第二十五話 亡国の夢5
神職者たちがそれぞれの技術と知識、軍から聞き出したこれまでの経緯、それに軍の兵力も利用して調査を行った結果、いくつかのことが分かりました。
まず、死霊たちは本人の怨みで動き出したのではありませんでした。
中には本人の強い怨念で動き出した通常の死霊もいたかもしれませんが、大半は生前の意思とは無関係に死霊になったようです。
つまり、死霊を発生させる外的要因が存在します。
次に、これだけ大量の死霊を生み出し、操ることは人間には不可能と言う結論になりました。
死霊術で死体を操ることはできますが、そのためには魔力が必要となります。
死霊術士を倒せば操っていた死霊も動きを止める。それは、死霊を動かす魔力の供給が断たれたために起こる現象です。
並の死霊術士ならば数体の死霊を操るだけで限界です。
たとえ膨大な魔力を用意できたとしても、それを扱う肉体の方が負荷に耐えられません。
短期決戦ならばともかく、数日に亘って大量の死霊を動かし続けることは生身の人間には不可能なのです。
ならば複数の死霊術士が死霊を操ればよいではないかと思いますが、それも考えにくいことでした。
一人十体の死霊を操ったとして、二千体近い死霊を操るのに必要な死霊術士は二百名になります。
希少な死霊術士を大勢集めることも大変ですが、それほど人数がいて見つからずに済むはずがありません。
軍は事態を終息するために必死になって死霊術士を探していたのですが、その痕跡さえ見つけることができませんでした。
それらの状況を統合した結果、最も高い可能性が浮かび上がってきました。
それは、虐殺されたドラクレイル族の人々の無念の思いが一つに寄り集まって、強大な怪物を生み出したのではないか、と言うことでした。
多数の怨念が集まり、大量の死霊を生み出す存在。それを、「怨霊」と呼ぶことにしました。
普通ならば、そのようなことは起こり得ません。
大勢の人が一度に亡くなるような大事故や戦争などでも、個々の思いはバラバラで一つにまとまることはなく、特に強い怨みを残した者だけが死霊になると考えられています。
それに、強い力を持つ死霊は、その存在の維持だけで多くの魔力を必要とします。
人が死ぬときに放出されるという膨大な魔力により誕生することはできたとしても、何らかの魔力の供給源が無ければすぐに消滅してしまうでしょう。
けれども、不幸なことに様々な条件がそろってしまったのです。
殺された者のほとんどはドラクレイル族という共通点がありました。光神教による弾圧を受け続けて団結力の高い人々の集団です。
そのドラクレイル族を狙って行われた虐殺だけに、怒りの矛先も一致しています。
また、ドラクレイル族には、夏至の日には祖先の霊が帰って来ると考え、祖霊と語らい共に歌い踊る独自の祭りを行う風習がありました。
神事を司る祈祷師とは別に、ドラクレイル族の一般の人々も交霊術や死霊術の基礎を日頃から訓練していたような側面があります。
ドラクレイル族から生まれた「怨霊」が、死霊術に似た現象を引き起こせたとしても不思議ではありませんでした。
そして、誕生した強大な怨霊に対して、必要な魔力を供給する存在がありました。
地脈です。
王都にすべく作られた都市は、大きな地脈の真上に建設されたのです。
大地に染み込んだドラクレイル族の血は、地脈を流れる魔力に触れ、そこから怨霊に莫大な魔力を供給したのではないかと考えられています。
そうとでも考えなければ、何度倒されても立ち上がって来る死霊の説明が付きません。
誰もその姿を確認していない怨霊ですが、軍と神職者は協力してその場所を特定しました。
死霊の発生時期と場所、一度倒した死霊が再び現れた時にやって来た方向、死霊に供給される魔力の流れ。
それらを丹念に調べて、死霊の行動の中心地を割り出したのでした。
それは都市の中心部、当時まだ建築途中だった王宮予定地の辺りでした。
そして、調査を進めるうちにもう一つ恐ろしい事実が判明しました。
時間と共に、怨霊の影響範囲が広がっていたのです。
地脈を流れる魔力量から考えて、最悪新国家の領土と定めた範囲全てが怨霊の影響下に入る恐れがあります。
事態は一刻を争いました。
このままではグランツランド王国は建国前に人の住めない国となり、不毛の大地は死の大地とその名を改めることでしょう。
亡くなった人々は、虐殺されたドラクレイル族の人も、その後死霊に殺された人も、未来永劫救われることなく死の大地を彷徨うことになります。
それは何としても避けたいことでした。
怨霊の場所は判明しても、その対処は簡単ではありませんでした。
怨霊に関して分かっていることはほとんどありません。
おそらくは虐殺されたドラクレイル族の人々の怨念の集合体であること。
地脈から膨大な魔力を得ていること。
死霊を生み出すこと。
推測も交えてこれだけです。
他にどのような能力を備えているか知れれません。
そもそも、大量の死霊を排して怨霊のいる場所に近付くことすら困難です。
それに、怨霊と対峙したとしても、死霊を強制的に祓うための術はほとんど効果が見込めないと考えられました。
地脈から得られる魔力で対抗されたら、人の扱う術では押し負けてしまいます。
けれども、怨霊の性質を詳しく調べて有効な対策を見つけ出している時間はありません。
そこで、まずは死霊対策を行うことになりました。
神職者たちは死霊術を扱うことはできなくとも、死霊術対抗する術はありました。
怨霊の影響から切り離してしまえば、死霊は動きを止めるか、少なくとも復活して来ることはなくなるでしょう。
神職者たちが協力して、そのための術式を作り上げました。
ただ、問題が二つありました。
一つは死霊の大群を通り抜けて、怨霊のいる場所まで行く必要があることです。
最初に軍が行おうとしていた、安全を確保しながら少しずつ死霊の数を減らしていく方法では、いつまで経っても怨霊の下へは到着しません。
少々危険ですが、軍が神職者を守りながら強引に死霊の群れを突破し、怨霊の場所まで全速で突き進む方法が採用されました。
もう一つは、怨霊の力を封じ続けることが難しいことでした。
怨霊は地脈から魔力を得ています。
一度に使用できる魔力には限りがあるとしても、地脈が流れを変えない限り、実質的に無限の魔力が供給されることになります。
人の扱う如何なる術であっても、無限の魔力に対抗する術はありません。
ですから、こちらも地脈の魔力を利用することにしました。
怨霊が利用している同じ地脈から魔力を吸い上げ、怨霊を封じ込める結界を作る。
けれども、それは危険な行為でした。
術式を通してであっても、地脈の魔力を操作しようとするのです。
間違いなく、体に大きな負担がかかります。必要とする魔力も多く、不足すれば生命力まで吸い上げられて最悪死に至ります。
それでも、一流の術者が複数人で、結界を作る短い時間ならば可能だと判断されました。
そして、作戦は決行されました。
最初の関門は、怨霊の下に辿り着くことです。
この作戦のために軍は出せるだけの兵士を出しました。
ここで失敗すれば住民を連れて逃げ出すしかありません。出し惜しみは無しでした。
まず、兵士の一隊が囮となって死霊を引きつけて逃げまわりました。
そして、手薄になったところを兵士の本隊が神職者を守りながら強行突入しました。
手薄になったと言っても、まだまだ大量の死霊が存在します。
全方位から群がって来る死霊を掻き分けながら、進んで行きました。
途中何人もの兵士が傷つき、倒れて行きます。
彼らの守っている神職者には、治療を行ったり、死霊を効果的に倒す術もあります。彼らが手を貸せば助かる命もあったでしょう。
けれども神職者たちには目的地に着いた後で重要な役割があります。それまで魔力を温存する必要がありました。
傷つき倒れた兵士をその場に捨て置き、一行は進んで行きました。
何人もの犠牲者を出しながら、ようやく目的とした場所に到着しました。
怨霊らしき存在はすぐに見つかりました。
黒い靄のようなもので覆われていて姿形も見えませんでしたが、その黒い靄の中から時折死霊が現れることからそこにいることは間違いありませんでした。
神職者たちはすぐに行動を開始しました。
黒い靄を取り囲み、用意した術式を展開します。
地面に魔力を流して、地脈を流れる魔力に干渉する高度で危険な術式です。
制御を誤れば失敗するだけでなく術者の命も危うくなる術式を成功させるため、全員が集中します。
その周囲では、神職者に死霊を近付けまいと数の減った兵士が死力を尽くします。
そして、ついに結界が完成しました。
想定外だったのは、術式の負荷が予測より大きかったことです。
もしかすると、同じ地脈の魔力を利用している怨霊と術式が干渉してしまったのかもしれません。
結界が完成すると同時に、神職者たちは崩れ落ちるようにして倒れました。
彼らは結界を作るために、魔力だけでなく生命力まで使い果たして絶命してしまいました。
生き残ったのは唯一人、後に初代聖女と呼ばれるアメリア様だけでした。
多大な犠牲を払いましたが、結界が完成すると死霊はそれ以上増えなくなりました。
その後、一月以上かけて死霊を倒して行きました。
全ての死霊を駆逐し終えて、ようやく人々は日常生活を取り戻しました。
けれども、この事件は様々な傷跡を残しました。
この事件で亡くなった方は、虐殺されたドラクレイル族を含めて住人の四割を超えました。
軍のエリートとなる者、優秀な神職者が大勢亡くなりました。
ここまで大事件になると、さすがに隠し切ることはできません。
生き延びた人々は、詳細までは分からないにしても、おおよその出来事は理解したことでしょう。
発足寸前だった新政府に、グランツランド王国に対しての不信が募りました。
けれども、あまり強く責めることもできませんでした。
ドラクレイル族の虐殺に関わっていない多くの人も、新政府の方針に反発し、念願の建国を妨げるドラクレイル族を快く思っていませんでした。
誰もが虐殺の加害者側の立場であり、ドラクレイル族から見れば復讐の対象になっていておかしくないことに気が付いていたからです。
心に重いものを抱えながら、人々は復興作業を進めて行きました。
予定よりも数年遅れでグランツランド王国は建国を宣言しました。
しかし、これ以降ドラクレイル族のことが語られることはなくなりました。
国としては、他国に付け入られる可能性のある不祥事を公にすることはできなかったのでしょう。
人々の口は堅く閉ざされました。
自分たちの過ちを思い返したくなかったのかもしれません。
そして、自分たちのような辛い思いを、これから生まれてくる子供たちにさせたくなかったのでしょう。
こうして、ドラクレイル族はグランツランド王国の歴史から消され、忘れ去られました。
けれども、事件はまだ終わっていません。
多くの人が命を賭して作り上げた結界は、死霊の発生を抑えることができました。
ですが、怨霊はまだ残っています。
本来ならば、死霊の発生を止めた上で怨霊に対処する予定でしたが、優秀な神職者がまとめて亡くなったためそこまで手が回りませんでした。
それに、結界は完全なものではありませんでした。
地脈の魔力を利用して作られた結界は、怨霊の影響を完全に封じました。
しかし、結界そのものは時間と共に緩み、やがては壊れてしまいます。
そこで、アメリア様は結界を作った場所に魔法装置を設置し、結界の維持と操作を行えるようにしました。
その魔力装置を設置した建物は王宮の一角に今も残っていて、聖堂と呼ばれています。
また、魔力装置を通したとしても、地脈と接続した結界を操作することは普通の人には耐えられません。
地脈の魔力の一部が術者に返って来て、その肉体に大きな負荷をかけてしまうのです。
そこでアメリア様は、結界を操作できる特殊な才能を持った者を探し、結界を維持できるように訓練することにしました。
これが聖女の始まりです。
グランツランド王国は、歴代の聖女によって怨霊を封じ込め続けてきたのです。
ですが、その聖女を継いだ私は体が弱かったのです。
聖女の務めの後で倒れたこともしばしば、あと何年も持たないだろうとお医者様からも言われていました。
当代の聖女は私一人です。私が死んでしまえば結界は維持できなくなります。
おそらく、次の聖女が誕生してその任を引き継ぐまで私の寿命が持たないと考えたのでしょう。
気が付けば私は聖女の任を解かれ、国外へと連れ出されていました。
国は結界によって怨霊を封印し続けることを諦め、死霊が溢れる前に国民を国外に脱出させることにしたのでしょう。
皆さんが住み慣れた土地を離れ、遠い異国にやって来た理由はすべて私にあります。
聖女の役目を全うできなかった私のせいなのです。
◇◇◇
全てを語り終えた時、皆さん静まり返ってしまいました。
無理もありません。
たくさんのことを一度に聞いても、簡単には受け入れられないでしょう。
ゆっくりと考えて欲しいです。
それはそれとして。
私はシャルルさんに向き直りました。
「どうか、私を王都に連れて行ってもらえないでしょうか?」
私は確かに聖女の任を解かれました。
けれど、私は物心ついた時から聖女になるための修行をし、聖女になってから七年間欠かさずに務めを果たしてきました。
聖女は、私の生き方なのです。
だから、私は行かなければなりません。
最後の聖女として、務めを果たすため。
王都に、聖堂に行く必要があるのです。




