第二十三話 亡国の夢4
ドラクレイル族は確かに全滅しました。
少なくともグランツランド王国の国民になるはずだったドラクレイル族は、王都予定地に連れてこられて殺されてしまいました。
難を逃れた者がいたとしても、極少数だったでしょう。
生き延びた者ではなく、殺されてしまったドラクレイル族の者、その遺体が突然動き出しました。
非業の死を遂げた者、強い無念や怨みを残して死んだ者は、極稀に死霊となって甦って来ることがあります。
大量虐殺により、大勢の怨みを抱いた死者が出ました。虐殺を行った側も、死霊が発生する恐れがあることも理解していたことでしょう。
ですが、事態はあらゆる予想を超えました。
殺されたドラクレイル族の遺体の全てが起き上がったのです。
遺体は死んだまま動きだしゾンビとなりました。
既に焼かれた遺体の灰からはスケルトンが出現しました。
骨すら残っていなくても、無念の思いが集まってゴーストになりました。
死霊の一体や二体ならば現れても倒せるだけの準備はありました。
けれども、あまりに数多くの死霊が現れたため、手に負えなくなってしまいました。
虐殺の行われた現場、遺体の保管場所、秘かに埋葬されていた墓地から、溢れ出した死霊を押さえきれず、死霊は街中へと押しよせてきました。
押しよせる死霊の恐怖と共に、人々は秘密裏に行われた非道を知ることになったのです。
現れた死霊の数には驚かされましたが、この時点ではまだ死霊を退治して平安を取り戻せると楽観していました。
死霊は脅威ですが、単体ではそれほど強くありません。
ゾンビは普通の人よりは力が強くなりますが、動きが鈍くて単調です。
スケルトンは切っても血が出ず急所となる内臓もありませんが、脆くなった骨を壊せば倒せます。
ゴーストは物理攻撃がほとんど効かず恐怖や混乱と言った状態異常を与えて来る厄介な相手ですが、物理的な攻撃力は皆無で状態異常も気をしっかりと持てば防げる程度です。
全般的に死霊は恐れも疲れも知らずに押しよせて来る恐ろしい相手ですが、戦術や戦略と言った戦いを有利に進めようという考えはありません。
安全を確保して死霊を誘導しながら少しずつ確実に倒して行けば、時間はかかっても確実に倒し切ることができる。
そう考えていました。
過激化するドラクレイル族に対抗するために強化されて行った軍は練度も高く、装備も整っています。
国が興った後はそれぞれに部下を持つ下士官となり、軍を国力に見合った規模に一気に引き上げる。そのために集められ、鍛えられた精鋭部隊でした。
死霊と化したドラクレイル族は二千人足らず、その半分にも満たない数の兵士でも負けるとは思えなかったのです。
それよりも、住民の被害を最小限に抑えることが最重要の課題でした。
事態がより深刻であることが判明したのは、一日戦った後の事でした。
最初のうちは住民を避難させ、安全を確保するだけで手一杯でしたが、ある程度落ち付いて来れば軍は攻勢に出ます。
攻めに転じれば軍は強いです。
完全武装した兵士に対し、虐殺されたドラクレイル族の多くは武器も防具も持たない状態でした。
そのドラクレイル族の遺体から生まれた死霊は当然素手で防具も着けていませんでした。
如何に恐れを知らない死霊だとしても、正面から戦えば兵士が負けることはありません。
囲まれて数の力で押し潰されないように気を付けながら、兵士は次々に死霊を倒して行きました。
そして翌日。
軍はこの日のうちに死霊を殲滅して事件を終息させるつもりでした。
昨日だけでも数百体の死霊を倒していました。
住民の避難が一通り完了し、軍が死霊との戦いに専念できる状況になった以上、前日を上回るペースで死霊を倒すことが可能になります。
一日あれば、残る死霊の大半を倒すことができるはずです。
そう、考えていました。死霊の様子を確認しに行った斥候が帰って来るまでは。
死霊の数が、減っていませんでした。
前日にあれだけ大量に死霊を倒したのに、ほとんど変わらない数がいるように見えました。
そして、死霊の中の一体――ドラクレイル族の中でも特に過激な活動をしていたことで多くの兵士が覚えていたゾンビ――が、前日に確かに倒したはずなのに再び活動していることが確かめられました。
これらの事実が示すことは一つです。
死霊は一度倒しても、再び動き出し襲ってくる。
これは、本来あり得ない事でした。
死霊は不死者などと呼ばれることもありますが、倒してしまえばただの屍に戻ります。
自然発生した死霊が倒された後に再び動き出すことはありません。
あるとすれば死霊術によって死体を操っている場合くらいでしょう。
軍も最初は死霊術士の存在を疑いました。
ですが、二千体近い死霊を操るとなると、人間業ではありません。
また、死体に術をかけて回ったり、倒された死体を回収する不審な人物は目撃されていません。
謎の死霊術士の存在はともかくとして、事態は一気に悪化しました。
死霊の復活が一度だけだとしても、実質的に死霊の数が二倍に増えたことになります。
ですが、もしも何度でも死霊が甦って来るとしたら?
その懸念は、たちまち現実のものとなりました。
少なくとも、二回倒した死霊も再び立ち向かってくることは早々に判明しました。
それだけではありません。
ドラクレイル族の反乱が起こる以前に亡くなり、埋葬された者が死霊となっていることが確認されました。
虐殺され怨みを残した者以外の遺体までもが死霊となっていたのです。
さらには、避難が間に合わず、死霊に殺されてしまった住人までもが死霊となっていることも確認されました。
そして、恐れていた事態が発生しました。
死霊と戦っていた兵士の一人が、運悪く撤退に失敗して死霊の群れの中に取り残され、亡くなりました。
その兵士が、死霊となって現れました。
完全武装のゾンビです。
もちろん、武装したゾンビが一体増えただけならばたいした脅威にはなりません。生前よりも動きも鈍く、技術も無くなっているため倒すことは難しくありません。
しかし、戦いが長引けば長引くほど味方は戦力を減らし、敵は数を増やして行きます。
武器も防具も敵の手に渡って行きます。
早急に決着を付けなければ、どんどん不利になって行き、やがては負けてしまうでしょう。
けれども、終わらせる方法が分かりません。
全ての死霊を操る死霊術士がいるのならばその者を倒せばよいのですが、死霊術士の居場所どころかそのような人物が存在するという確証すらありません。
終わりの見えない戦いの中、兵士達は疲弊して行きました。
打つ手の無くなった軍は自力での解決を諦め、外部に助けを求めました。
その決断を下すまでに多数の兵士が犠牲となり、また避難所が襲われて住民がさらに遠くへ避難することになりました。
判断が遅れたのは軍が自力で解決することにこだわったからでした。
既に隠蔽しきれなくなったドラクレイル族の虐殺を、それでも可能な限り隠し続けようとしたのです。
姿の見えない死霊術士を見つけ出そうと無理を重ね、被害を大きくしてしまいました。
多くの犠牲を出し、ついに音を上げた軍が助けを求めた先は、死霊の専門家である神職者でした。
光神教以外の宗教――海神信仰やドラゴン信仰においても神事を司る神職者は存在します。
ドラクレイル族の虐殺が行われていた時、彼らは集まって光神教会にどう向き合っていくかを話し合っていました。
光神教は大陸最大の宗教です。たとえ国から教会を締め出したとしても、その影響力から完全に逃れることはできないでしょう。
海神信仰にしてもドラゴン信仰にしても、土着の小さな宗教では神職者の家系の者が代々神事を司ることが多いです。
言ってみれば個人で行っている神職者ですが、大きくなった光神教会は組織として活動しています。
何らかの形で対立が発生した場合に、個人で組織を相手にするのはとても不利になります。
そこで、光神教会に対応するため、宗派を超えて協力体制をとるべきではないか?
そんな話し合いをしていました。
神職者の仕事は、宗派やその民族の風習、土地柄などによっても多少変わりますが、何処の宗教でもだいたい共通しているものもあります。
その一つが死者を弔い供養すること。そして、発生した死霊の対処です。
大量の死霊が発生したという知らせを受けて、神職者たちは即座に動こうとしました。
けれども、それは一度軍によって止められました。
それはドラクレイル族の虐殺を隠すためのものでしたが、神職者の技は二千体近い死霊を一度に相手にすることを想定していません。
せいぜいが数体の死霊に対して動きを封じ、屍を土に、魂を天に帰すと言ったものです。
ですから、死霊の数が多いため軍が対処する、と言う理由は納得のいくものでした。
一度はそれで納得し、避難所の守りと怪我人の手当てなど行っていた神職者たちですが、軍からの協力要請に際して真実が告げられました。
軍も、隠し事をしたままで解決できるほど生易しい問題ではないと覚悟を決めたのでした。
集められた神職者は、行われた蛮行に悲しみ、憤りました。その中にはドラクレイル族の祈祷師もいました。神職者の会議に出ていたために難を逃れたドラクレイル族の数少ない生き残りです。
それでも、虐殺に関わっていない一般人が犠牲になるのは間違っていますし、何より死してなお苦しみ続ける姿は見るに忍びなかったのです。
これ以降、神職者たちが中心となり、軍はその指示を受けて動くことになりました。




