第88話 「爆弾少女と毒薬老人」
「あははははははははははは! 楽しいーっ!」
スーニャ・チルは高笑いをしながら起爆スイッチを押した。
民衆の体が弾け、高層ビルが粉砕し、道路が破裂する。
爆音と黒煙に包まれた街で、人の死体はどんどん増えていった。
「爆発ってすっごい! 興奮しちゃうよん!」
スーニャはまだ12歳の少女であった。明るい口調とボサボサの髪からは、子供じみた可愛さが残っている。だが、そんなあどけない少女は殺人鬼だった。
人が爆発する様を見るのが楽しくて仕方ない、若い娘であった。
彼女が手元のスイッチを押す度に、近くの爆弾が起爆する。
そして、道路に肉片が飛び散った。
「まだまだ仕掛けちゃったから、もっと楽しめるね!」
爆発の炎の暖かみが、快感であった。
高層ビルの屋上から見下ろした光景が、爽快であった。
人体が拡散する様子が、愉快だった。
街中に仕掛けた無数の爆弾で、スーニャは人と街を殺し続けた。
「んー。あいつら例の場所に向かってるね。ベシムお爺ちゃんの言う通りかぁ。つまんなーい。あたしの取り分減っちゃうじゃん」
悲鳴と恐怖に支配されつつも、市民はひたすらに逃げていた。
生きるために。助かるために。
逃げ惑う大勢の人々は、爆発する街を潜り抜けながら、とある施設に向かっていた。『マインド』は避難場所を教えてくれなくなったが、あの建物が避難場所だということは周知の事実だ。
『国立スポーツドーム』。
数多のスポーツが行われる、国立の娯楽施設だ。2万人の客を収容できる、大型の半球型ドームである。窓は無く、空調で快適な空気を提供している。人々の憩いの場所だった。
逃げる人々は、一目散に国立スポーツドームに避難した。
爆発から生き延びた人達が、次々とドームに入って安堵の表情を浮かべる。
ここなら警備システムも充実しているし、食料もたくさんある。ここまで逃げたのなら大丈夫だろう。
そう思っていたのだ。
スーニャもドーム内部に爆弾は仕掛けられなかった。人目につく場所での爆弾設置は危険だからだ。
だがスーニャのいる地点から遠いその施設には、もっと危険な男がいた。
「駄目デスぞ皆様。こんな空気の溜まりやすい場所に集まっては」
白衣に身を包んだ老人が、フラスコをスーツケースから取り出した。中身の紫色の液体を床にぶちまけ、不気味に笑う。
「拙者のような毒物愛好家に、殺されてしまいますぞ」
民衆が次々と鼻を押さえる。吐き気を催す悪臭がしたからだ。人々の目線が老人に向けられた。紫色の髪は薄く、皮膚はシワだらけだ。四角い眼鏡装着しており、聡明さと歳の大きさを感じられる。何だか奇妙な老人だった。
周りが老人……ベシム・トクシックを訝しみ始めた頃、異変が起きた。
避難した人達の皮膚紫色に変色し、無数のイボが浮き出たのだ。
「な、何だこれは!」
恐怖に戸惑う隙も無く、人々の皮膚から血が吹き出た。それだけではない。眼球が顔からこぼれ落ち、骨が曲がり、内臓が溶け始める。
「いっ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い誰か助けっ…………」
苦痛の後に訪れるのは、『もう助からない』という絶望。自身の体が崩壊していく様を脳裏に焼き付けながら、苦しんで苦しんで死んでいった。
いっそのこと、スーニャの爆弾で死ねたのなら楽だっただろう。痛みを感じる前に肉片になれる。だが、ベシムの毒にそんな容赦は無かった。自分が生物から物体に変貌する感覚を味わいながら、激痛と共に死んでいく。
男も、女も、子供も、大人も、貴族も、一般人も。全員まとめてグジャクジャになった。悲鳴と身悶えは数分続き、やがてドームの中には人間はいなくなった。
ベシム・トクシックを除いては。
「うむ。予想よりいい死に様デスぞ。やはり毒物の本質は殺戮デスな」
満足そうな笑みを浮かべて、ベシムは死体まみれの床を見つめた。
ベシムの周りには、溶けて崩れた肉と骨と血が大量に散乱していた。
「『マインド』無き今、貴方達がここに集まるのは容易に予想できますぞ。人は有名なものを簡単に信頼してしまいますからな。貴方達はまさに袋のネズミ、という訳デスぞ」
ベシムはドームを出て、爆音溢れる街を歩いた。
「ほほっ、スーニャ殿は張り切っておられますな。……ん?」
ベシムの前に、一人の少女が立ち塞がっていた。アイズの制服を身に纏い、半開きの目でベシムを睨んでくる。茶色のポニーテールが可愛らしい、十代の少女だった。
「アイズ……。ということは拙者達を捕まえに来たのデスか」
少女はドームを見据え、ベシムに尋ねた。
「あの惨状は、あなたの仕業?」
「おや、ドームに入ったのデスか。それはおかしいデスね。何故生きているのデス? 無害化するまでにはまだ時間があるはず……」
「質問に答えて。あれはあなたがやったの?」
ベシムの言葉を遮って、再び聞いた。怒りと軽蔑を込めた目で。
「その通り。拙者が殺したんデスぞ。ところで、貴方は誰なんデス?」
少女は敵意を露にして、腰のポーチに手をかけた。
「……わたしはアイズ実働部隊『クロム隊』所属のミミ」
死の匂い漂う道路の上で、ミミはベシムを睨んでいた。




