第13話 試験後
夕陽に染まった廊下を歩く。
窓から差し込む光は柔らかいのに、胸の奥は重たく沈んだままだった。
試験が終わったというのに、全く解放感を覚えない。
頭にこびりついているのは、あの光景――校舎の影でマルセリーヌが背の高い男と口論していた姿。
「姉さん!」
声をかけてきたのはレオンだった。
彼は駆け寄ってきて、私の顔をじっと覗き込む。
「……やっぱり何かあったんでしょ。顔に書いてあるよ」
「……」
私は視線を落とす。
「言わないつもり?」
彼が少し頬を膨らませる。
でも、その目には本気の心配が滲んでいた。
「……休み時間にね」
私は意を決して口を開いた。
「マルセリーヌが……誰かと口論していたの」
「誰かって?」
低い声が横から響く。
はっと振り返ると、夕陽を背にアドリアンが立っていた。
長身の影が廊下に伸び、落ち着いた瞳が私を射抜いてくる。
「アドリアン……」
「君たちの様子がおかしかったから、待っていたんだ」
アドリアンは歩み寄り、私の正面に立つ。
「それで? マルセリーヌは誰と口論を?」
私は唇を噛みしめ、影の中の男を思い出す。
「顔ははっきり見えなかった。でも……背が高くて、大人の男性。先生か、上級生かもしれない」
「ふむ」
アドリアンは小さく頷き、さらに問いかける。
「何を言い合っていたんだい?」
「……マルセリーヌは“私はやってない”って、必死に否定していたわ。
それに、相手は“俺はお前を庇ってやっている”って……。まるで、真実を知っているみたいに」
私の声は震えていた。
思い出すだけで胸が痛む。
「それって……すごく怪しいじゃないか!」
レオンが拳を握り、憤った。
「落ち着け、レオン」
アドリアンが制する。
「断片的な会話だけで決めつけるのは危険だ」
彼は一度視線を落とし、低く吐き出すように言った。
「実を言えば……僕も何度か妹に直接聞いてみたんだ。だが、マルセリーヌは何も答えてくれなかった」
「……!」
私は息を呑む。
「言えない事情があるのか、それとも本当に関与しているのか。正直なところ、僕にも判断ができない」
アドリアンは苦々しげに眉をひそめる。
「だからこそ、証拠が必要なんだ」
「……」
「それに」
彼は視線を私に戻し、静かに言った。
「エレーナ。体を乗っ取られていたなんて言ってるけど、本当は性悪で小悪魔なままだが、本性を隠して“大人しいふり”をしているだけかもしれない」
「……っ」
胸の奥が冷たくなる。
やっぱり、そう見えているのだ。
「アドリアン!」
レオンが即座に声を荒げた。
「姉さんは違う! 本当に変わったんだ!」
「……レオン」
アドリアンの瞳が弟に移る。
「君は姉さんを信じたいんだろう。でも、もしもそれが演技だったら? 君を欺いて、また妹を傷つける存在だったとしたら?」
「そんなわけない!」
レオンは食い下がる。
「僕は間違えないよ。姉さんは……ちゃんと戻ってきた!」
私はその声に胸が熱くなる。
(レオン……)
アドリアンは二人を見比べ、ふっと息を吐いた。
「……いいだろう。ならば一緒に調べよう」
「アドリアン……?」
「僕は証拠を見たい。妹を守るためにも、そして君を信じられるかどうかを確かめるためにも」
その横顔は厳しく、けれどどこか頼もしくもあった。
レオンが小さく鼻を鳴らし、私に向かって笑みを見せる。
「大丈夫だよ、姉さん。僕らが絶対に真実を見つけ出すから」
胸の奥に、ほんの少し光が差し込む。
(うん……必ず、マルセリーヌを救ってみせる)




