1-12.暁を覚えず
人型魔物の捜索。
私は支部長の一言で二年前の出来事を思い出し、自分の血の気が引くのを感じた。
「まさか、またオーガが出たんですか?」
そもそも人型の魔物というのは、通常の環境で自然発生することはない。
ダンジョン内でのみどこからともなく現れ、その後は繁殖によって数を増やす。
ダンジョン外で人型魔物が目撃された場合、考えられる原因はふたつしかない。
まず、ダンジョンで生まれたものが外へ漏れ出した。
これは主に開放型と呼ばれる、ダンジョンとそれ以外との境界が曖昧なところで起こる。
それは広大な森の一角であったり、山岳地帯の山ひとつ丸ごとであったり、規模感や特徴は様々だ。
ただしカラム王国内部では今のところ、開放型ダンジョンは確認されていない。
もうひとつの閉鎖型と呼ばれるダンジョンでも、不定期に起きる魔物の大量発生で外に押し出される場合がある。
だが、それはオーガの一体二体でおさまるようなものではない。
大量発生が記録された書物で『波濤』とか『雪崩』と表現されることからわかるように、それこそ波のように大挙して押し寄せる。
戦時中の周辺諸国が問答無用で停戦するような大事なので、いかに平の冒険者といえど、一切情報が入ってこないというのは考えにくい。
そしてもうひとつ、ダンジョン外に出た人型魔物が繁殖した。
ちなみにこの繁殖は、魔物同士で交配する場合と、魔物のオスが人間の女性を『利用』する場合とがある。
そうとも、前世の小説に出てくる魔物にはコレをやるのとそうでないのがあったが、残念ながらこの世界の魔物はやる方だった。
これがあるから、ダンジョン周辺には女性が近寄れないという地域も当然のようにあるし、人型魔物の大量発生が起きると戦争も問答無用で停まる。
過去には事態への対処が遅れたことで領地が複数滅びた事例もあるため、ダンジョン外で人型魔物を発見した場合は報告、もしくは討伐の義務が生じるのだ。
要するに今回も二年前の騒動も、生半可な事態ではないということだ。
「目撃の情報は寄せられたのですが、匿名なうえ足跡とか食事の形跡とか、そういった証拠が皆無なんですよねぇ」
「あぁ……」
ごく稀にあるのだ、いたずらの通報が。
とはいえ、前述の通り事が事なので、調査に人手は出さねばならない。
……ちなみに虚偽の通報だと発覚した場合、通報者はどのような身分の者であってもお縄からの厳罰なので、度胸試しにオススメすることはできない。
「ただ、悪戯かどうかはまだ微妙なところでして。衛兵の現地調査では問題ないのですが、この森の事情も加味し、念のためギルド側でも調査をとのことです」
「さっき支部長の言った通り、サズちゃんには調査に加わってもらうわ。理由は三つ、ここ最近の素行不良で貢献点が落ちてること、二年前の事件を含め討伐経験があること、そして支部長室に報告に来ても怪しまれないことよ。まぁ、貢献点についてはちょっとかわいそうな気もするけどねぇ」
スローン副長が苦笑いしながら言った。
『みなし降格』の適用者であった『冒険者サズ』、つまり記憶が戻る前の私は貢献点が下がり過ぎた場合、報酬の少ない依頼を強制的に受注させられていたのだ。
要するに、ボランティアで貢献点を稼げということである。
ついでに言うならば、普通の冒険者はこんな頻度で支部長室に呼び出しを食らう事もない。
反省してくれ『冒険者サズ』……。
「冒険者側による調査は続きますが、衛兵による調査は明日いっぱいまでです。サズくんには明後日以降、これを引き継いでいただきます」
「了解しました。これ私だけですか?」
「流石に他にも数名募る予定よ。万一集まらなくても、当てはあるから安心してね」
◇
結局、格闘の指南はしばらくお預けになった。
スローン副長は明日のうちにカタリスを出立する都合で、処理しなければいけない仕事が山積みだったからだ。
まだ日も高かったものの、特にするべきことも思いつかなかった私は、ギルドからそのまま拠点にしている宿『働き蜂』に戻って眠ってしまった。
「ふあぁ……なんか随分よく眠れたな」
窓の外を見れば太陽はほぼ地平線の向こうに沈みかけ、空は鮮やかなグラデーションを描いている。
だいたい二、三時間ほどだろうか、ずいぶんと質の良い昼寝になってしまったようだ。
これでは、夜にちゃんと眠れるか若干不安が残るな。
まあ明日は装備を受け取りに行くだけだし、特に気にしなくてもいいか。
……そう思っていたのだが。
「サズ、あんた随分よく眠ってたね?昼飯時になっても全く起きてくる気配ないしさ」
階段を降りたところで鉢合わせた女将さんにそう言われ、啞然としてしまった。
どうやら丸一日以上眠りこけていたらしい。
「なんか損した気分……」
休日を丸ごと寝過ごした虚無感とともに、丸一日放置された腹の虫が小さく叫んだので流れるように食堂へ。
飲み物と軽食をいくつか注文し、テーブルについたところで思わず大きなため息が出てしまった。
原因は過去の記憶が戻ってきた反動なのか、それとも新しい魔術の影響なのか。
もし魔術のせいだとすれば護衛の依頼を受注しにくく、というか受注できなくなるだろう。
魔術を使った戦闘の度に丸一日眠る護衛とか、おとぎ話でも聞いたことがない。
つまり明日から数日間の調査依頼では、あの魔術は可能な限り使うべきではないということだ。
「早めに検証しないとだ、無理やり起こしてもらえるのかどうかも含めて……」
と、ここまで考えて改めて思い出した。
「注文しちゃったけど、さっさと食べて防具と槍を受け取りに行かなきゃか」
いくら危険が少ない賢人の森とはいえ、武器も防具もない状態では入りたくない。
魔術も詳細が分かるまで使用を控えねばならないのだから尚更だ。
マトモに槍を扱うのは約二年ぶりなので、魔獣相手にどこまで通用するかはわからないが。
「はいよ、お待ち!」
女将さんが私の注文した料理たちを持ってきた。
あれこれ考え事をするのも、こいつらを片付けてからにしよう。
せっかくの料理が冷めてしまう。




