響いた。
「な、なんだ!?」
クライスが振り返る。
続いて、複数の足音が聞こえてきた。
「いたぞ!」
「研究所内を制圧しろ!」
「ディラン殿!無事か!」
聞き覚えのある声が響く。
「……応援?」
モニカが呟く。
さらにその後ろから、教会騎士たちやカレドニア警備隊の姿まで現れた。
「ディラン殿!」
仲間たちが一斉に研究所へと雪崩れ込んでくる。
ゲルハルトは、その様子を見ながら舌打ちした。
「……はぁ、潮時か」
「待て!」
ディランが叫ぶ。
だが、ゲルハルトは振り返ることなく、奥へと歩いていく。
「ここを抑えたところで、無駄なこと」
そう言い残すと、ゲルハルトの姿が暗闇の中へと消えていった。
「逃げるなっ!ゲルハルトぉお!」
ディランが追おうとした、その時。
「グオオオオオッ!」
背後から、魔人の咆哮が響く。
ディランが振り返る。
変わり果てたかつての部下たちを前に……ディランの胸には、怒りと哀しみが込み上げてくる。
ゲルハルトへの怒り。
教国への怒り。
そして、自分自身への怒り。
「……俺は」
盾を握る。
「お前たちを……」
部下たちが襲いかかってくる。
ディランは盾を構えた。
「……守れなかった」
——ドンッ!
盾と魔人の身体が激突する。
「だから……せめて」
ディランは歯を食いしばる。
「俺の手で終わらせる!」
ディランはかつての仲間たちと向き合った。
どうにかして助けてやりたい……でも、この苦しみから解放してやるためには、俺が楽にしてやるしかない。
「……すまない」
一人を盾で叩き伏せる。
「せめて、一撃で……」
盾爪を仲間の首へ向ける。
だが……
「…………」
ディランは動くことができなかった。
あと少し。
あと少し、この腕を振り抜けば終わる。
それだけなのに、身体が言うことを聞かない。
「……くそっ」
歯を食いしばる。
目の前にいるのは魔人だ。
そう頭では分かっている。
だが、ディランの脳裏からどうしても離れない。
こいつらと共に戦い、何度も背中を預けあった記憶が……こいつらにも命を賭けて戦う理由があって、守りたい家族がいたということが……こんなところで、訳の分からない実験に利用されて死んでいいはずがない。
「……隊長」
変わり果てた部下が、苦しそうにディランを見る。
「……お願、シマ……っ」
「…………」
「オレ……たち、ヲ」
ディランの手が震える。
「……コロ、して」
「……くっ!」
その時だった。
——ザンッ!
目の前に赤い飛沫が舞った。
「なっ……」
ディランの目が見開かれる。
目の前にいた部下の身体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
その亡骸の前に、燃え盛る切先が揺らめいていた。
「……フラム?」
ディランは呆然と彼女を見る。
フラムは何も言わない。
ただ、炎剣を握ったまま立っていた。
「…………」
ディランは、ゆっくりと視線を落とす。
そこには、かつて自分の部下だった男が倒れている。
「……なんで」
声が震える。
「なんで……お前が……」
フラムは答えなかった。
ただ、ディランの前に立つ。
そして、次の魔人へと視線を向ける。
「……しっかりして」
「…………」
「彼らは、苦しみに耐えながら、アンタに助けを求めてるのよ」
ディランは拳を握りしめる。
フラムは、何をしたのか。
なぜ何も言わずに自分の代わりに手を汚したのか。
そんなことは、考えなくても分かった。
「……すまない」
ディランは小さく呟く。
フラムは振り返らない。
「早く、楽にしてあげましょ」
「……ああ」
ディランは盾を構える。
目の前には、まだかつての仲間たちがいる。
もう一度、盾を握り直す。
「……いくぞ」
ディランは、目の前の仲間たちへ向かって踏み込んだ。
俺が、逃げ出すわけにはいかない。




