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危機を見つける

 翌日、テレビをつけると、あの浜辺が映っていたので驚いた。


 昨日発見された死体は、いままでの死体と異なり、腹が切り裂かれていたのだそうだ。


 いままでの死体の話もあり、和製切り裂きジャックか、連続殺人鬼かとセンセーショナルに騒ぎ立てていた。

 母は出かける前に、夜の散歩は禁止だと僕に言い含めていった。

 学校でも、自分たちの町が全国区で騒ぎ立てられていることに生徒たちが興奮していた。そのせいか、危惧していた斉藤からの嫌がらせもなかった。


 騒ぎのこともあり、部活は禁止で学授業が終わったらすぐに帰るように言われた。

 いつもよりも多い自転車の中を、僕はじゃまにならないよう歩いていく。


 家に帰ると、三佐がこたつにあたって、みかんを食べていた。


「おせえぞ」


「うるさいな。なに人の家でくつろいでるんだよ」


 おやつもってけ、とおばあちゃんにみかんとせんべいを渡されて、僕たちは離れに向かう。離れといっても、家の中からすぐに行ける、後から建増しをしたたんなる八畳ほどの和室だ。そちらにもこたつがある。僕は電源を入れた。


 僕は通信教育のテキストを自分で決めた計画通りに進めている。三佐は、書店で買った問題集をとにかく一冊終わらせようとがんばっていた。


 学校ではふざけていることが多く、髪の色のこともあって先生に目をつけられている三佐だが、こんなに真面目に勉強をしているところを先生たちが見たら驚くだろう。


 その様子を想像して、僕は少し愉快になった。そして、気が緩んでいたんだろう。


「一昨日、あそこで、人が殴られてるの見たんだけど、昨日の死体に関係あると思う?」


 三佐は、一休みして食べていたみかんを噴出した。


「汚いなあ」


 僕がティッシュを渡すと、三佐はくちのまわりと問題集を拭きながら、僕を睨んだ。


「あそこに行くのやめろって言っただろ」


「なんかぼんやりしててさ」


「ったく」


 ティッシュを丸めてゴミ箱に捨てて、三佐は身を乗り出した。


「大有りじゃねえの」


「え?」


「昨日の死体との関係。普通に考えてそうだろ。勉強できるくせに抜けてんだよな、お前は」


「でも、殴られた後には死体は無かったんだよ」

 

 一日たって、死体は浜辺に捨てられた。正確にはいつ捨てられたのかはわからない。あまり人通りの無いところだからだ。今回の発見者は船着場に舟をもっているおじいさん。雨水がたまるので水をかきだしにきて、見つけたらしい。


「腹が裂かれてたんだろ。殴った後に、腹を裂くためにどっかに持ってったんだろ。現場にはほとんど血が無かったらしいぜ」


「よく知ってるね」


「テレビでやってんだろ。さんざん」


 いやそうな顔で三佐は言った。ほかの学校の子達と違って、三佐はあんまり興奮してないみたいだ。前はあんなにやじ馬根性旺盛だったのにな、と僕は妙に思う。


「お前、ほんとに気をつけろよ」


「え」


「お前は、犯人の顔を見てることになるんだぜ」


「いや、暗くて見えなかったし。それに、僕は顔見られてないし」


「わかんねえだろ。行ったと見せかけて、どっかに隠れてて、お前の

後をつけたかもしれないだろ」


 とにかく警察だ警察。と呟いて、三佐は携帯を取り出した。繋がったのを確認して、三佐は僕に携帯を渡した。ディスプレイには110の数字。


『もしもし、どうしました。』


 落ち着いた声が聞こえる。僕は、少し息を吸った。



***


「結局のところきみなのか」


 警察に話したところ、担当者がうちに来るという。一時間ほどでやってきたのは、浦賀だった。


 げんなりした顔でタバコを取り出して、そしてしまった。

 おばあちゃんがお茶を出して、灰皿を出したが、浦賀は吸わなかった。

 そのまま、おばあちゃんはその場に同席した。なぜか三佐もまだ家にいた。


「それで、きみは一昨日の夜18時ごろ、犬の散歩中にあの浜辺で争う男達を見たと」


 僕は頷く。


「途中で見つかりそうになったので、堤防に隠れてやり過ごした。男達がいなくなった後には、そこに死体らしきものはなかった」


「そうです」


「まあ、いままで二回、同じ条件で死体をみつけているわけだし、いままでとほとんど同じ位置だったから、見過ごしたことは考えにくいけど」


 ふうと息をついて浦賀はのびをした。


「それで、男達は中国語、みたいな言葉を話していたと。―-きみは、中国語がわかるのかい?」


「わかりません。でも、日本語でないことはたしかでしたし、なんとなく」


「へえ」


 浦賀は頬杖をついて視線を宙にさまよわせた。落ち着きが無い。

 かと思うと、俯いてしばらく動かなくなった。


「終わったと思ったんだけど、終わってないかもね」


 俯いたまま呟いた。

 



 浦賀は、しばらくして帰った。

 三佐も、浦賀と一緒に帰ろうとした。

 もう18時で、マロは散歩をねだって吠え始めたので、三佐が代わりにその辺を回ってくると申し出てくれた。これからも、犯人がつかまるまでは自分が行くと言った。


「あの子はいい子だねえ」


 おばあちゃんは昔から三佐を気に入っている。おばあちゃん同士仲がいいというのもあるだろうけど、ほかの二人のお兄さんについては特になにも言っているところを聞いたことがない。


 三佐がなにを企んでいるんだろうと思うような僕は、たぶんいい子ではない。


 離れを片付けていると、マロの息づかいが外から聞こえた。

 障子と、サッシをあけると、三佐がマロをつないでいるところだった。マロの小屋は、離れの傍にある。


「ありがとう」


 僕が言うと、マロを撫でながら、三佐が口を開いた。


「こうすればよかったのかもな」


 僕は、無言で三佐を見る。三佐は、マロを見ている。


「自分んちで飼えないなら、お前と散歩に行けばよかったな」


「・・・三佐は、忙しかっただろ。部活とか」


「ま、そうなんだけどよ」


 呟いた後、じゃあな、と言って、三佐は家に帰った。

 なんだかしおらしくて気味が悪いな、と僕は思った。




 夜のニュースでは、殺された男性が最初の死体と同じ運送会社の社員であること、また、体から薬物反応が得られたことが伝えられていた。

 こんな田舎でも、薬物があるのだな、と思った。ドラマや小説だけの話ではないのだ。


 翌日は、普通に学校に行った。


 当分は早く下校するようになったということだった。

 僕が歩きで帰っていると、家の近くで三佐が待っていた。ここまでくれば、同じ方向の学生は少ない、という地点だ。


「一回家に帰ってから行くからな」


 別れ際、そう言って三佐は少し先にある自分の家を目指して自転車をこぎ始めた。


 僕は、県道から家に入ろうとする。

 そのとき、強い力で家の前の木々の間に引きずりこまれた。

 

 口にハンカチをあてられ、声が出ない。

 ドラマとかだと、ここで気を失うところだが、ただのハンカチだった。僕は息苦しくて身動きが取れなかったが、意識ははっきりしていた。


「どこにかくした」


 そう、耳元でささやかれる。独特の抑揚。とっさに、あの浜辺の男達が思い浮かぶ。

 必死にもがこうとするが、まったく動かせない。

 かくしたといわれても、なんのことだかわからない。

 僕がじたばたしていると、目の前にナイフがちらついた。

 とっさに、腹が裂かれていたという情報を思い出す。


 こんなにあっさり、僕は死ぬのかな。

 信じられない。


 たしかに、いまは学校はおもしろくないけど。

 これを耐えればきっと、大人になったらもっと、楽しいことがたくさんあるはずなのに。何の根拠もないけど、そう思っていたのに。

 僕はこんなところで死にたくなかった。

 手をばたつかせる。


「さわいでも無駄だ。お前がさわげば、お前の家族も殺す。仲間がその準備をしている」


 僕は一気に血の気がひいた。父母はいないけれど、祖父母がいるはずだ。なにをするつもりだ。すでにひどいことをされていたらどうしよう。僕の背中は冷や汗で冷たくなる。


 僕はなんとか頷く。さわがない、という意思表示だ。


 口のハンカチが取れる。


「かくすもなにも何の話なんですか」


「お前、あの浜辺になにが隠されているか知っているだろう」


「え?」


「しらバっくれるな。知らなければあんなところ、何度も通るわけないだろ」


「通りますよ。犬の散歩で」


「知るか」


 なんだか余裕のない人だなと僕は思った。でも、ナイフをちらつかされているし身動きの取れないのは圧倒的に不利だ。この人が、あの三人を殺したのならば。危険な人物であることに変わりはない。


「おまえ、あそこにあったものをほかのところに移したな」


「は?」


「あいつにきいてようやくわかったと思ったら、こんな子供が横取りか。まったく、どうなってんだこの国は。泥棒だらけか」


「だから僕は知らな・・・」


 言おうとしたら、ナイフを喉元に突きつけられた。皮に、ナイフが

食い込んでいる。


「ナラ、死ね」


 こんなに簡単に、人を殺すのか。

 しかし本気のようだった。

 僕にはわからない。

 すぐに人の命を奪える人間の気持ちや、状況が。


 しかし、動きが止まった。

 僕を抑えていた力が緩み、背後の人物は僕に寄りかかってきた。僕はとっさに身を翻す。とさり、と地面に男が倒れた。

 振り返ると、はあ、と大きな息をついて、三佐が立っていた。

 手には大きく膨らんだ白いビニール袋。


「何持ってんの」


「さつまいも。ばあちゃんが、持ってけって」


 大量のサツマイモで殴られた男は、地面に昏睡していた。


「いやー。お手柄だね」


 のんびりした声でやってきたのは浦賀。


「おせえよ」


 三佐が浦賀を睨む。


「ごめんごめん」


 軽い調子で浦賀は頭をかいた。

 浦賀と共にやってきた二人の男が、僕を襲った男を羽交い絞めにして手錠をかけ、車に乗せていった。


「どういうことだよ」


 僕は、浦賀と三佐を睨んだ。

 二人は顔を見合わせて、頬をかいた。ふたりして同じ仕草だ。これこそ気持ち悪い。

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