第9話 聞き込み
放課後の校庭は、まだ賑やかさを保っていた。
西日が差し込み、芝生を黄金色に染めている。
歓声が上がるたび、風に乗って乾いたボールの音が響いた。
魔法で浮力を与えられた木製のボール――「空球」。
学園生たちに人気の遊戯で、空中に跳ねる球を追いかけては、風や跳躍の魔法で奪い合う。
汗と笑い声が混じるその輪の中心で、ひときわ目立っていたのがクルール子爵令息だった。
「クルール様」
私はそっと声をかけた。
彼は器用にボールを片手で回しながら、くるりと振り返った。
「おや? これはこれは……王太子に捨てられた伯爵令嬢が、僕に何のご用かな?」
その言葉に、周囲の生徒がざわりと笑いを漏らす。
胸の奥が痛み、息が詰まった。
だがすぐにレオンが前に出て、低い声を投げつけた。
「……姉さんを侮辱するな」
凍りついた空気に、笑い声が止む。
クルールは肩を竦め、わざとらしく両手を広げてみせた。
「おっと、怖い怖い。冗談だよ、冗談。そんなに睨まなくても」
レオンは一歩も引かず、じっと見据えたまま言った。
「単刀直入に聞く。お前が今日、マルセリーヌ様を見たという証言だ。本当に見たのか?」
「ふむ、やっぱりその話か」
クルールは面倒くさそうに息を吐き、ボールを足元で転がした。
「サモン教師に呼ばれて、監督室へ行ったんだよ。授業中にうっかり居眠りしてしまってね。『ふざけるな、放課後監督室に来い』と怒鳴られてさ。……そこでマルセリーヌ嬢とすれ違った。ただそれだけさ」
「……なぜ覚えていた?」
レオンは食い下がるように尋ねる。
「マルセリーヌ嬢ほどの美人を見間違えるはずがないだろう?」
クルールは軽薄な笑みを浮かべる。
「それに、監督室に縁のなさそうな彼女がそこにいたのが不思議で、印象に残ったんだ」
私は黙って聞きながら、心の奥で考えを巡らせる。
(……確かに、言っていることはもっともらしい。でも、わざわざ“証言”として広めたのは……)
レオンは腕を組み、しばし考え込んだ。
「……じゃあ、サモン教師に呼ばれたのは事実なんだな?」
「もちろん。あの人は授業中の居眠りを見逃すような甘い教師じゃない」
クルールは苦笑交じりに答える。
「それに……僕は彼女を陥れるつもりなんてないさ。ただ、本当に見たことを口にしただけ。学園の連中がそれをどう受け取るかは……僕の知ったことじゃない」
(……犯人ではなさそう)
私の心にそう結論が浮かぶ。
「……姉さん」
レオンが振り向き、小声で言った。
「こいつは犯人じゃないな。言葉は軽いけど、嘘はついてない」
私は小さく頷いた。
「ええ……」
クルールはそのやり取りを聞いて、わざとらしく笑みを深めた。
「なるほどね。探偵ごっこか。まあ面白いよ。だけど……気をつけな」
視線を鋭くして、挑発的に囁く。
「王太子殿下の耳に入ったら、どうなるか分からないから」
その言葉に、レオンが鋭く睨み返す。
私は胸の奥のざわめきを抑えながら、彼に背を向けた。
背後で再び空球の音と笑い声が響き、校庭の喧騒に混ざって消えていく。
ーー
校庭を後にし、私とレオンは並んで歩きながら言葉を交わした。
空球の歓声が遠ざかるにつれ、胸のざわめきも少しずつ落ち着いていく。
「……どう思う、姉さん?」
レオンが肩越しにこちらを見た。
「……クルール様は、犯人ではないと思うわ」
私は静かに答える。
「証言は本当。でも……誇張はしていた。たぶん、ただ目立ちたいだけ」
「同感だな」
レオンは小さく笑う。
「顔に“俺はモテたい、目立ちたい”って書いてあったし」
思わずくすっと笑ってしまった。
「……そんな風に見えたの?」
「うん。というか、ああいう奴はクラスに一人はいるでしょ? 見栄っ張りで軽口ばっかり」
軽く肩をすくめるレオンの様子に、張り詰めていた気持ちが少し和らいだ。




