310.ミュラー家②
約16年前、レイア達がいずれ城を離れると決めた時、イヴの家族をどう守るかでレイアは頭を悩ませていた。
イヴが何がなんでも着いて来るのは、レイアにもまだ幼かったハーレイにも分かっていたし、それを止めるのは無理だと理解していた。
しかし、失踪した後にイヴの家族に咎があってはならない。
まだ幼いハーレイがミュラー侯爵家を守る事は難しく、レイアは内々にミュラー侯爵と夫人を城に呼び、話をした。
その場にはイヴとハーレイも同席し、レイアは自身が妖精である事と、その娘が長く生きられない事も、全て話した。
流石に自国の皇妃が実は御伽噺でしか聞いた事のない『妖精』と言われ、夫妻は戸惑った。
レイアの話を信じない訳では無い。
しかし人というのは、見た事のない事実を受け入れる事は苦手だ。
その心の葛藤が、レイアには手に取る様に分かった。
レイアはその場で、妖精の証である虹色の羽を出して見せた。
肉体はヒトのそれになったとしても、体内には妖精としての力を無くさずに持っている。
その事が短命の理由なのだが、レイアにとっては妖精であった自分も、ヒトの体となった自分も両方大切だった。
その時レイアは久しぶりに見た自分の羽を、愛しげに眺めていた。
結果として、レイアの背に現れた蝶の様な形の、虹色に煌めく羽を見た侯爵夫妻は、感動からなのか涙をポロポロと流し、レイアの語った話を信じてくれた。
ハーレイもその時に初めてレイアの羽を見たのだが、あまりの美しさにポカンと口を開けて固まっていた。
そんなハーレイの耳元に口を寄せ、「イヴが初めて私の羽を見た時も似たような感じだったのよ。親子ね」と、夫妻を見ながらくすりと笑っていたのを思い出す。
そして話し合いの結果、レイア達が消えた時にイヴは城に残ったように見せかける事にした。
魔術で誰かをそっくりさんに仕立て上げることも出来るが、幸いミュラー侯爵家にはイヴと同じ色の、顔立ちもよく似た、妹のメイリーンがいた。
メイリーンは帝都の治療院で働いており、あまり社交界にも出ていなかったため、入れ替わりがバレることは無かった。
レイアが城を出た後は、イヴをレイア専属侍女からハーレイの専属侍女とし、必要な時のみ、メイリーンにイヴを装って城に来てもらったり、時々夜会などにイヴとして出席してもらった。
そうこうしているうちに、ハーレイが立太子された。
メイリーンには学院時代からの婚約者候補がいたが、この身代わりの件があるため、正式に婚約出来ずにいた。
イヴが嫁いだことにすれば、今後メイリーンに身代わりを頼む必要がなくなる。
そして皇太子になったハーレイならば、臣下の婚姻の許可を出せる。
2人は正式に婚約し、その後結婚した。
世間的にはイヴリン・ミュラーとその婚約者の結婚と発表されたが、ハーレイが承認した婚姻届には、きちんとメイリーン・ミュラーと記されている。
メイリーンにとっても婚約者にとっても、それは気分のいいものでは無いはずだが、姉妹仲の良かったメイリーンも、イヴを知る婚約者も、ひとつ返事で引き受けてくれた。
2人にはハーレイからの礼として、帝都から離れた直轄領に家を、そのそばにメイリーンの希望だった治療院を建て、2人は今そこで暮らしている。
ここまで一気に語ったハーレイは、フィルの入れ直した紅茶を飲んで、ほっと息を吐いた。




