第11話 調査
放課後の学園は、静寂に包まれていた。
廊下の窓から差し込む夕陽が床に長い影を落とし、扉の前に立つ私とレオンの影を重ねる。
「取っ手も……鍵穴も異常なし」
レオンが腰をかがめ、真剣な顔で調べていた。
「魔力でこじ開けられた痕跡もゼロだな」
私は扉や壁にそっと手をかざし、魔力の残滓を探った。
けれど――何も感じられなかった。
「……魔法の気配もない。やっぱり正規の鍵を使ったのかもしれない」
「だとすると……ドロテア様の可能性が高い」
レオンが眉を寄せて呟く。
「校長の娘なら、鍵を手に入れるなんて簡単だろうし」
私は唇を噛んだ。
確かに推測はできる。
でも、それでは証拠にならない。
「姉さん、また“しわしわおばあちゃん”が出そうな顔してる」
レオンが不意に笑い、私の額を指で軽く突いた。
「……っ! 出てない!」
思わず声を上げると、彼はくすっと笑って肩を竦める。
「ほら、図星」
(もう……こんな時に)
少しだけ胸の緊張が和らいだその瞬間――。
「二人で何をしているんだい?」
背後から穏やかな声がした。
振り返ると、アドリアン・ランベールが夕陽を背に立っていた。
落ち着いた笑みを浮かべ、長身の影をこちらへ伸ばしている。
「アドリアン……」
思わず名前を呼ぶ。
「試験問題の件を探っているのかな?」
監督室の扉を見やり、すぐに察したように問いかけてくる。
レオンが少しむっとした顔で答えた。
「そうだよ。姉さんが……いや、僕らが気になって調べてたんだ」
「……姉さんが、ね」
アドリアンの視線が私に移る。
その瞳には、疑いと距離感が宿っていた。
(……やっぱり、信じてない。私が“操られていた”なんて)
胸が詰まり、言葉が出なかった。
けれど、アドリアンは静かに息を吐き、率直に言った。
「正直なところ、僕はまだ君の言葉をすべて信じることはできない、エレーナ」
「……!」
冷たいわけではない。ただ、あまりに誠実すぎる声だった。
「けれど――マルセリーヌが傷つけられているのは事実だ。妹は無実だと、僕は信じている」
「……アドリアン……」
「だからこそ、真犯人を見つけたい。君の話に曖昧なところがあったとしても、妹を守るためなら僕も協力させてほしい」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
私を信じていないのに……それでも一緒に動こうとしてくれる。
レオンが不満げに眉をひそめた。
「姉さんのこともちゃんと信じればいいのに」
アドリアンは苦笑し、レオンの頭を軽く撫でた。
「信じたいよ。でも、僕は証拠を見てからでないと納得できない性分なんだ」
その後、少しだけ表情を引き締める。
「レオン。君は“姉さん”って呼んでいるけれど……本当に、今目の前にいるのが君の知っている姉さんなのか、考えたことはあるか?」
「……!」
レオンの瞳が揺れる。
私は胸がきゅっと痛んだ。
「アドリアン……!」
「すまない。でも僕は、疑うことから始めなければならない」
アドリアンは静かに言った。
「妹を守るために、ね」
レオンは唇を結び、すぐに首を横に振った。
「僕は間違えないよ。姉さんは……ちゃんと戻ってきた」
彼の強い声に、思わず胸が熱くなった。
(レオン……)
三人で扉や壁を改めて調べた。
だが、どこにも証拠は見つからなかった。
痕跡も、手がかりも、何ひとつ。
沈黙が落ち、私は唇を噛みしめた。
「……このままじゃ、マルセリーヌが……」
声が震え、視界が霞む。
助けたいのに、何もできない。
ただ時間だけが過ぎ、疑いは妹に押しつけられていく。
アドリアンは静かに目を伏せ、低い声で言った。
「焦っても真実は見えない。だが――必ず方法はある」
(……本当に、私にできることはあるの……?)
胸の奥で、焦燥と無力感が渦を巻いていた。




