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追放された聖女は亡国の夢を見る  作者: 水無月 黒


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第三十三話 再誕

 それから一年ほど経過した。


「まさか、こんな光景を目にする日が来るとは思わなかったな。」


 アベールは感慨深げにつぶやく。

 旧グランツランド王国の各地では、急速に復興が進んでいた。


「本当に。あの時ソフィアさんが来るのが少しでも遅かったら、私たち生きていませんでしたわよね。」


 ミシェルも同意する。

 本来、王都で戦っていた者達は、全員その場で死ぬ予定だったのだ。

 ソフィアが登場したことで一時的に延命したが、ソフィアや他国の者が脱出したらその後を死霊が追わないように戦い、やはり討ち死にするつもりだった。


「あの時は、ソフィアが怨霊をどうにかできるとは思ってもいなかったよ。」


 ソフィアを信じていなかったわけではないが、三百年間代々の聖女にもどうにもならなかった問題である。

 ソフィア一人で解決できるとは到底思えなかった。

 せめて何時の日にか国土を死霊から奪い返す、その手掛かりだけでも得られれば儲けものくらいに思っていた。

 その時のことを、アベールは思い返す。


◇◇◇


 死霊との戦いは散発的なものだった。

 元々、無限に湧き出る死霊との戦いで、倒した死霊の数に意味はない。

 今回は特に浄化魔法の負担を軽減することが目的の戦いだ、積極的に戦うこともないし、死霊を呼び込む真似も厳禁だった。

 浄化魔法の負担を減らすには、魔法によって死霊が浄化されないようにすればよい。

 幸い、浄化魔法の中にいる人間は遠くからは死霊に認識されないらしく、大量の死霊が押しよせて来ることはない。

 だが、一定以上近付くとさすがに中の人間を認識するらしく、突然向かって来ては浄化されて消えて行く。

 無目的に歩き回る死霊が偶然近付いた時にだけ向かって来るから散発的なのだ。

 その散発的にやって来る死霊を、魔法で浄化される前に倒すことが戦いの目的だ。

 前に出過ぎると、多くの死霊を呼び込んでしまい、逆効果だ。

 無理をする必要もない。

 無理に倒さなくても、死霊は勝手に浄化されて消えて行く。

 浄化される前に倒した方が良いことは確かだが、倒せなくてもどの程度影響があるのかは不明だ。

 実にやりがいの無い戦いである。

 普通なら士気の下がりまくる状態なのだが、そこはここまでの絶望的な状況を戦い抜いてきた猛者たちだ。

 文句も言わず、ただ黙々と作業の様に戦うだけだった。


「死霊が増えて来たようだな。」

「来る途中で使用したソフィアさんの浄化魔法の効果が切れたのでしょう。」


 この場に来るまで、ソフィアは幾度も無造作に浄化魔法を使っていた。

 浄化され、死霊のいない一本の道ができていたのだ。

 現在も、左右からやって来る死霊はいるが、正面からやって来る死霊はいない。その前に消滅するからだ。

 その、浄化された道も少しずつ短くなって行った。

 その次に来るのは、今いるこの場の浄化魔法の効力が無くなることだ。

 タイムリミットは刻一刻と近付いていた。


「死霊が反応している。全員、一歩下がれ!」


 ついに、浄化魔法の効果の衰えが目に見える形として現れた。

 死霊から認識されない範囲が狭まったのだ。

 効果が完全に消えるのももう間もなくだ。


「潮時だな。脱出の準備を始めろ!」


 ケイリーが配下に指示を出す。


「仕方がない。こちらも脱出の準備だ。非戦闘員を馬車に乗せろ!」


 アベールも指示を出す。

 近衛騎士たちは死霊の動きを見ながら少しずつ後退して行っている。

 これが、浄化魔法の寿命のパラメータになっていた。

 一定位置まで下がったら王都から脱出する。そう決めていた。


「手順を確認する。脱出は南大通りを真直ぐ南下して南門から出る。邪魔になる死霊だけ排除し、他には構うな!」


 王都は計画的に作られた都市だ。裏通りは三百年の内に複雑になってしまっているが、東西南北の大通りは王都の外まで真直ぐに続いていた。

 王都の外に出るには、この道が最短である。


「王都の外に出たら南門で我々が死霊を押さえつつソフィアを待つ。その間に他の者は自国に戻ってくれ。」

「僕もソフィアさんを待ちたいんだけど。」

「お前は駄目だろう、カール。他国の王族が危険地帯に残ってどうする!」


 カールハインツ王子も調査の名目で来た以上、結果を持ち帰らなければならないのはケイリーと同じだ。

 加えて、王族と言う立場上、下手に死なれると各所に影響が出る。

 特に、デリエに避難している避難民に悪影響が出かねないとなれば、アベールとしても容認できない。


「ソフィアに関しては馬車を置いて行け。ソフィアが戻ったら送り出してやる。」

「それならば、私共にお任せください。」


 そこで申し出たのは、シャルル・サンソンだった。


「私共は聖女様のためにこの地に来ました。聖女様の居られる場所が私共の居場所です。最後までお供させていただきますよ。」


 大商会の会長と言えども、一介の民間人。王族ほどの影響力はない。


「時間が無い、その議論は門を出てからだな。ソフィアへの書置きは終わったか?」

「はい。『南門で待つ』と目立つところに書いておきましたわ。」


 そうしているうちにも騎士たちは後退を繰り返して行った。

 そしてついに、決めておいた位置にまで達した。

 これ以上の後退はない。


「ここまでか。陣形を組め。これより王都を脱出する!」


 死霊と対峙していた近衛騎士たちが戻って来て、隊列を組む。

 大通りは広いからこの人数でも一気に通ることができる。

 その代り、大通りに溢れる死霊を倒しまくる必要がある。

 アベールは、近衛騎士の陣形が整ったことを確認して、出発の号令をかける。

 その直前の事だった。


「ちょっと待って、何かおかしいわ!」


 後方を確認していたミシェルから声がかかった。


「どうした、ソフィアが戻ってきたのか?」


 ギリギリまでソフィアが戻って来るのを待っていたのだ。ソフィアさえ戻って来れば安全確実に脱出できる。

 ソフィアが戻って来るのならば、直前であろうと軍行を中断する必要があった。


「いえ、そうではないのだけれど……」

「……何だ、あれは?」


 だが、アベールが振り返ってみた光景は、予想を超えていた。

 王宮全体をすっぽりと包む黒いドームが揺らめいていた。

 それまでお椀を伏せたようにきれいな半球形だった黒いドームが、表面は波打つように揺らめき、全体の形状も歪みつつあった。


「こっちも様子がおかしい。少し様子を見た方が良さそうだ。」


 一方、通りを埋め尽くす死霊の群れにも変化があった。

 それまでふらふらと彷徨い歩いていたのが、その場で足を止めていた。

 周囲を見回して、何だか戸惑っているような動きをする個体もいた。


「ソフィアが怨霊に何かしたのか?」


 状況的に、他に考えられることはなかった。


「だとしたら、じきにソフィアさんが戻って来るかも知れないわね。」


 ソフィアの目的は怨霊と向き合うこと。事前にそう聞いていた。

 怨霊に変化があったとすれば、ソフィアが目的を達したと考えることができた。

 だったら、目的を果たしたソフィアが戻って来るのではないか?

 死霊も動きを止めていたこともあり、しばらく静観することにした。


 さほど待つことなく、さらなる変化が訪れた。


「あ!」


 それは誰が上げた声だったか?

 変化は劇的だった。

 黒いドームに無数の亀裂が走った。

 その亀裂から、煙のように黒い何かが立ち上り、光の中に溶け込むように消えて行った。

 そして、黒いドーム自体がしぼむように縮小して行き、やがて王宮が姿を現した。

 一方で、反対側では死霊にも変化があった。

 足を止めていた死霊たちだったが、それ以外の動きも完全に停止していた。

 そして、骸骨の骨と言う骨がバラバラになって崩れ落ちた。

 地面に落ちた骨もさらに砕け、細かな砂状になってしまった。

 気が付けば、無数にいた死霊は一体も残っていなかった。


「まさか、ソフィアが怨霊を倒したのか?」


 それは不可能なことであると、最初から計画に含まれていなかった。

 歴代の、それこそソフィアよりもずっと優秀だと考えられていた聖女たちが誰も成し遂げられなかったこと。

 しかし、他に考えられなかった。

 怨霊の再封印は不可能と、ソフィア自身が断言していた。

 それに、三百年前も二百年前も、怨霊を封印しただけでは現れた死霊までは消えなかった。


「行ってみましょう、ソフィアさんのところへ!」


 触れた者の正気を奪う黒い壁はもう存在しない。

 彼らを阻むものは何もなかった。


 予想通りの場所にソフィアはいた。


 彼らがその場にやって来た時、ソフィアは聖堂の中で祈りを捧げていた。

 既に聖女の結界はなく、それは聖女の祈りではない。

 だが、聖女の祈りの実体を知るものには不安を誘う姿だった。


「ソフィア!」

「ソフィアさん!」

「ソフィアお義姉様!」

「聖女様!」


 しかし、当のソフィアはきょとんとした表情で振り返った。


「あら、皆さんお揃いで。あ、私の用事は終わりました。」


 元気そうなその様子に、一同胸を撫で下ろした。

 本当は聖女の祈りと同等以上に負担の大きいことをしていたのだが、歴代聖女の協力によって生命力を削ることは避けられていた。

 ソフィア本人が無事と分かれば、残る問題は一つ。


「それで、怨霊はどうなったんだ?」

「はい。無事納得して逝かれました。」


 明るい声で答えるソフィアに、一同絶句する。

 死霊が消滅したことから薄々予想していたとはいえ、やはり信じがたいことだった。

 建国以来三百年、秘かに国を脅かし、誰にも解決方法が見つからなかった大問題をソフィア一人で解決してしまったのだ。

 なかなかに受け入れ難い事実だった。


「さすがは聖女様です!」


 いや、熱心な聖女崇拝者にとってはすんなり受け入れられたようだ。


「それで、最後にドラクレイル族の皆さんに託されてしまいまして……あれは何なのでしょう?」


 ソフィアが指さしたのは、聖堂の中央にちょこんと置かれている丸い物体であった。

 それは、元は怨霊だった物だ。

 手も足も頭も無い、人間大の黒くて縦長の丸い物体として現れていた怨霊が、怨念がどんどん剥がれ落ちて行った結果最後に残ったものがこれだった。

 大きさも片腕で抱えられる程度にまで小さくなり、黒い色もだいぶ抜けて灰色がかった白になっている。

 その様子を見ていたソフィアでも分からないものが、後から来た者たちに分かるはずもない。


「何だか卵みたいな形ね。」

「それにしては大き過ぎません? これほど大きな卵を産む動物は思い当たりませんわ。」


 シャーリーが見た目そのままの感想を述べる。

 しかし、このサイズの卵から生まれてくる動物は知られていなかった。

 相変わらず正体不明の物体のままである。

 だが……


――ピシリ!


 その物体に突然ひびが入った。


「え?」


 さらにひびが大きくなり、その一部が剥がれ落ちて穴が開く。


「え? え?」


 開いた穴から何か動くものが見えた。


「嘘、本当に卵だったの!?」


 見事言い当てたシャーリーが一番驚いていた。

 やがて開いた穴は大きくなって行き、動物の頭らしきものが見えてきた。

 嘴は無い。鳥ではなさそうだ。


「う、生まれます。どうしましょう!?」

「お、落ち着いて、ソフィアさん。今は様子を見ましょう。」


 女性陣が混乱する中、男性陣も緊張していた。


「危険な生物が現れるかもしれん。警戒を怠るな!」


 皆が見つめる中、卵の中でじたばたしていたその生物は、ようやく姿を現した。

 全体のフォルムはトカゲに近いだろう。

 ただ、太い四肢は力強く体を支え、地を這うような平べったさはない。

 卵のサイズに見合う大きさと、生まれたてのせいか愛嬌のある顔立ちから、仔犬のような印象を与える。

 特徴的なのは、背中から生えている一対の蝙蝠のような翼。


「これは……」

「ドラゴンの赤ちゃん?」


 それはまるで、伝説に語られるドラゴンのようであった。


「きゅい。」


 ドラゴン(?)の子供は奇妙な声で鳴くと、おぼつかない足取りで歩き出した。

 向かう先は、ソフィアだった。


「この子は私が育てます。それがドラクレイル族の皆さんに託されたことだと思いますから。」


 ソフィアはドラゴンの子供をそっと抱き上げると、そう宣言した。


◇◇◇


「さて、そろそろ時間だな。」


 アベールは回想を中断して、進み出た。

 王宮のバルコニーから見下ろすと、王宮前の広場には多くの人が集まっていた。

 アベールは民衆に向かって語り始めた。


「皆、よく国の滅びる災難を乗り越え、帰って来てくれた。」


 怨霊の脅威がなくなったことで、避難していた人々の多くは戻ってきた。

 しかし、全ての者が戻ってきたわけではない。

 慣れない長旅で病を患った者、途中で事故に遭った者、避難先で現地の人ともめたりして事件に巻き込まれた者。

 死霊に襲われなくても様々な形で命を落とす者はいる。

 そして、現地で職を得るなどして、留まった者もいる。

 あるいは、危険な王国に嫌気がさし、新天地を目指して旅立った者もいる。

 それでも多くの人が戻ってきた。ここは彼らにとっての故郷なのだ。


「そして、厳しい状況の中、よく復興に励んでくれた。礼を言う。」


 国が滅びる大惨事であったが、実は規模の割に被害は少ない。

 避難が間に合ったため、直接死霊に殺された民間人は皆無。

 死霊の姿を目撃した者も限られているだろう。

 また、死霊は積極的に破壊活動を行わない。

 人を見れば襲ってくるが、人がいなければ建物等をわざわざ壊すことはない。

 だから、死霊に踏み荒らされた程度で、戻ってきた人が暮らせる家が残っていることが多かった。

 一番被害が多かったのは、近衛騎士が奮戦した王都である。

 しかし、物的に被害が少なかったからと言って、すぐに元通りの生活が始まるということにはならない。

 一度壊れてしまった社会システムを復旧することは困難だ。

 物流も止まり、行政も機能不全、全員が一斉に戻って来るわけでもないから特に最初はどこでも人手が不足した。

 時間をかけて計画した避難とは逆に、まったく予定外だった帰郷は多くの混乱を招いた。

 さらに悪いことに、避難の実施と避難民の受け入れを各国に働きかけたことで国の予算も王家の私財も使い果たしていた。各地の領主も似たような状況だろう。

 そもそも、グランツランド王国は既に滅亡を宣言している。

 主体となる正式な政府も無しに復興が進んだのは、自発的に協力を申し出た一般市民の力によるところが大きかった。


「グランツランド王国は建国前に大きな罪を犯し、その結果三百年後の今になって国が滅びた。王家をはじめ一部の者は知っていたが、回避することはできなかった。申し訳なく思う。」


 聴衆が静まり返る。

 三百年前の出来事については既に情報が公開されていた。

 自分たちの祖先の犯した過ち、そして結果的にとは言え聖女のみに負担を負わせていたこと。

 自分たちも単なる被害者では済まないことを知った。


「しかし、歴代聖女の努力と、当代の聖女ソフィアの働きによって完全に解決した。我々はこの出来事を心に刻み、同じ過ちを繰り返さぬことを誓い、未来に進もう!」


 そして、アベールは宣言する。


「今ここに新国家、グランツランド=ドラクレイル王国の建国を宣言する!」

「おぉー!」


 アベールの言葉に歓声が上がる。

 今、新しい国が誕生した。


◇◇◇


 新国家の国王にはアベールが即位した。

 旧グランツランド王国国王、アレックス・ラグバウトも無事生き延びたが、そのまま引退した。


「新しい国に、滅びた国の王がでしゃばるべきではないだろう。」


 そんな言い分で引退し、悠々自適の隠居暮らしをしている。


 旧グランツランド王国の宰相、マイケル・フォスターもまた引退した。

 今はその息子が新国家の宰相を務めている。

 アレックスの引退に合わせた形だが、彼らを知る者の間では、


「引退して自由の身になったアレックスが暴走しないように監視するためではないか?」


ともっぱらの噂になっていた。

 実際にアレックスとの私的な交流は続いている。生涯の相棒であった。


 ミシェル・バートレットは「聖女代理」と言う役職に就いた。

 聖女の結界は既になく、封じられていた怨霊もいなくなった。聖女の祈りも必要なくなっていた。

 しかし、過去の過ちを忘れぬため、虐殺されたドラクレイル族に対する慰霊際を毎年行うことが決まった。

 神事を取り行うのは、当然聖女である。

 何より、聖女に対する支持は民衆の中に根強く、教会でも王家でも代わりは務まらなかった。

 本来ならば当代聖女であるソフィアがその役に就くことが妥当であるが、彼女は怨霊を祓う大役を果し終えていた。

 聖女の祈りで寿命を縮めてきたソフィアの体を心配する声と本人の希望により、ソフィアは聖女を引退した。

 代わりに次の聖女が誕生するまでのつなぎとして、ミシェルが代理を務めることになったのだ。


 サンソン商会は王都に戻って来ていた。

 アウセム王国に本店を移し、地盤を固め、販路を開拓して、これから本格的に進出しようという矢先にである。

 全てはシャルル会長の鶴の一声で決まった。


「聖女様の居られる所こそがが、我らのいるべき場所です!」


 新規店舗の出店、本店機能の移転、アウセム王国での足場固めとそれなりに出費は多かったはずなのだが、サンソン商会はそれ以上の利益を上げていた。

 その豊富な資金を活用して、旧グランツランド王国に戻ってきた人々を助け、復興を支援してきたのがサムソン商会であった。

 グランツランド=ドラクレイル王国においても最大の商会であり続けるだろう。


 ダニー・ハウエルはハウエル伯爵領の領主に戻った。

 ハウエル伯爵領も死霊の被害は多くはなかったが、領民の避難と避難民への支援で領の予算もハウエル伯爵個人の隠し資産までほぼ全て放出してしまった。

 交易の中継地として栄えたハウエル伯爵領がかつての繁栄を取り戻すのはもうしばらく後の事だろう。

 そんなハウエル伯爵領に戻って来たダニー・ハウエルは、忙しく働いていた。

 それはもう、かつてのようなせせこましい不正に手を染める暇もないほどに。

 今回の一件で家臣も息子のデビッドも理解したのだ。ダニー・ハウエルが暇を持て余すとろくなことをしないということに。

 そんなこともあって、領主に対して遠慮容赦なくガンガン仕事を回して行った。

 ダニー・ハウエル本人も、そんな状況にまんざらでもないようだった。


 そして、ソフィアは――


「はい、クーちゃん。御飯ですよ。」

「きゅい!」


 王都の一角でドラゴンの子供を育てていた。

 ドラクレイル族から託されたドラゴンは、クレイと名付けらた。

 性質はおとなしく、ソフィアによく馴れていた。食べ物も、人の食べるものならば何でも食し、あまり手がかからない。

 ドラゴンを信奉していたドラクレイル族の悲願は、ドラゴンの復活だった。

 遥か古代に活躍したと言われるが、伝説の彼方に去ってしまい、今ではその実在さえも疑われる存在がドラゴンだった。

 ドラゴンを信奉する者達は、古代には確かに実在し、今でも大陸の人の立ち入らぬ秘境か別の大陸にはドラゴンが棲息していると信じていた。

 そのドラゴンの実在を証明し、その雄姿を見ることはドラゴン信仰の信者にとって共通の夢だった。

 一度は国を滅ぼす怨霊にまで身を堕としたドラクレイル族は、最後にドラゴン信仰の信者としての夢に立ち戻った。

 そして、それを自分たちの生きた証としたのだ。

 時代を超えてドラクレイル族からその夢を託されたソフィアは、ドラゴンの子供を自分で育てることを決めた。

 それは、死んだドラクレイル族の者達への供養でもある。

 そして、今はソフィア自身の夢にもなった。


 いつか人とドラゴンの共存する世界を夢見て、今日もソフィアは静かに生きる。


これにて完結です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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