第6話 張り出された試験問題
その朝、学園中がざわめきに包まれた。
「見た!? 中庭の掲示板に……!」
「うそでしょう、これって……!」
人だかりをかき分けて私が目にしたのは――定期試験の問題用紙。
本来なら厳重に保管され、当日まで誰も目にするはずのないものが、堂々と貼り出されていたのだ。
「これは……試験問題……!」
「誰が、どうやって……」
その時。
「昨日、試験監督室の前に、マルセリーヌ様がいたのを見ました!」
誰かの叫びが空気を凍らせた。
「え……?」
ざわめきが広がる。
「扉を見つめてたって」
「じゃあやっぱり……」
視線が一斉に、侯爵令嬢マルセリーヌへ集まる。
「ち、違うわ! 私は……ただ先生を待っていただけで!」
必死の否定も、波のような疑念のざわめきにかき消された。
「言い訳は見苦しいな」
王太子ダリウスが冷たい声を放つ。
その隣で、婚約者の侯爵令嬢ドロテアが涼しい顔をして言葉を重ねる。
「侯爵家の令嬢が不正に関わるなんて、あってはならないことですわね」
「でも成績は中途半端でしょう?」
王太子の取り巻きの男爵令嬢カミーユがわざとらしく笑い、扇子で口元を隠す。
「一発逆転を狙ったのかも」
「そんなこと……!」
マルセリーヌの声が震え、目に涙が浮かんだ。
私はたまらず一歩前に出る。
「待って! マルセリーヌはそんなことしない!」
「エレーナ?」
周囲の視線が私に注がれる。
「彼女は正直で真っ直ぐ。試験問題を盗むような人じゃない!」
けれど、その言葉に返ってきたのは冷ややかな笑いだった。
そして、マルセリーヌ自身が顔を上げ、私を睨みつけた。
「……あんたなんかに庇われたくない!」
震える声が、中庭に響き渡る。
「ほっといて! 気持ち悪い!」
「マルセリーヌ……!」
胸が締めつけられる。
彼女は涙を拭うこともなく、踵を返して走り去っていった。
残されたのは、ざわめきと、冷たい笑いだけ。
「ふん……哀れだな」
ダリウスが口元を歪める。
「マルセリーヌを助けたいのだろう? なら――こちらに戻ってこい」
「戻る……?」
呆然と問い返す私に、ドロテアが涼やかな声で言い放った。
「殿下の傍に立てばいいの。あなたが再び取り巻きとして振る舞えば……侯爵家の娘の罪くらい、簡単に消せるわ」
「そうよ」
カミーユがにやりと笑う。
「あなたにしかできない“交渉”よ」
そして――。
王太子ダリウスは懐から小箱を取り出した。
開かれた中には、銀色に輝く指輪。
私を一年間も縛りつけた、忌まわしい呪縛そのものだった。
「さあ、この指輪をしなさい、エレーナ」
ぞっとする寒気が背筋を走る。
あの地獄の日々に引き戻されるような錯覚に、思わず息を呑んだ。
「そうすれば、すべて元通りだ。お前は再び私の傍に立ち、侯爵家の娘も救われる」
その声は甘い毒だった。
「殿下のお情けに感謝するべきですわ」
ドロテアの唇が冷ややかに歪む。
「それとも、友を犠牲にしてまで意地を張るのかしら?」
「……っ」
私は唇を強く噛み、ダリウスを睨み返した。
「……嫌です。二度とその指輪なんかしない。私はもう、あの頃の私じゃないから」
断ったものの、緊張と恐怖で手も足も震えて逃げ出したい。
ダリウスの瞳に、怒りの光が宿る。
「愚か者め……」
吐き捨てるような声を残し、彼らは背を向けて去っていった。
残された私は強く拳を握る。
(マルセリーヌ……必ず、私があなたの無実を証明してみせる)




