第二十四話 元悪徳領主は逃げられない1
グランツランド王国からの国民の脱出はおおむね上手くいっていたが、中にはトラブルに見舞われる者もいる。
ここにも一人、予想外の事態に遭遇した男がいた。
元悪徳領主、ダニー・ハウエルである。
まあ、彼の場合半分くらいは自業自得なのであるが。
細かいところに気の付くダニー・ハウエルは完璧主義な側面がある。
ハウエル伯爵領での仕事を完璧に行うあまり、避難が遅れたのだ。
それでも、手の空いた者から順に避難を開始し、最後に脱出する人数も荷物も最低限、馬車も一台に絞って移動速度を上げる対策を取っていた。
しかし、避難の遅れは致命的だった。
いざ出発しようとした時、既にハウエル伯爵領に死霊は入り込んでいた。
迫りくる死霊を遠目に見つけて、大慌てで逃げ出してきたのだ。
兵士の大半は避難民と共に旅立った後で最低限の護衛しかいない現在、死霊に襲われたらば危ないところだった。
どうにか窮地を脱した、と思ったのも束の間。道中で野営して翌朝、旅路を再開しようとしたところで死霊に追われていることに気が付いた。
出立間際に死霊を発見した際、死霊からも見つかっていたのだ。
他の住民が避難を完了して人気のなくなったハウエル伯爵領で、唯一発見した生きた人間に、近くにいた死霊がまとめて追いかけてきた。
結果としてハウエル伯爵領から旅立った、あるいはハウエル伯爵領を通過して行った避難民を追いかける死霊の数が大幅に減ることになった。
避難民とは別方向に死霊を誘導し、そのまま帰らぬ人となった場合は「身を呈して領民を守った名領主」として末代まで語り継がれただろう。
だが、ダニー・ハウエルにそのような自己犠牲の精神は持ち合わせていなかった。
「急ぎなさい! 何としてでも死霊どもを振り切るのです!」
死霊の動きはさほど速くはないのだが、昼夜を問わずひたすら追いかけて来るのだ。
馬車の方が速度は速いのだが、馬が走り続ける時間は限られている。
ただ追いつかれないだけでなく、休息をとる時間分は距離を稼がないと、いずれは捕まってしまう。
「無理です! 道が悪くてこれ以上速度を出せません!」
ダニー・ハウエルが避難ルートとして選んだ道は、他の避難民と重ならないように、あまり使われていない旧街道や大きな街道を外れた細い道も利用していた。
馬車が通るには十分な道幅はあるが、あまり整備されていない道は凹凸が激しく、速度を出すには向いていなかった。
普通に走る分には問題く、徒歩が中心の避難集団よりは速いのだが、死霊の群れを引き離すには速度が足りなかった。
それでも限界までスピードを出しているせいで、大きく揺れる馬車は不気味に軋む音を出していた。
このままでは馬がばてるのが先か、馬車が壊れるのが先か。
「仕方がありません。この先で表街道に向かいなさい! 予定通りなら避難民は通り過ぎた後です!」
日頃から人も馬車も多く行き交う大きな街道ならば、道も均されているから多少速度を出しても馬や馬車への負担も少ない。
細かいところに拘るダニー・ハウエルは、そのあたりの道筋もしっかりと把握していた。
「でも親父、予定より遅れている避難民が居たらどうするんだ?」
「……その時は、向うの護衛の兵と合流して死霊を迎え撃つしかありませんね。」
デビッドの危惧は、すぐに現実のものとなった。
「本当に避難民がいたぁ!!」
最悪の予想が当たって頭を抱えるデビッドだった。
「あの集団の近くに寄せて止まりなさい! あちらの護衛と合流します!」
このまま避難民を無視して通り過ぎればダニー・ハウエルは助かるだろう。
だが、それはできない。
人道的見地と言うよりも、避難民を無事避難場所まで送り届けることが仕事だからだ。
仕事である以上、途中で放棄することはできない。
ダニー・ハウエルはとことん仕事人間だった。
「来たぞ! スケルトンばかりだが、気を抜くなよ!」
死霊を引き連れて来たハウエル伯爵に思うところが無いわけではないが、切迫した危機を前にして文句を言う暇もなかった。
既に死霊に発見されている以上、今更ハウエル伯爵一行が何処かへ行っても避難民も襲われることは間違いない。
ハウエル伯爵がその場を仕切り、どうにか協力体制を整えた。領主をやっていただけあって、その辺りは慣れたものだった。
難民の護衛は国軍の兵士、ハウエル伯爵側は領兵と所属も指揮系統も異なるが、数の多い国軍の指揮下に領兵が付く形になった。
そして、ハウエル伯爵の乗って来た馬車と、避難民団に随伴していた馬車の一台を街道に横向きに置いて簡易的なバリケードとした。
それらの作業をどうにか死霊のやってくる前までに終わらせることができた。
「避難民だけでも先に行かせるべきでは?」
「いいえ、この人数では全ての死霊を抑えきれる保証はありません。兵士の近くに置かなければ守り切れないでしょう。」
仕事モードのダニー・ハウエルは、物事を的確に把握し判断する能力に長けていた。
ここでも、この状況で最善の判断を下している。
「死霊の数は多いですが、その分後続はないはずです。ここさえ凌げば逃げ切れます!」
この状況は様々な不運が重なった結果、偶然の産物だ。
本来ならば、遭遇したとしても数体程度の死霊であり、護衛の兵士で十分倒せるはずだった。
王都では最終防衛線での戦いに移行したことで完全に死霊を封じることはできなくなったが、それでも大半の死霊はアベール以下生き残っている近衛騎士達に向かって行っていた。
王都の外に向かう死霊に対しては、王都を囲む城壁と閉じられた門が阻んでいた。
しかし、絶対に破られない扉は存在しない。
知能の低い死霊は積極的に門を開こうとはしないが、何かの拍子で破られるとそこから外に溢れ出て行った。
たまたま門に阻まれて死霊が渋滞を起こしていたときに門が開いたために、多数の死霊がまとめて出てきてしまった。
それがたまたまハウエル伯爵領方面に向かう門だった。
一ヵ所の門のみから出てきたために、死霊は王都から全方位に均等に散らばるのではなく、一方向に集中して向かってしまったのだ。
それでも進むうちに次第にばらけて行ったのであるが、ハウエル伯爵領から脱出するハウエル伯爵領一行を死霊が見つけてしまった。
これが最大の不運だろう。
目的もなくふらふらと彷徨っていた死霊が、ようやく見つけた目標めがけて殺到した。
その様子を見て、ハウエル伯爵一行を直接見ていない死霊までもが追随した。
一度ばらけた死霊が、再集結してしまったのだ。
その結果がこの数である。
しかし、逆に言えばハウエル伯爵領に向かった死霊の大半がここに集まっているのだ。
ここで倒し切れば、当分死霊に追われる心配は無くなる。
問題はただ一つ。
現状の戦力で倒し切ることができるのか?
敵は百体近い数の死霊。全て弱いスケルトンであるとしてもこの数は脅威だった。
味方は合流したハウエル伯爵の護衛を加えても二十に満たない。
馬車を盾にして少数ずつ確実に倒していく作戦だが、避難民を守りながら戦う必要もある。
必ずしも勝算は高くない。
しかし、他に手はなかった。
「何としてもこの場を凌ぎ、全員で生きて脱出しますよ!」
ダニー・ハウエルに自己犠牲の精神はない。
全員と言うのならば、当然自分も生き延びることが前提である。
しかし、自己の保身を考えるならば、難民を見捨てて逃げ出すのが正解だ。
その一番確実な保身を行わなかったのは、人道的見地からでも、責任感からでもなかった。
欲が出たのだ。
この場さえ乗り切れば仕事を完遂できる。
ここまで完璧に行ってきた仕事に最後の最後で刻まれるただ一点の汚点。それを回避する手段が目の前に転がっていたから飛び付いてしまったのである。
完璧主義者の悪癖だった。
リスクを忘れて完全な仕事を目指してしまったのだ。
ここで賭けに勝てば、ダニー・ハウエルは領主としての最後の仕事を完璧にやり遂げることができる。
だが、ベットしたのは己の命。
その事実に気付くのはもう少し後の事である。




