7.金属と彫金と合金と 8
周囲の熱気だけで、皮膚がチリチリと焦げていきそうな感覚を覚える高温にかけられた坩堝の中身は、氷みたいにすぐに形を変えたりはしなかったけど、少しずつ高さが減っていくのが分かった。その代わりに、熔けた液状の何かが増えていく。
学校の化学の授業で見本として見せられた水銀を彷彿とさせるから、この液状の何かが、坩堝内の石が熔解した結果なんだろう。
その様子を見てると、数が多いミッテルマビグがほとんど熔けたのに対して、ノーメラはまだ半分くらい形を保ったままだ。金属によって、熔けるスピードも違うのかな。
「両方熔け切った後、そのまま火にかけてると沸々と気泡が浮かび上がってくる。それをじっと見てると、その最中にここだって感覚がする瞬間があるはずだから、その瞬間にコムペンサミシェンを投入すりゃええ」
いつコムペンサミシェンを入れるんだろうと思いながら坩堝を眺めていると、四月朔日さんからそう声がかかる。
坩堝の中身は、まだ完全に熔けてない。時々額を伝って目に入りそうになるのを手で拭いながら、視線は坩堝から動かさないようにする。熱気で目が乾燥する痛みに意識して瞬きをしながら、四月朔日さんの教えてくれた瞬間を待つ。
ゆっくりとだけど、ノーメラも熔け切って石の形がなくなり、坩堝の中はもうミッテルマビグとノーメラの区別がつかない一つの液体になってた。その液体を継続して熱してるから、まるでお湯が沸くように少しずつ気泡が表面を揺らして波打つ。
時間が経つにつれてぶくぶくとその気泡の量が増えて行って、表面は泡で覆いつくされた。このままだと蒸発してなくなっちゃうんじゃないかと思うくらい沸々と沸いたその時、頭の中に「今」という声が聞こえたような気がした。
体が動いて、コムペンサミシェンの試験管の封のコルクを抜いて、中身を坩堝の中に注ぎ込んだ。さらりとした液体が坩堝の中に滴ると、ふつふつと沸き立つ泡が液状のものとコムペンサミシェンを一緒にかき混ぜていく。
えっと、なんか勝手に混ざってくんだけど、かき混ぜるんだよね? 四月朔日さんはさっきかき混ぜてたもんね。かき混ぜる棒はどれなんだろう。
「基本的には作業テーブルのメニューにある石英棒っちゅーのでかき混ぜたらええ。あと、合金の時はかき混ぜた方がいいが、単一の金属を鋳造するだけならかき混ぜんくても問題ない。混ざり切ったと思ったら、インゴット鋳型に流し込めばええ。坩堝は高温になっとるから、触れて火傷せんようにな」
四月朔日さんの忠告にうなずきながら、作業テーブルのメニューの中から石英棒というのを探す。鍛治系のメニューの中にその名称があったのを確認して、石英棒を取り出す。
四月朔日さんが使ってたのと同じような棒が出てきて持ち上げると、それなりに重たかった。石英ってなんだっけ、多分石の名前だと思うんだけど、思い出せなかった。
とりあえず、石英棒で坩堝の中をかき混ぜる。沸々と沸いているときの泡の様子からは思いもよらないくらい、液状のソレは粘度があって重たかった。
くるくると重たい石英棒を坩堝の縁に沿わせて回していると、また頭の中に「そろそろ鋳型に入れる」と声が聞こえたような気がする。それに従っていいのか少し疑問がわいたけど、正誤がわからないからしたがって作業をすることにする。
坩堝トングで坩堝の端を掴んで、ゆっくりと火から持ち上げる。最初に石を入れておいた時よりも重たく感じたけど、幸い持ち上がらなかったり、重さでよろめくほどではなかったから、坩堝をそっと作業テーブルまで移動させて、石英棒を取り出すついでに取り出した鋳型のくぼみに向かって坩堝を傾ける。
ゆっくりと流れる液状のソレは、坩堝の内側を沿うようにのったりと流れてくるけど、想像よりも幅広く広がって、鋳型のくぼみの範囲を超えそうになって慌てて傾きを元に戻した。
僕の焦った様子が面白かったのか、四月朔日さんが笑った声が聞こえたけど、それを確認するよりもこぼさないように細心の注意を払うのでいっぱいいっぱいだった。
「よし、あとは冷え固まるのを待てばええ。それで、カナカ坊、こいつを読み込んどけ」
「……なに?」
坩堝を一旦作業テーブルの端っこにおいて一息ついたところで、四月朔日さんが数枚のメモ紙を差し出してきた。受け取って尋ねながらメモ紙の中身をみると、「大まかな彫金のやりかた」と表題のついた文章が、少し癖の強い文字でびっしりと書かれてた。
若干最中さんに似た字だなと思いながら、その文字を目で追う。
「知り合いの彫金師に彫金について聞いたら送ってきたもんじゃ。なかなか彫金をするもんがおらんようでな。一枚目に大まかな彫金のやり方、二枚目が彫金の時に使う道具と使い方、三枚目以降が実際の作業工程まとめじゃそうじゃ」
ぺらりと二枚目以降もめくってみると、確かに彫金に必要らしい道具の名称、作業テーブルメニューのどこにあるか、どういう作業の時に必要なのか、実際に作業はどういう順序で作業するのかを簡潔にかいてあった。
この通りに作業すれば、全くやったことがない僕でも彫金ができそうな気がしてくる。
「もし、そのメモを見てわからんことがあれば、彫金師が直接教えてやるというとったぞ。鸞瑪にも伝えておくから、どうしてもわからんかったら鸞瑪に声をかけるとええぞ」
「ん、わかった」
その彫金師もカササギさんの知り合いの人なんだなぁと思いながら、冷えて固まったイーリクを鋳型から取り出す。複数本できたイーリクのインゴットを見て、ひとまずこれだけあればいいかなと感じる程度には数があった。
「とりあえず、これで彫金してみる」
「おう。もしインゴット類が足らんくなったら遠慮なく言うといい。必要なら、鸞瑪に言やぁ炉のために工房を増やすのもわけないからのぉ」
「ん」
四月朔日さんの言葉にうなずいて、僕はくてっとしたまま動かないニニを掴んだまま、四月朔日さんの工房を後にした。




