第7話 入れたのかも
「食うって……」
悪ふざけで考えたことは何回もあったが……え? マジで言ってる?
ほれ、クリスタも困惑しているぞ。さすがに冗談きつかったんだって。
「ま、またまた御冗談を~。こいつが食う? 吾輩を?」
「えぇそうよ。そうすれば、アッという間にタクミさんはスキルを習得。顔も固定されて一石二鳥」
なんて爽快な笑顔だ……。
まるで当たり前とでも言うような……理科の実験でもするくらいにやすやすと。
「ちょっと女神様! 例えこんな可愛げのない猫でも、慕ってくれる奴なんてそうそういないんだぞ! それをそんな風な言い方……」
「? 私は慕われてないわ。崇められてるの。そんな軽い表現使わないでくださる?」
な、なんだと……。
「それに、慕うかそうじゃないかは、あくまで感情のある生物だからこそ価値のある話。感情の無いシステムに慕われるなんて言うかしら?」
「へ? ヴィ、ヴィクトリア様。わ、吾輩は本意に貴方様を称えて……」
「残念ですが、貴女はタクミさんが転生するのと同時に、私が猫の形を与えたに過ぎない『勝利の子』そのものです」
?? 『勝利の子』そのもの……?
「貴女は三年前から私に仕えていると記憶している様ですが、実際は昨日生まれたばかりなの。あるのは記憶だけ」
「な、なんでそんな事を……」
「そちらの方がこの猫にも説明がいらず、まして懐かせる必要もなくて合理的でしょ?」
「で、でも……吾輩の愛は……忠誠は本物です! ……うぅ」
クリスタ……ッ! あんなに取り乱して……。
「……スキルを生物にかたどらせた理由はね、口からの摂取でもスキルの譲渡はできるのかを試す実験の一環なの。それでね、猫さん。猫を選んだのは、私が猫嫌いだから。妙な情愛が生まれない。こちらもまた合理的ね」
コイツ……心が壊れてる。
なんで泣き崩れるクリスタを前にそんなことが言えるんだよ……。
「ほらタクミさん。実験が進まないわ。早く食べて」
「ふざけんな……そいつはもう友達だ! 食えるわけがない!」
さっきまでの女神を称える歌詞が、今ではおどろおどろしく聞こえてくる……。
こんな奴を盲目に進行してるのか? この町は。
「あら、帰っちゃうの? 言っておくけど、実験は続くわよ。もちろん、この町には結界が張られてるから、絶対に出られないからね」
あの女の言ってた通りだ。
本当に外に出られない。
いくら歩いても、まるでこの町の敷居をまたげねぇ……。
なんだか、普通に歩くよりも汗が出てくるし……。
結界に触れすぎると、いつもより体力が持っていかれるのか?
ここにいても無駄だ……。商店街に戻ろう。
といっても、行く当てがあるわけじゃない……。
そういえば、今日吹っ飛ばされて転がってたのってこの辺か?
あれも目立ったウチに入るのなら、明日また顔のリセットがくるのか……。
「それが嫌なら、クリスタを食うしかない……」
そんな事できるわけないだろ……。
どんっ
「あ、すんません」
「いってぇぇ!! 折れたっ! 折れた~!」
「あ、兄貴ぃ! 大丈夫ですかッ!?」
「え」
どの世界にも居るもんなんだな……こういう奴。
キャラが濃すぎて逆にモブ感あるというか。
「オラぁ! どこに目ェつけて歩いとんねん!!」
「ガキがよぉ! 突っ立ってねぇで金出せよ金ぇ!!」
路地裏に連れ込まれ、服を全部脱がされた……。
「ちっ、マジで何も持ってねぇッスね」
「まぁいい、こんな服は見たことがねぇし、質にでも入れるか」
あんまり着てた服ジロジロ見ないで。恥ずかしい……。
てか俺の体、肉付き悪いなぁ。
「って、ちょっと待った! 全裸で置いてくつもりか!?」
「あ、次あのチビ行きましょうぜ!」
「バッカお前、なんで金持って無さそうな奴狙うんだよ」
こ、コイツら……俺の事無視しやがって!
バカにするのも大概にせぇよ!
「おい! コッチは今気がたってるんだ! とっとと服返せぇ!」
「うるせぇな。おら」
バキッ!!
「いってぇぁ……ッ」
あぁ……顎入った……。
くっそ……コイツら……ぜってぇ許さねぇ……。
「ってあれ?」
どこだココ。ひどく荒れてるが……建物の中か?
誰かが運んでくれたのか? それにしても何時間くらい寝てたんだ?
窓の外はもう日が暮れてるな……。
俺の顔、もう時期切り替わるのか……。
せめて最後に、自分の顔を拝みにでも行こうかな……。
室内の方が、外より明るいと、窓は鏡みたいになる。
えっと、明かり明かり……。
パチッ
「うわぁぁッ!!?」
な、なんだこりゃ……顎が思いっきりねじ曲がってる……。
あのヤンキー強く殴りすぎだってば……。
いや違う、コレはまさか、顔が作り変わろうとしてるのか?
よく見たら、鼻も口も目も、昼間見たのと全然違う……。
「なんでこんな事に……」
明かりはもういい……早く寝よう。
目覚めた時には、別の顔でいいから、整っといてくれ。
「何もう一回寝ようとしてるのニャ?」
「ん?」
く、クリスタ?
「そこにいるのか? 大丈夫か?」
「それはコチラの台詞ニャ。何を大の男が布団に包まっているのニャ」
コッチの気も知らないで……。
と、言いたいところだが、コイツはコイツで無理してくれてるんだよな……。
「ありがとな。クリスタ。でも悪い……今日は休ませてくれ」
「……。さっき、男2人に酷い事されたんニャろ?」
「ッ!」
あぁ、ここまで運んでくれたの、クリスタだったのか。
ほんとに、こんなちっせぇ体のどこにそんな力があるのか。
「……タクミはやっぱり弱いニャ」
「う、うるせぇ! 俺のいた日本じゃケンカなんてしねぇんだよ」
それに、体が作り変わるせいで、腕の長さとか目線とか違和感があるんだよ……。
「た、タクミ……お前、顔が」
「ん? あ」
そういえば、見せてなかったのか。
やっぱり客観的に見ても、グロい感じになってるのか……。
「は、ははは。驚いたかクリスタ! いや~さっきのヤンキーがなかなか手強くてな。まぁ心配するな。明日になったらまた顔が変わってるさ!」
「……タクミは、強くなりたいニャ?」
「え?」
強く……。
「吾輩を食べれば……タクミは誰にも負けなくなって、皆にも忘れられる事も無くなるニャ……」
「なぁ、その話はやめないか。やっぱりちょっとだけ寝るわ」
「……わかったニャ」
俺は、誰かに忘れられるなんて、全然苦じゃないと思ってた。
それこそ、小、中学校の奴らの顔なんて忘れたし、お互い様だと思ってたんだ。
でも、自分でさえ、日本にいた頃の顔を思い出せなくなってた。
もう、あの日の自分は、誰も思い出してくれねぇんじゃないのか。
クリスタでさえ、きっといつか忘れるんじゃないか。
もう、誰でもない、本当のモブに……なってしまうんじゃないか。
結局眠れなかった。
俺の心を映し出したみたいな空だ。
こりゃ、昼から降り出すかもな。
「それにしても、いい匂いがするな」
そういえば、昨日は朝飯をせっかく用意してもらったのに、結局ありつけなかったな。
あの芋女は、今でもあの日の俺を探してるのかもな。
いや、もう忘れてるか。
「クリスタ~。なんか作ってくれたのか?」
「あ、あぁタクミ。見様見真似ニャんだが、スープに挑戦してみたニャ。とっとと食べるニャ」
こいつは、器用というか、健気というか……。
しかも肉がたんまり入ってやがる。うまそうだなぁ~。
野菜の入ったスープは大嫌いなんだよ。
「ありがとな。じゃ、いただきま~す!」
うん、不味い。
まぁ、そりゃあ猫の作った飯だしな。仕方ない仕方ない。
むしろ大事なのは、作ってくれたという事実だ。
「おうクリスタ。なかなか旨かったぜ」
「そ、それは良かったニャ……」
「にしても、やっぱ器用だよな。指とか、ケガしてないか?」
昨日みっともない姿見せちまったからなぁ。
心配させちまうのは、後にも先にも今回だけにしよう。
「え? お前……」
「ん? ど、どうしたニャ? タクミ」
「羽、どこやったんだ??」
「は、羽?」
「それに血だらけじゃねぇか……大丈夫か??」
なんだ? なんでこんなに悪寒がするんだ?
鳥肌がおさまらねぇ。
なんでクリスタがこんな事に……。
まさか。
「お前、羽入れたのか? さっきのスープに……」