見てはいけないものを見つける
その翌日、学校が終わっても三佐はうちにやってこなかった。
ひさしぶりに一人で散歩に出る。
なんとなくもう少し歩きたくて、堤防のほうへ足を向けた。欠けた月で足元はおぼつかないが、徐々に目が慣れてくる。
マロが進むのにまかせて歩いていたら、いつもの散歩コースを辿っていた。
船着場に下り、釣り人が捨てて言った魚をマロが食べ終わるのを待っていたら、ばたんと車のドアが閉まる音がした。光がなかったのは、ライトをつけていなかったからだ。
そして、低く数人の話す声。乱暴な声音だ。
浜辺の方に下りていく。
僕はなんとなく足音を立てないようにして、舟をつなぐくさりにマロの綱を結び、以前三佐がしたように、陸に上げられた舟にのっかって、船着場を囲う塀越しに向こう側を見た。
人数は三人。いずれも男のようだ。一人の男を、残りの二人が殴っている。
何を言っているのかわからなかったが、突然理解できるようになる。それで、はじめてそれまでの言葉が外国語―たぶん中国語のようーだということがわかった。
「のこりはどこにかくした」
鈍い音が響く。おなかにけりを入れられていた。
答えがない。
「おまえがいなくても、探す方法はある」
答えがないので、男は殴られ蹴られ続けた。僕は、とにかく警察を呼ぼうと思った。
震える手でマロの綱をほどき、抱えたまま堤防を登る。このままだと、アスファルト舗装にマロのつめがかしかしと音をたてるからだ。しかし、堤防の向こう側に下りようとしたときに、マロが身じろぎし、僕は転んでしまった。どさり、と音が響く。
「誰だ」
とっさに声が飛ぶ、堤防を駆け上がる声がする。僕はマロを抱きしめ、必死で堤防に張り付いた。月が雲で隠れた。堤防の上に建ってあたりをみまわしていた人は、しばらくして足音がしなくなり、またしばらくすると車が来たときと同じようにライトをつけずに去っていった。
何の物音もしなくなった。
僕は立ち上がり、堤防の上からおそるおそる浜辺を見た。
浜辺には、なにもなかった。
***
僕は、昨日見たことを警察に知らせるべきか迷っていた。
迷っているうちに、授業が終わっていた。あとは掃除をして帰るだけだ。
今週は裏庭の掃除の当番だった。てきとうにほうきをうごかし、落ち葉を集め、皆がいなくなってから自分のほうきとちりとりを体育倉庫に戻した。
「は?わざわざ呼び出しといてなんだよ」
倉庫の裏の方からだった。三佐の声が聞こえた。誰かと話しているようだ。
「あいつ、三佐のこと好きなんじゃないの」
「何言ってんだ」
「そうだよね、そんな気持ち悪いこと」
「気持ち悪い?」
「だって自分のこと僕とか言って、おかしいじゃん。ちょっと成績はいいかもしれないけど、人のこと見下してるって言うか。仲良かった佐々も言ってたよ。田舎は馬鹿ばっかりでこまるって。早く都会に出たいっていつもぼやいてたって」
僕は、動けなかった。都会に出たいのは本当だった。本屋もあるし、映画館もたくさんある。けれど、周囲を見下したつもりは無い。だが、そうとられるような言動を、僕はしてしまったのかもしれない。
「人のことなんてどうでもいいだろ、そんなことわざわざ言いに呼んだのかってオレは聞いてんだよ」
「だって、最近仲がいいみたいだから、心配なの」
「心配?」
「私、三佐のことが好きなの」
沈黙。僕は驚いた。三佐が女子に人気が無いわけではないことは知っていたが、まさか。
しかし、これ以上聞いていては出歯亀もいいところだ。
そっと出ようとして、立てかけてあったほうきに躓いて倒してしまった。
「誰?!」
かけてくる足音がして、僕が逃げるより先に行く手を阻まれた。
小さな顔、長い手足、色の明るい、長い髪、日本人離れした彫りの深い目鼻立ち。その華やかさに増幅される、悪意に満ちた目。
「盗み聞きかよ、ほんときもいな」
吐き捨てるように低く呟いた。聞こえるか聞こえないかくらいの声。それは、すぐに三佐が現れたからだった。
三佐は、手にほうきとちりとりを持っている。どこか庭の掃除だったのだろう。よう、と僕に手を上げた。僕は応えなかった。ただ、斉藤の目をじっと見ていた。
「やだ、なんで睨むの。わたしなにかした?」
声がさっきより一オクターブ高い。僕は思わず笑ってしまった。全部わかったからだ。斉藤の魂胆も。いままでの僕への異常な執念も。薄々感づいてはいたけれど。僕も性格が悪い。だから、僕は人には好かれない。でも、だからといってそのともだちまで陥れる権利はだれにもない。
「心配しなくても、僕と三佐はただの幼馴染だよ。きみが心配するようなことはなにもない」
本当は、もっと言ってやりたいことがあった。斉藤が僕のともだちにしたすべてを、同じことをしてやりたかった。でも、それをしたところで、斉藤は僕への憎しみを募らせるだけだ。何も変わらない。だから、いま必要なことだけを僕は喋る。
「それと、斉藤、きみは佐々に謝罪すべきだ。きみが佐々に何をしたか、僕はすべて覚えている」
斉藤は、一瞬ひるんだ。けれど、すぐにあざけりの色をすきとおった頬に浮かべた。
「は?前から思ってたけど喋り方変わってるよね。アニメキャラかっての」
「こいつは昔からこんなんだぞ」
三佐が口を出した。斉藤はしらじらしくへえ、そうなんだ~。どうでもいーと呟いた。
「あとオレも前から思ってたけど、斉藤、お前美人だけど性格悪いよな」
こいつ・・・!
空気読めよ、と僕は目をむいて三佐を見た。しかし三佐はほうきとちりとりを持って体育倉庫に入って、また出てきた。斉藤は固まっている。
「だからってわけでもねえけど、オレ、つきあうとかそういうの、よくわかんねえし」
「わからないなら、とりあえず付き合ってみない?」
斉藤が食い下がる。
「やだよ、オレ忙しいし」
「受験?一緒に頑張ろうよ」
「お前とは頑張れない気がするわ。部活だってさぼってばっかだったろ」
三佐がやる気なく去りかけて、あ、と声を上げて振り返った。
「でも、ありがとな」
そのまま校舎に向かってしまう。
「見てんじゃねえよブス!」
斉藤が声を上げた。けれど、涙目では効果がなかった。それに、直接的に悪意をぶつけられたほうが、まだましだと思った。だからといって、けして好意を持てるものではないが。
僕は黙って三佐とは別の道筋で、校舎に向かった。
最近クラスが別になっていやがらせは落ち着いていたが、また物がなくなったり壊されたりするんだろうなと思った。損害賠償を請求したら、金額は4桁を超えるだろう。一人っ子で共働きの家庭とはいえ、大金持ちと言うわけではない。それに、物がなくなるのは不便だ。僕はこれからのことを思って深々と息をついた。
その日の放課後、三佐は来なかった。
僕は、いつもの時間に、マロを連れて散歩に出かけた。
三佐の家の方にいくのはいやだったので、とりあえず堤防まで出かけた。
すると、船着場の方が騒がしい。
あの騒がしさには、覚えがあった。
パトカーが止まっている。
いやな予感がして、近づく。
「今度はきみじゃなかったね」
僕は、げんなりした。もう見慣れた、妙に若々しい顔。
「浦賀さん」
堤防に上がる。死体はシートを被せられ、担架に乗せられるところだった。
「でも、たぶんこれで終わるよ」
浦賀はそう呟いた。僕は自分でも知らないうちに、眉間に皺が寄るのを感じた。
「どうしてわかるんですか」
「刑事の勘」
「ふざけてるんですか」
僕は少し腹をたてた。たぶん、何かを知っているんだろう。僕は、あのとき見たものを話すべきか迷った。
「なんだよ、またお前かよ」
がしがしと、堤防を一気に上ってくるなりそう言ったのは三佐だった。息をきらしている。走ってきたのだろう。マロが三佐に飛びつく。
「違うよ。僕もいまきたところ」
話していたら、浦賀は現場に戻ってしまった。
「もう行こうぜ。やじ馬なんか邪魔なだけだろ」
「そうだね」
家に帰って、親に話してからにするのが現実的だろう。
僕は三佐と共に、家の回りを回ってから帰った。
しかし、運悪くその日、母も父も帰りが遅く、帰ったときにはすでに祖父母は寝てしまっていた。




