第89話 「ミミVSベシム」
「戦うおつもりデスか。いいでしょう」
ベシムはスーツケースからフラスコを二つ取り出し、片方をミミに向かって放り投げた。
「毒の魅力を知って死になさい」
緑色の液体が入ったフラスコが、放物線を描いて飛んでいく。
ミミはフラスコの軌道を推測して、右に動いて回避した。地面に落ちたフラスコが割れ、中から気化した毒が舞い上がった。緑色の煙がミミに這い寄る。ミミはポーチから、赤紫色の液体入り試験管を取り出した。蓋を開け、中身をぶちまける。ミミの周りは赤紫の煙で覆われ、緑の煙の進行を阻害した。緑色の煙が次第に透明になっていき、ついには姿を消した。
「ほほう。拙者の毒を中和しましたか。これはお見事。ドームの中に入っても無事だったのは、毒を中和したからデスか。なるほど」
ベシムは軽く目を見開き、拍手をした。
「ミミ殿も毒にお詳しいようで。残念デスなぁ。出会い方が違えば良き理解者になれたかもしれぬものを。我々とアイズは相容れないのデス」
ベシムの言う通り、ミミは毒物に詳しかった。ベシムが放った毒の正体を一目で見抜き、その毒を中和出来る物質を即座に撒いたのだ。
ミミとベシム。二人の戦い方は酷似していた。壊れやすい入れ物に入れた毒薬を敵に投げつけ、気化した毒を浴びせる。ただ違うのは、ミミの毒は無害化が早く、ベシムの毒は無害化が遅いことだ。
本来、ミミの毒は空気に触れると気化するが、すぐに無害で無色な気体に化学変化する。これは敵だけにダメージを与え、味方や自分に被害を与えないためだ。よほど敵と味方が近付いていない限り、ミミの毒が味方に害することはない。
一方ベシムの毒は無害化までに時間がかかる。これは毒の効果を長持ちさせ、より多くの人間を殺すためだ。
似た者同士の毒使い。だが二人の本質は決定的に違っていた。
「『我々』……ってことは複数での犯行? あなた達の目的は何なの?」
ミミが聞くと、ベシムは冷たく笑って返答した。
「我々は『執念の手』。世界に牙を剥く殺人集団デスぞ。その目的はただ一つ。『殺すこと』です。殺人の理由など、それだけでいい」
「『執念の手』……。『殺すために殺す』……?」
「そうデス。既に中央都市には『執念の手』の刺客が四人程侵入しています。『竜脚のセン』。『爆発少女スーニャ・チル』。『劇的劇のテマネスク・フラウワ』。そして拙者……『中毒老のベシム・トクシック』デスぞ」
ベシムのような殺人狂が、四人も。
ミミは背筋に冷たい何かが滴る感覚を味わった。
今こうしている間にも、多くの人々が殺されている。
「人を沢山殺して……あなたは何とも思わないの?」
「ええ、思いますとも。拙者の毒で無力な人間が溶けていく姿……。見ているだけで、喜びが止まりませんぞ! 中央都市の科学者だった頃には堪能出来なかった感覚! 『執念の手』に仲間入りして、本当に良かったデス」
ベシムは恍惚の表情を浮かべて声を張り上げた。
「中央都市の科学者だった……? ならどうしてこんな真似してるの! 科学者として毒の研究を進めれば、多くの人の利益になれたかもしれないのに! なんで毒を人殺しなんかに使ったの!」
ミミは拳を握って、力強く叫んだ。毒を扱う者として、毒を知る者として、ベシムの行いは絶対に許せなかった。
一方ベシムは、不思議そうな顔でミミを見た。
「何を言っているのデス? 毒は人を殺すためのものでしょう。より苦しく、より辛い死を与えてこその毒デス。人の利益のために使うなど、とんでもない。結局の所、貴女は拙者の理解者にはなれないようデスね。ミミ殿」
『自分は間違ったことを言っていない』と言わんばかりの表情で、堂々と言ってのけた。
ミミは遠い世界の異物を見るような目付きで、ベシムを睨んだ。
「人の理解を求める気持ちは分かるけど、わたしはあなたの理解者になんかなりたくない」
根拠のある敵意と軽蔑が、沸々と湧き上がった。
ミミにとって毒とは、仲間を守るためのもの。人殺しの道具じゃない。
同じ毒使いとして、ベシムを許す訳にはいかなかった。
「そうデスよね。だから死んで下さい」
ベシムは右手に持っていたフラスコの蓋を開け、中身を飲み干した。
「これは解毒薬デス。そしてこれが……」
ベシムは卵のような物体を握り、ぐちゃりと潰した。中からドロドロした液体が漏れ出す。
「拙者の真骨頂! 広範囲拡散型毒物デスぞ!」
ビルとビルの間に植えられた街路樹が次々と茶色に変色して朽ちていく。
無色透明の気体が、ミミへと襲いかかった。
「さあ! 死ぬがいいデス!」
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