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慣れるを見つける

(変なことばかりだ)


 家に帰って、心配する両親をなだめ、風呂に入る。

 温かいお湯に浸かると、強張っていた体がほぐれるようだった。


 二回死体を発見し、疎遠だった三佐と話をする。


 これが僕の最近に起こった変なこと。

 でも、長く生きていけばそんなことも、あるのかもしれない。

 淡々と思う。

 それにも多分慣れていくんだ。


 今日はご飯も食べられた。


 眠りにつけば、また死体の夢を見るけれど、それももうなれた。別に浮かんでいる死体を見るだけで、死体がおそってくるわけでもない。趣味の悪い水族館のようなものだ。


 それで、学校に行けばいつもの授業。誰とも話さない。たまに先生と話す。必要な事柄をクラスメイトと話す。けれど、必要最小限なことだけだ。それすらも、ないことだってある。それにくらべたら、三佐と話した夕べは、大分ひさしぶりの同世代との会話だった、ということになる。


(でも三佐だ)


 昔から知っているので、同世代の学校の人、というよりは遠い親戚の人、のような居心地の悪さもある。

 別に学校で話すわけでもない。

 それでも、昨日話していて僕は、ほんとうは少し人恋しかったのだな、と思った。

 それを認めるのは、あいつらに屈したようで悔しかっただけだ。


 あいつらは多勢であり、明るく力もあるので友人も多い。クラスが変わった後も、僕と同じクラスの友人にいろんなことを吹聴して、孤立させた。また、話をしたものには僕と同じ目にあわせるという暗示も浸透していた。それは、僕のともだちの例で説得力があった。

 だから僕は、いつもと同じように誰とも関わらないように過ごす。

 そうしていたのに。



「よう、お前、いま帰り?」


 帰り道、待ち構えていた三佐に行く手を阻まれた。


「決まりきったことをきくなよ」


 三佐は一人だった。自転車を押して僕についてくる。

 ほかに誰かいないか警戒しつつ、僕は歩いた。

 三佐は、のろのろと自転車をこぎながら、僕の横についたり、遅れたりしていた。


 僕の家と学校は徒歩で15分くらい。

 学校は山の中にあるので、基本的にみな自転車通学だった。しかし、僕は去年から徒歩通学だった。直しても直しても自転車がパンクするからだ。あいつらの仕業なのは明らかだったが、証拠があるわけでもない。それに、徒歩通学は、特に苦でもない。


「あんまり僕と一緒にいないほうがいいよ」


「いじめられっこだもんな、お前」


 茶化すように言われた。僕は答えない。

 三佐は、鼻をならして普通に自転車を漕ぎ出した。山を下る一本道。角を曲がり、その姿は見えなくなった。一、二年生はまだ部活で帰る人は少ない。けれど、同じ方向の三年生がときどき僕を追い越していった。みじめだな、と泣きたくなったが、その気持ちは押しやった。しまいこんで、僕は真っ直ぐ前を見た。



 そもそものあいつらとのいざこざというのは、ささいなことだった。


 まず、あいつらと言うのは斉藤圭とその取り巻きのことだ。斉藤は、少し不良っぽいが明るく見た目もよかったので、男女問わず人気があった。それでいて、人の好き嫌いが激しかった。好き嫌いというよりは、差別意識だろうか。少し見た目に劣るもの、気弱なもの、そういった自分のものさしでの弱者を見つけて、周囲の人間に働きかけ、人をいたぶるのが好きだった。

 実際、斉藤による被害者は僕だけではない。ただ、その趣味の対象としてなかなか飽きないのが僕であるというだけの話だ。


 二年になって、斉藤と同じクラスになった。交流はなかったが、二学期の席替えで近くの席になり、そして同じ班になった。班ごとの発表で、あいつらの調査が不十分だと感じたので、僕は残って少し手を加えた。それを、先生が見ていた。先生は、その発表の際に、僕を賞賛し、他の班の人間を非難した。


 それから、表立って殴ったり蹴ったりすることはなかったが、気のせいとすごせるほどの悪意が積もり、気のせいでは済まされないストレスがいつのまにか蓄積していた。


 後ろから聞こえるか聞こえないかくらいの声で僕の悪口を言う。僕をばい菌だと仮定して、僕の席から机を離す。僕の椅子の下に落ちた消しゴムを誰が取るかでわざとらしく騒ぐ。机に卑猥な落書きをする。体操着に落書きをする。ほんとうにささいで、わらってしまうようなことばかりだ。ここで正直に悲しい顔をするのは、相手を付け上がらせるだけだと思った。僕はすべて無視した。


 すると、反応がないのにいらだったあいつらは、僕のともだちに矛先を向けた。同じことを、ともだちにもした。ともだちは、僕よりもやさしかったし、繊細だった。学校を休みがちになり、誰のことも信じられないといった。なによりも、僕のせいだと言った。僕はそれは違うと思ったが、ともだちがそう思いたいのなら、それで気持ちが治まるなら、いいと思った。そして、ともだちをそんなふうにしたあいつらを、憎んだ。実態の見えない証拠のない悪意の塊を、どう意趣返ししていいのか、それでも僕にはわからなかった。あいつらは用意周到で、証拠を残さない。

 三佐に偉そうに言う資格はない。

 問題を乗り越えられないのは、僕も同じなのだ。



 坂道を下り、田んぼの間を抜け、森を抜け、森に沿うようにして立ち並ぶ集落のうちのひとつが、僕の家だ。森には県道が並行して走り、県道から10メートルほど畑の間を下ると、木々に囲まれた僕の家がある。県道から僕の家への下り口に、自転車が見えた。

 正確には自転車にまたがった三佐。

 僕が近づくと、三佐は笑った。


「勉強教えろよ」


 僕は、半眼になった。


「やだよ。自分の勉強で忙しいんだ」

「マロの散歩につきあってやるよ」

「自分がマロと遊びたいだけだろ」


 ばれたか、と呟いて三佐は頬をかく。しかし、ふと真顔になって、三佐は自転車を降りた。


「昨日の、お前の言うことを、ちょっとだけきいてみようかと思ったんだよ」


「僕の?」


「どうせなら、やれるだけのことをしとくかっつう」


「なんでそれで僕が勉強を教えなきゃならないんだ」


「だって学年一位だろ」


「人に教えたことなんかない」


「友達いねえもんな」


 からからと三佐は笑った。そのとおりだが、三佐に言われると腹が立つ。


「教えてくれなくていいから、とりあえず一緒に勉強さしてくれ。1人だとさぼる」


 そこをさぼらないようにがんばるところからはじめろよ、と僕は思ったが、思いのほか三佐の目が真面目であったのと、昨日偉そうなことを言ってしまった自分が恥ずかしかったこともあり、なしくずしに頷いていたのだった。



 それから、三佐は学校が終わると僕の家に来て、離れで勉強していくようになった。僕の部屋にはあげたくないし、居間では祖父母がテレビを見ているし、ほかに勉強に適した部屋と言うと、親戚がきたときに泊まる離れしかなかったからだ。

 それが、もう一週間。休みの日には朝からきて、昼ごはんを食べに家に帰って、また戻ってくる。


 癪な話だが、質問を受けて説明することで、自分のあいまいな点がわかったり、理解が深まるのもまた事実だった。それに、なによりマロが嬉しそうだ。

 三佐が帰るタイミングで、マロを散歩させることにしていた。


「マロは、三佐の家で飼ったほうがよかったんじゃないのか」


 僕が言うと、三佐は笑った。


「最初、そういう話もしてたよな」


 それきり、三佐は黙った。いまからもう五年くらい前の話だ。けれど、そうしなかった理由を僕はようやく思い出した。三佐の母親が、犬嫌いだったからだ。いつ帰ってくるとも知れない母親のために、三佐はあきらめたのだ。そして、それくらいからだんだん僕と三佐は疎遠になっていったのだ。


「いまからでも、いいよ」


 呟くと、三佐は軽く僕の腕を拳骨でこづいた。


「それじゃあ、マロがかわいそうだろ」


 言われて、僕ははっとした。マロを見る。マロは、僕を見上げる。 

 マロはたしかに三佐が好きだ。けれど、その目からは僕への信頼を感じ取ることが出来る。マロは、僕のことも好きなんだ。それなのに、勝手にマロを手放したりなんかしたら、マロは傷つくかもしれない。


「ほんとだな」


 僕はマロの頭をなでた。三佐が、笑ったような気がした。

 なんだか居心地が悪いな、と僕は思った。こんなふうに誰かと過ごすのは久しぶりだったから、慣れない。

 なんで三佐は、いまごろになって僕に近づいてきたんだろうと思った。

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