表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
96/1030

第90話 「クロムVSセン」

 薄い刃が空気を裂き、俺の首を狙う。センの『セナージ』は素早く、真っ直ぐに俺を襲ってきた。

 センは剣を振りながら、口を歪めて笑いかけた。

「ほらほらクロムちゃん! 油断してると死んじゃうぜぇ?」

 誰が油断などするものか。俺はセンのあらゆる動作を警戒している。

 センの動きの精度は俺より劣っていたが、未だに決定的な隙は見えない。その上、先ほどより動作や反射の速度が上昇している。

 本気を出した、ということか。

「それとも、クロムちゃんはこの程度だったのかぁ? アイズの隊長さんも、大したことねえなぁ!」

 そんな安い挑発に乗るか。

 しかし、状況が不利なのは事実だった。俺はセンの攻撃をかわす一方で、なかなか反撃に移れない。避けるのだってギリギリだ。1センチメートル先には、死が待っている。まさに、生と死は紙一重であった。

 『何でも斬れる剣』が向こうにあるが故に、攻撃を躊躇ってしまっていた。

 俺の脳裏にはあの時の記憶がこびりついたままだ。センに殺されそうになった、あの時の恐怖が。何を怖がっているんだ、俺は。

「ちっ……」

 俺はイラつき気味に舌打ちして、足元の小石を蹴った。自分の弱さに腹が立ったが、小石に八つ当たりした訳ではない。

 小石はセンの脳天目掛けて飛んでいき、センはそれを回避した。センの体勢が崩れた瞬間を狙って、俺はクロミールでセンの足を斬り付けた。ドラゴンの右足ではなく、人間の左足を。

 だがセンは素早く左足を引っ込め、切り傷程度の損傷しか与えられなかった。

「あぶねぇ、スッパリ斬られるところだったぜ」

 そう言うセンの表情には、余裕が混じっていた。この殺し合いを楽しんでいるように見えた。


 一瞬の油断も許されない戦い。その渦中に、場違いな少年が一人紛れ込んで来た。

 高級そうな子供用スーツを着た、小さな男の子だった。貴族の子供だろうか。街を駆け回って避難している人々がいたが、彼らからはぐれたのか。

 彼は泣きじゃくって、俺達の近くにふらふらとやって来た。

「ママァ……。どこぉ……?」

 母親からはぐれてしまった子供か。こんなところに来ては危ない。

「お前、早く逃げ……」

 逃げろ、と警告する間も無く、子供の泣き声は止んだ。

 その代わり、物言わぬ二つの肉塊が、ゴトリと残酷な音をたてて道路に落ちた。

 刹那の間に両断された、『それ』。切断面からは赤い体液が流れ、右半身と左半身を繋げている。

 そして『セナージ』にベットリと付着した、赤。

「アハハハハハハハ! 駄目だろクソガキ! オレとクロムちゃんの邪魔しちゃぁ! 反射的にぶっ殺しちまったぜ!」

 返り血に彩られたコートが、センの笑い声に合わせて揺れる。

 殺人を喜び、祝うかのように。

「セン……! お前っ……!」

 罵る言葉が出てこなかった。高笑いするセンを見ていると……円らな瞳で俺を見る少年を見ていると……頭の中がぐじゃぐじゃになりそうだ。

 少年の濡れた瞳に添えられた小さい手は、時が止まったみたいに動かない。

「このガキもついさっきまでは、自分が死ぬなんて微塵も考えちゃいなかったんだろうなぁ……。生きてママに会えるって、そう信じてたんだろうなぁ……」

「セン……お前は人の命を何だと思っている! 命は……重いんだぞ!」

「あぁん? それじゃあまるで、『オレが人の命を軽く見てる』みたいな言い方じゃねぇか。心外だなぁ。この世でオレ程、命の尊さを知ってる人間はいないぜ?」

「ヘラヘラとふざけるのはやめろ」

「ふざけてなんかいねぇよ! オレは命を大切にしている。だからこそ、オレは殺すんだ。生きることは殺すこと。そしてオレにとっちゃ、殺すことは生きることだ」

「理解出来る言葉で喋ってくれ」

「誰だって生きたいよな。死ぬのは怖いよな。だから死の淵に立たされた時、本当の意味で命は輝くんだ。オレが殺してきた生き物達も、死ぬ寸前はいい表情してたぜ……。『生きる』ってのは、必死に生きることだろ? 掛け替えなくて儚い命を殺す瞬間……オレは自分が『生きている』ことを実感出来る! 生きている実感が無く、死んだように生きていたオレが、『生きる』ことが出来る! だからオレは殺すんだ!」

 センは必死に、力を込めて、一言一言を放った。

 『生きることは殺すこと』……。『殺すことは生きること』……。

 それがセンの殺人動機か。

「それにしても、『自分はまだ死なない』と思ってる奴が多すぎるぜ。特にこの中央都市の連中とかな! 安定と保証に囲まれた暮らしをしてるから、死を忘れちまってる! 死んだ人生送りやがって。クロムちゃんは自分が死ぬ瞬間を想像したことがあるか?」

「無いな」

「じゃあ教えてやるぜ。テメェの死因は斬殺。綺麗に切れる剣で真っ二つだ」

 そしてセンは意地悪な笑みを浮かべて、付け加えた。


「殺人犯にはピッタリの死に様だろ?」


「なっ……!」

 俺は一歩下がり、動揺を隠すように問いかけた。

「何故……お前が知っている……!」

 俺の過去を。血塗られた咎を。

「やっぱりそうか。クロムちゃんがあまりにも人殺しの目をしてたから、鎌をかけたんだよ。へぇ……クロムちゃんも人を殺したのかぁ! いつ? 誰を?」

 センは俺を煽るように話した。くそっ。動揺が表に出たか。

 思い出したくない7年前の記憶が、脳裏に浮かんでくる。

「結局オレもクロムちゃんも同じ穴のムジナだった訳だ。偉そうに怒っちゃってよぉ。偽善者のアイズさん」

「違う……っ! 仕方なかったんだ。自分を守るために……」

 人を殺す覚悟はとっくに出来ていたはずなのに、いざ『人殺し』と言われると、心が怯えてしまう。

 無意識に自分を弁護する言葉を吐き出してしまう。

 結局俺は変わらないままだ。

 強くなりたいと決意したのに……。臆病で、弱くて、自分を守ってばかりだ。

 アイズに入って強くなれたつもりだった。『アイズ流護身術』を学んで強くなれたつもりだった。誰かを救って強くなれたつもりだった。敵を倒して強くなれたつもりだった。

 でも俺の心は弱かったんだ。『警戒する強さ』なんて豪語しても、実際は『怯える弱さ』だ。俺は、クロム隊の皆に支えてもらっている。

 本当の俺は、こんなにも弱かったんだ。

 センと再会して、気付かされた。

 昔からずっと、怖かっただけなのだと。助けを求めていただけなのだと。


「隙だらけだぜ、クロムちゃん!」


 気付けば、眼前にセンがいた。高速で突進したセンが、『セナージ』を俺に降り下ろす。

「あ……」

 近い。もう回避出来ない距離だ。

 極度に鋭い刃が襲いかかり、俺は……。


 銃声が聞こえたかと思うと、俺の足元で金属の弾が跳ねた。

 センは後方に下がっており、低めの姿勢でセナージを持つ。

 俺は、傷一つ付いていなかった。

「誰だぁ?」

 センは訝しげに首を傾げた。その先には、銃を構えた男が立っていた。

「油断したな。貴様らしくない」

 威圧的な高身長。黒色のオールバック。細く鋭い目付き。端整な顔立ち。

 髭とシワが相まって、年齢の深さを感じさせる中年。

 この世の悪を凝縮したような、一目で異様と分かる雰囲気を纏った男。

 悪党の頂点が、そこにいた。

「久方ぶりだな、クロムよ」

 何故、この男がここにいる。

「オーディン・グライト……!」

 『イーヴィル・パーティー』のボスは、不敵な笑みを見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ