7.金属と彫金と合金と 2
ある程度僕が食べ終わったところで、鼻をひくひくさせつつ目をくしくしとこすりながら、ニニが起床する。
「おはよう」
「んキュゥイィ……」
僕が挨拶をすると、若干寝ぼけたような声で挨拶をし返してきたけど、ニニはずいぶんと眠たそうで、目が全然開いてなかった。
目は開いてないけど、ごはんの匂いはわかるのか、鼻を鳴らしながらニニに用意されたごはんのお皿を手探りで探し当て、ほとんど目をあけないままもしゃもしゃと口に運んでる様子はちょっと面白かった。
その様子を眺めていたら、カササギさんに「早く食べな」と促されて、僕も自分の分の残りを口に運んだ。
「キュイ、キュゥイ」
「満足できたみたいだね」
口の端にソースを付けて、ぽんぽんとちょっと膨らんだように見えるお腹を叩いてるニニの口元を、真鯛の刺身さんが用意してくれた布巾で拭ってやる。
口を拭われて気になったのか、ニニ自身も口元を手でコシコシと擦り始める。もうついてないのに擦ってるので、「もう拭けたよ」と笑ったら、ニニは納得したのか、とりあえず口元を擦るのはやめた。
「で? 今日の予定を確認してなかったけど」
「ん、金属のこと聞きたいから、四月朔日さんの工房にお邪魔するつもりだけど……」
「おぉ、待っとるぞ」
席を立ったところだった四月朔日さんが、そういいながら食堂を出ていく。その姿を見送ってから、ニニをもう動かしても大丈夫そうか眺める。
結構な量を真鯛の刺身さんが用意してくれてたのに、ニニは気づけば全部平らげてた。質量的に、ニニのお腹の中にある胃袋の容量を超過してると思うんだけど、ちょっとぽっこりとお腹が膨らんでるように見えるだけで、全部問題なく食べきってるんだよね。どこに消えたんだろ。
そんなにいっぱい食べたニニを持ち運んだら、食べたものが出てきちゃうんじゃないかって不安になる。
「……多分平気なんじゃない?」
四月朔日さんについていかなかった僕を見て、カササギさんが少し呆れたように笑いながらそういった。
……カササギさんがいうなら大丈夫なのかな? ニニの頬をつんと突いてみると、ニニは大丈夫と言わんばかりに「キュイ!」と元気よく返事をしたので、とりあえずニニを持って四月朔日さんのところに行くとする。
ニニを持ち上げると、ここまで持ってきた時よりも重たい気がするけど気のせいかな? 気のせいじゃなくても、どうしようもないからとりあえずおいておこう。
「……鍛治工房って、すぐそこだったよね?」
「そうそう。食堂の向かいね」
最初に教えてもらったときの説明を思い出しながら、四月朔日さんがいるだろう鍛冶工房の場所を確認する。記憶違いがあっても嫌だし。
そうしたら、ちゃんと覚えてたねぇ。なんてカササギさんに言われたので、記憶違いはなかったみたいでよかった。
ていうか、鍛治工房と調剤工房隣同士なんだ。……あの、どっちかで火災が起きた時にやばい延焼が起きそうな気がするんだけど、どうなんだろう? あ、でも上にあるのは裁縫と織物工房だったし、燃えやすい布よりはましなのかな。
とりあえず、爆発とか起きないことを祈っておこう。
まだ食堂に残ってるカササギさんたちに会釈して、ニニを持って食堂を出る。食堂を出た向かいに扉が二つ。その内玄関ホールに近い方は、昨日最中さんに調剤について教えてもらったときにお邪魔した、調剤工房だ。
だから、本当に食堂の真向かいにあるもう一つの扉が、鍛治工房。一応扉を強めに三回ノックしてみて少し待ってみたけど、反応がない。
……調剤工房といい、この鍛治工房といい、もしかしてすごい防音性能で外からのノックや声掛けは室内に届かない作りなのかな?
昨日の爆発が頭をよぎるから、扉をそのまま開けるのにはちょっとだけ嫌な感じがするけど、鍛冶工房にはそこまでの爆発物はないだろうと仮定して、ニニを持ってない方の手でドアノブを握って、少しだけ扉を開いて隙間から覗き込んでみる。
その隙間からは、一瞬びっくりするくらいの熱風が噴出してきた。
それに、あわてて僕が通り抜けられるだけの隙間をあけて、室内に滑り込む。後ろ手で扉を閉めれば、全身をちょっと息苦しくなりそうなくらいの熱気が包んだ。
煌々と燃え盛る炉。外では聞こえなかった、カーンッ、カーンッと鋼を槌で打ち付ける甲高く澄んだ金属音と、炉の前に膝をつき、炉の火に焼かれながら鋼を打つ四月朔日さん。
声をかけようと思ったけど、集中してるように見えたから口をつぐむ。
四月朔日さんが食堂を出て行ってから僕が来るまでの間にそれほど時間は経ってないはずなんだけど、打ち付けてる台には形が見え始めた刃物があった。
四月朔日さんの振り上げた槌がそれを打つたびに、澄んだ綺麗な金属音が響いて台の上の金属が形を変える。はっきりと判別できるほどの形状ではないけど、明らかに刃物だろうということはわかる。
煌々と燃える火から起きる熱波であらゆる場所から玉のような汗をこぼしながら、けれども台の上から目は離さないと、視線をほとんど動かさずに打ち付けている。
鍛治ってこんな感じなんだ。
状況を見てか、ニニも鳴き声を上げずに静かにしてる。
僕は少し考えて、邪魔をするのも悪いし、そのまま四月朔日さんが何かを打ち終わるのを静かに待つことにした。




