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 ①②⓪

2度目のお母さんの失踪に対して永剛は全く慌てなかった。自分より大事な男が出来たのだと思い、少し悲しかったが、それでもお母さんは永剛の全てを受け入れてくれた。


その経験があればこそ永剛は今までのように生活して行ける、そのように感じていた。


お金は前回失踪した時と同じように荷物と一緒に送られて来た。


正直、足りないと感じアルバイトも考えたが、この田舎で中学生を雇ってくれるそのような場所も人もいなかった。


せめて、夏休みや冬休みの長期の休みであれば、必要としてくれる場所もあるかも知れない。だから冬休みまでは生活費は切り詰めなければならなかった。


それでもいなくなったお母さんを恨んだり憎んだりする事は一切なかった。むしろ身近にいない分、お母さんの全てが恋しかった。


成長期にあたる時期に両親がいないというのは精神的にも肉体的にも不安定になりがちだ。反抗期が無いに越した事はないが、それでも親離れを経験する事は永剛の成長に大事な役割を果たす事は間違いなかった。


だが、実際、お母さんもお父さんもいない1人きりの生活を余儀なくされた永剛は、ずっとお母さんを想い、時に恋しく慕い、硬くなった下半身に手を伸ばした。


物差しで喉を突いた一件依頼、クラスの生徒達は永剛とは一線を置いていた。その中でも遠藤冴子だけは何かと話しかけて来ていた。


一方で戸宮は新しい友達が出来たのか遠藤とも少しばかり距離が出来ているようだった。そんな感じだから、当然のように永剛には近寄りもしなかった。


戸宮が遠藤に永剛には近寄らない方がいいんじゃない?とヒソヒソ話をしているのも何度か耳にした。それでも全然構わないと思っていたが、何故か遠藤はやたらと世話を焼きたがった。


「皆んなの目もあるから、無理に俺に話しかけなくてもいいよ」


移動教室の時、永剛はそのように遠藤に話しかけた。


「話しかけたくて話してる訳じゃないし」


「意味わからないんだけど」


「あれだけ勉強出来るんだからさ、つまらない事で英が問題を起こしでもしたら、いつかグレちゃうんじゃないかって。そんなの勿体無いと自分で思わない?今のまま行けば、普通に良い高校へ入ってさらに大学も行けるだろうし、そうなったら一流の会社に就職も出来るよね。

英が、将来何やりたいとか何になりたいとか、私は英の夢や目標は知らないけど、でも英ならその中のどれでも私はなれると思うよ。だからあんな風にくだらない事で問題起こすのはやめた方が良いって。それにせっかく2年に上がったんだから、1年の時とは違って友達も作れると思うんだよね」


「友達ねぇ」


遠藤のお節介はウザいし目障りだったが、嬉しくもあった。けどそれ以上に最近、遠藤の胸が大きくなって来ているのを永剛は気づいていた。


歩きながら遠藤と会話をしているが、頭の中では、遠藤も女だからやっぱり裸を舐めると母と同じ味がするのだろうか?と考えた。


セーラー服を剥がし裸の遠藤を見てみたい。それを叶えられるかはわからないが、でも永剛が危うい事をやめれば、遠藤は自分から離れる事はないのかも知れない。


言い換えれば、それは将来的に遠藤の性器の中で射精出来るチャンスがあるという事だ。お節介な遠藤の事だ。風邪で寝込めばお見舞いも来てくれるかも知れない。だが、実行するにはまだ早いと思った。


何故ならこうして遠藤と話しながら遠藤の裸を想像しても永剛のペニスは微動だにしなかったのだ。勃起しないという事は「今ではない」という証でもあった。


「気をつけるよ」


心にもなかったが、永剛はあえてそのように言葉を返した。


帰宅前、久しぶりに図書室で勉強をした。

宿題を済ませ軽く予習もしておいた。


4時半を知らせるチャイムが鳴り、永剛は机の上に出してある教科書やノートを鞄にしまった。座ったまま椅子を下げると椅子の足についているゴムが床に擦れ奇妙な音を立てた。


永剛は慌てて周りを見渡した。図書室では大きな音を立てたら読書を楽しんでいる他の人に迷惑になるからだ。


だがさっきまで数名いた生徒はいつの間にか姿を消していた。


いるのは早く出て行ってと言わんばかりの不満顔を湛えた2人組みの図書委員だけだった。どうやら数名いた生徒は永剛が勉強に夢中になっている間、帰ったらしい。


帰り支度を終え鞄を持って図書室を出ようとした時、ある小説のタイトルが目に入った。

赤い背表紙に黒い文字


「死者の奢り」大江健三郎とあった。


それを急いで手に取ると受付へ持って行った。

今、借りるわけ?と言いたげな表情の女子図書委員に向け永剛は僅かに笑って見せた。


「お願いします」


永剛は本を受け取ると鞄の中に入れ頭を下げて図書室を出た。


何処にも立ち寄らず真っ直ぐ家に帰った。

制服を脱ぎいつもの姿になる。ランニングシャツとブリーフを脱いで風呂場へ向かった。


つけ置きしたまま風呂場を出て鞄から借りて来た本を取り出した。表紙を見るとメドゥーサに石に変えられた双生児のような絵が描かれている。それだけで永剛の心は跳ね上がった。


永剛は左手でペニスを弄びながら


タイトルである「死者の奢り」を読み始めた。


とある大学生の「僕」は大学医学部のアルコール水槽に保存されてある解剖用死体を新しい水槽に移し替えるアルバイトに募集する。


アルバイトには「僕」の他に妊娠中の女子学生がいた。その女子学生は中絶する為の資金を稼ぐ為にこのアルバイトに応募したようだった……


これだけで永剛は満足した。最後まで読まなくてもアルコール漬けの死体というくだりだけで、充分好きな話だった。


永剛は途中で本を閉じ寝転がった。両手を頭の下に置き、天井を見上げた。足の裏にゴキブリがはってくる。床についた睾丸にゴキブリの触覚がふれ、くすぐったかった。生えて揃い始めた陰毛の中へ小さなゴキブリが潜り込んだ。永剛は陰毛を掻き分けその小さなゴキブリを摘み、指先で潰してそこら辺へ放り捨てた。


水槽の中の死体とは一体どんな風に見えるのだろう?きっと水槽と言っても水族館のような水槽ではなく床に穴を開けたコンクリートの水槽、プールなようなものだろう。でなければ解剖の時、死体を取り出すのに苦労するからだ。だとしても永剛にはどっちでも良かった。後はこの死体を潰してくれさえすれば……


だが最後まで読むと永剛は少しばかりガッカリした。死体が潰されなかったからだ。でもこの小説を読み、死体をアルコール漬け、いや水に浸けておけば身体がふやけ潰しやすくなるかも知れないと感じられた事は良かった。実際どれくらいの期間浸けておけばぶよぶよになるかわからないが、いつかそれを試してみたいと思った。


「死者の奢り」を読み終えると風呂に入った。

夕食まではまだ時間があったので永剛は着替えて家を出た。再び母がいなくなってから、あてもなく散歩をするのが日課のようになりつつあった。


何も考えず公園のベンチに座っている事もあれば、遠出をし小さな商店街にあるこじんまりとしたスーパーで肉を万引きしたりもした。時には針を忍ばせ高くて買えない厚い肉に刺したり、野菜に突き刺したりした。それはそこそこ楽しい遊びだった。


針の存在に気づかず間違えて食べた人が口の中に突き刺さった針を吐き出したり、舌に刺さり、他の家族に取って貰う所などを想像するのが好きだった。


だが今日は素晴らしい小説を読んだおかげか、悪戯をする気分ではなかった。というより1番は死んだ人間が、ぶよぶよになった死体が見たかった。だがそのようなものが簡単に見れる筈がない事くらい永剛にもわかっていた。


今更ながら豪雨により土砂の中で見つけたあの手を食缶の中に入れたのは失敗だったと永剛は思った。あの手を使えば潰す為に必要な事が色々と試せたじゃないか。と少しばかり後悔した。


そして災害前に「死者の奢り」に出会えなかった自分の不運に舌打ちをした。


だが、これからはそのような事があれば、捨てるような事はしない。気づけば永剛は中学校近くまで歩いて来ていた。


今年の夏も豪雨に見舞われれば、また切断された手を、上手く行けば死体を見つけられるかも知れない。永剛は歩道に設置してあるガードレールに腰掛けた。顔をあげ空を見上げた。季節なんていつだって構わない。だからこの町にもう一度、水害を起こし沢山の死体を僕の所へ届けて欲しい。


空に向かって祈るように願うと永剛はガードレールから腰を上げ再び歩き出した。


そして家と真逆方向、学校から先の、普段はほとんど足を踏み入れない土地の方へと向かって歩き出した。


大袈裟にいえば、そこから先は永剛にとって未知の世界だった。永剛は商店街を抜け、路地裏に足を踏み入れた。既に陽は落ちかけ、ゆっくりと黒みを帯びている。


それに伴って連なった建物の前に出された多くの小さな看板に灯りが灯った。車一台通れるか通れないくらい狭い道端に向かい合う形で多くの店が開店し始めている。


店自体が互いにひしめき合っている風で数珠繋ぎのように繋がって見えた。ひょっとしたらこれら全ての店が一つの店舗なのかも知れない。永剛はそんな店の前の路地をゆっくりと歩いた。左右を見渡しながら歩いていると、能面のような真っ白な化粧顔にケバケバしい程の紅い口紅を塗った腰の曲がった老婆が店内から看板を引き摺り出していた。乱雑に腰まで伸びた髪は灰色がかり、山姥や魔女と言ったものがいるとしたら、まさにこの老婆の事だろうと永剛は思った。そんな老婆を物珍しそうにみていると


「見せもんじゃないよ!」


としゃがれ声で言い放った。


「大丈夫ですか?」


「見たらわかるだろ!」


永剛は慌てて老婆の側に駆け寄り看板を持ってやった。


「ここら辺で良いですか?」


「あぁ、そこでいい」


老婆は言うと、大きく息を吐いた。


「兄ちゃん、こんな所で何やってる?」


「あ、散歩してたら、いつの間にかここへ来たって感じで……」


「ここら辺は兄ちゃんみたいな子供が来る所じゃないぞ」


「そうなんですか……けどパッと見、みんな小料理屋みたいだけど……」


「ここに来て良いのはな?チンコの皮が剥けた金持ちだけなのさ」


つまり、この路地裏の店のほとんどが女を買う所ってわけか。見た目は小料理屋や焼き鳥屋風を装ってはいるけど、その実、中は金さえ払えば女と出来るって事のようだ。


老婆は下卑た笑みを浮かべ視線を永剛の股間へと向けた。


「その様子じゃまだ剥けてないな?」


老婆の言っている意味はわかったが、永剛は勃起すれば剥けるけど?と言い返そうと思った。

だが、それは止めておいた。


「子供はこんな所にいないで、家に帰ってお母ちゃんのオッパイでも吸ってな」


腰の曲がった老婆はそういうと看板の足に丸めて結んである電気コードを解き、それを持って店先のコンセントに差し込んだ。看板が点灯する。それを眺めていた永剛に老婆はシッシッと手を払う仕草を見せた。


永剛は店先から離れながらこれくらい年寄りなら意外と簡単に潰せるかも知れないと思った。


永剛はしばらくの間、その路地の店を細かく見て回った。老婆の言うようにそのほとんどの店で女を買う事が出来そうだった。


いつか大金を持てた日に何処かの店で女を買ってみたい。そん風な事を考えながら歩いていると一瞬、母はここの何処かの店で働いているかも知れないと思ったりもした。


自分が女を買って母が現れたらどんな気持ちになるだろう?想像しただけで顔が綻んだ。路地の終わりに近づくとそれまでの店とは一風変わった雰囲気の店が目に入った。


店先に看板はなく、入り口に厚い木の板がぶら下がっている。墨で書いたような太い文字で「見守りの会」とあった。


中は明かりがついて、磨りガラス越しに人影が見えた。一体、何を見守るのだろう?と興味を持った永剛は横開きの戸をゆっくりと開いてみた。


中を覗くとそこは12畳くらいの広さの部屋があり、そこに円形にパイプ椅子が並べてあった。


円の中央に1つ同じようなパイプ椅子が置かれてある。何だろう?と思った更に戸を開け覗き見ると、いきなり横向きの顔が目の前に現れ永剛は短い悲鳴を上げ、尻餅をついた。


戸が開き中から着物姿の女性が現れた。眉毛は線を書いたように細く、目は吊り上がっている。鼻筋はキリッと通り口は小いさいが、油をつけたように潤んでいる。口紅は塗っていなかった。


狐が女に化けたらこのような姿になるんだろうなと、永剛はその女性を見上げながらそう思った。


「会は7時からですよ」


その女性は尻餅をついたまま見上げている永剛に向かって手を差し出した。永剛がその手を掴むと女性は値踏みするように永剛を見返しつつ引き起こした。


「ここら辺りは坊やみたいな子供が来るような場所ではありません」


そう言うと永剛の頭に手を乗せ、しなやかな指で髪を掻き乱しながら頭を撫でた。


「あ、すいません」


永剛はいい、散歩していたらいつの間にか来てしまった事を告げた。


「あら、そうだったの」


「はい」


「ならうちの噂を聞いてやってきた訳ではなさそうね」


「噂、ですか?」


「いえ、お気になさらないで結構よ」


そのように言われると気になってしまうのが

人の心理だ。


「あ、あの」


永剛は、背中を向け店内に入ろうとするその女性を呼び止めた。


「何かしら?」


「見守りの会ってどんな物が食べられるお店なんですか?」


永剛が尋ねるとその女性は口に手を添えホホホと笑った。


「ここは食堂ではありませんよ。あるとしてもお茶やお菓子程度です」


「お店ですよね?」


「坊やは看板を良く見なかったのかしら?」


「え?」


「ここは見守りの会。食事処や甘味処とは違います」


「見守りの会?」


確かに入り口にはそう書いてあった。


「どんな会なんですか?」


「言葉通りです。こちらに来るお客様方は、様々な事を経験なさって来られております。そのような方々からお話を聞き、聞いた人達の、その人の今後を見守っていく、ここはそのような人が集まる場所で、お店ではありません」


「僕でも聞く事は出来ますか?」


「勿論。ですがこのような場所で会を開いている以上、家賃や光熱費といった経費がかかります。ですので坊やがお話を聞きたい、誰かにお話を聞いて貰いたいとおっしゃられるなら、会費を払って頂く必要がありますね」


「それは幾らですか?」


「1万円です」


「それを払えば聞けるわけですね」


「ええ」


「わかりました。今日はお金を持っていないので、今度、改めて又、伺います」


「そうですか。わかりました」


永剛はその女性に頭を下げた。来た道を戻ろうと踵を返す。


「あ、坊や」


「はい?」


「会は月、金の2日間、夜の7時からこの場所で行っています」


「わかりました」


永剛は再び頭を下げ、店の前で呼び込みをする女性達の前を過ぎながら家へと向かった。


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