第30話 戻ってきた親友
数日ぶりに、マルセリーヌが学園へ姿を現した。
教室の扉が開いた瞬間、ざわっと小さなざわめきが走る。
けれど以前のような冷たい視線や嘲りの声はない。
――サモン教師が犯人として処分されたことで、彼女への疑いは消えたのだ。
マルセリーヌは少し緊張した面持ちで席につき、授業中もどこか落ち着かない様子だった。
私はずっと、胸の奥がそわそわしていた。話しかけたい。でも、彼女がどう思っているのか――。
放課後。
片付けをしていると、机の横に小さな影が立った。
「……エレーナ」
振り向くと、そこにマルセリーヌがいた。
真剣なまなざしでこちらを見つめている。
「兄さんから聞いたの。……あなたが、私のことを信じて動いてくれてたって」
胸が熱くなる。思わず言葉を失った。
「……どうして?」
マルセリーヌの声は震えていた。
「みんなが私を疑っていたのに。私自身だって、もう誰も信じられないと思っていたのに……」
私は深く息を吸い、彼女をまっすぐに見返した。
「だって、私は――ずっとマルセリーヌが大好きだから」
その瞬間、マルセリーヌの瞳が大きく揺れた。
頬が紅潮し、堪えきれない涙が零れる。
「……ありがとう」
彼女は小さく呟き、震える手を伸ばしてきた。
私はその手をぎゅっと握り返す。
「ごめんね、マルセリーヌ。私があんな風になって……あなたを傷つけたこと」
「もういいの」
マルセリーヌは涙の中で笑った。
「だって、今は――昔のエレーナに戻ってくれたんだもの。また昔みたいにマルーって呼んで。」
「うん。マルー、ありがとう。」
私も思わず笑みをこぼす。
マルーは涙を拭きながらにっこり微笑んだ後、ふいに真剣な顔になった。
「……ねえ、エレーナ。戻ってきたっていうのなら、あれをお願いしてもいい?」
「……あれ?」私は目を瞬かせる。
「そうよ、あれよ!」
マルーはにやりと笑い、じりじりと距離を詰めてきた。
(まさか……!)
観念した私は、ふっと息をついて顎をクッと突き出す。
マルーは待ってましたとばかりに、私のほっぺを両手でむにむにと揉みしだいた。
「ひゃっ、ちょっ……!」
「ふふっ、やっぱり! 久しぶりだけど、エレーナのほっぺはマシュマロみたいで最高だわ!」
マルーの顔が楽しげに輝く。
「これまでの分もんどかないとね!」
「……今日だけ大サービスよ」
私は呆れながらも笑って返す。
二人して笑い合う声が、教室に心地よく響いた。
一年間の空白を、ようやく埋めるように。
夕暮れの光が窓から差し込み、二人の影を重ねる。
――こうして、私たちは再び親友に戻ったのだ。
マルーと手を取り合ったまま、私たちは教室を後にしようとした。
そのとき――背後から視線を感じる。
振り返ると、王太子ダリウスが腕を組み、こちらを鋭く見据えていた。
隣には婚約者のドロテア、そして取り巻きの男爵令嬢カミーユもいる。
「……ふん」
ドロテアが小さく鼻を鳴らし、視線を逸らす。
カミーユは唇を歪めて笑った。
ダリウスは何も言わなかった。
ただ、その瞳には明らかな苛立ちと――なにかを計算しているような影が宿っていた。
(やっぱり……彼らは、このままじゃ終わらない)
私はマルーの手をぎゅっと握り直す。
たとえ何を仕掛けられようと、もう二度とマルーと離れたくない。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
これで第一章は一旦完結となります。
エレーナが「昔の自分」を取り戻し、マルセリーヌとの友情も再び繋がりました。
けれど――王太子、そしてその背後にいる王家の思惑。
謎めいた「導きの手紙」。
まだまだすべてが解決したわけではありません。
次章からは、マルセリーヌも仲間に加わり、四人で協力しながら新たな事件へと挑むことになります。
友情、愛、そして国家を揺るがす陰謀……ますます深まる謎と、ドキドキの展開をお楽しみに!
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では、第二章でまたお会いしましょう!




